16-3 あの時の魔導師


「誰が開けたって⋯ あの時に雇った魔導師が開けたぞ」


 あぁ⋯ 話が繋がった気がする。


「イチノス、それがどうかしたのか?」


 ワイアットが、サルタンの古代遺跡で魔剣を手に入れたときに雇ったという魔導師は、隠し部屋を閉じていた魔法円を、たった一人で解除したのだろう。


 ワイアットの頭の中にはその時の記憶が残っていて、魔導師である俺が一人で魔法円を解除するとの思い込みがあるのだろう。


 当時の魔導師は、そうした雑な対応をワイアット達にしたのだろうと察してしまう。

 これは、ワイアットを含めて全員へ、きちんと話す必要があるな。


「皆、きちんと話すから聞いてくれるか?」


「おう、聞かせてくれ」


「もちろんだ」「聞かせてくれ」


 俺の言葉にワイアットが応えアルフレッドとブライアンも同意してくれた。


 まず俺は、ワイアットの言葉を思い出しながら問い掛けを組み立てて行く。


〉俺はこれが開いた後の形も

〉以前に見ているから知っている

〉俺の記憶からすると

〉開いて無いだろう


「ワイアット、まずは教えて欲しい。サルタンの古代遺跡で見付けた魔法円だが、開ける前はどんな形だったんだ?」


「開ける前か? イチノスは俺の描いた絵を見てるよな?」


 ワイアットが言わんとしているのは、冒険者ギルドで見せられた絵のことだろう。


「あの絵だな?」


「そうだ。この遺跡の入口の扉にあった3つと、あの石扉にあるのと同じ魔法円が、石板に描かれてたんだよ」


 そう言ってワイアットが新たに見つかった石扉を指差し、その動きに釣られてアルフレッドとブライアンが石扉へと目をやる。


「それは周囲に4つの魔素注入口がある形だな?」


「そうだ。そして中央には何かが描かれていたな」


 ここまでは想定していた返事だ。

 その後に魔導師が何かをして、隠し部屋を開けたんだよな⋯


「それを、当時雇った『魔導師が一人で』開けたんだな?」


 俺は敢えて『魔導師が一人で』と強調して問い掛けてみた。


「一人⋯ そうだな。イチノスの言うとおりに一人でやってたよ(笑」


 やはり、そうかと思っているとワイアットが言葉を続けた。


「入口やあの石扉と同じで、石板に描かれた魔法円に、魔導師が一人で何かしてたんだ」


 何かしてた?

 やはり描き換えたのだろうか?


「それこそ、イチノスみたいに隠れて何かしてたんだよ。あの時もシーツに隠れてやってたぞ。あれは魔導師の一般的なやり方なのか?(笑」


 はいはい。

 俺がこの古代遺跡入口で魔法円を描き換えた時と、その魔導師の行動が同じだったんですね。


「それで、開けた後の魔法円をワイアットは見てるんだよな?」


「見たぞ。あの石扉と同じ様な感じだったがもっと中の⋯ 中央がゴチャゴチャした感じだったな」


 ゴチャゴチャした感じ?

 だとすれば『神への感謝』を含んだ魔法円に描き換えた可能性があるな。


「ワイアット、もう少し聞いて良いか?」


「おう、聞いてくれ」


「その隠し部屋は開けた後に閉めたのか?」


 プルプル

 ワイアットが首を振りながら答えてきた。


「それはむしろ俺が驚いてるんだよ」


 驚いてる?


「イチノスは入口を開ける時に、あの扉を閉める話をしただろ」


 確かにしたな⋯


「サルタンの古代遺跡で雇った魔導師は、そんな話しは一言もしなかったんだ」


 だろうな。

 開けることだけを考えれば、石化されている部分へ作用する魔法円に描き換えれば済むだけだ。


「それにな、イチノス」


「ん?」


「その魔導師が開けた後には、石板が外れてたんだよ」


 なんだ、そのやり方は!

 随分と乱暴なやり方を選ぶ魔導師だな。


 ワイアットの話を聞いていて、何故か怒りに似た感情が湧いてくる。


 いや、もしかして⋯ 他の魔導師は、そうしたやり方が当たり前なのか?

 もっと魔法円の使われ方を調べたり、もっとどうするのが最良かを考え、開けた後の事にも気を回すとかしないのか?


 イライラする⋯

 何故かイラつきを感じるし、ワイアットが雇ったという魔導師に強いムカつきを感じてしまう。


 すると、それまで俺とワイアットの話を黙って聞いていたブライアンが、手を上げてきた。


「ワイアットにイチノス、サルタンの時の話はわかった。そろそろ開けないか?」


「ブライアンの言うとおりだ。俺達で開けれるなら、さっそく開けようぜ」


「おぉ、そうだな」


 確かにブライアンやアルフレッドの言うとおりだ。

 俺の抱いた疑問に皆を長々とつきあわせてしまった。


「すまん、すまん。俺の話が長かったな。洗い物は俺がやっとくから皆で開けてくれ」


「えっ?」


「まてまて、イチノス」


「イチノスしか開け方を知らないんだぞ?(笑」


「あっ!」


「ククク」「カカカ」「ハハハ」


 皆の笑い声が明るくて、俺は助かったぞ(笑



 皆で洗い物を済ませ焚火の火も抑えた。

 砂を受け止めるためのシーツも、石扉の前へ広げた。


 そうした準備を全て整えて、再び石扉の前に全員が集まった。


 天井の穴からは既に日が差し込んで石扉を照らしている。


「イチノス、どうすれば良いんだ?」


 ブライアンが開け方を早く教えろと聞いてくる。


「まず、最初にすることは⋯」


 そこまで言って俺は敢えて言葉を止めた。


「皆、魔石を身に付けてるよな」


「「「お、おう!」」」


 俺の言葉に釣られて、皆が胸元へ手をやりながら元気に応えてくる。


「これから魔素を流す時や、力を込めて石扉を開ける時は、必ず魔石を意識してくれ」


「「「そ、それかぁ~」」」


 俺は更に魔力切れへの注意を促す言葉を続けた。


「今度、魔石のことを忘れて魔力切れをしても、俺は回復魔法を掛けないぞ(笑」


「「お、おうっ!」」


「もう、二人の変な声を聞くのは嫌だからな(笑」


「「お、おう⋯」」


「ハハハ」


 よしよし皆がリラックスしてくれたようだ。

 これなら早く石扉を開けたい気持ちを抑えて、魔素を流す際には魔石の存在を意識できる余裕も出来ただろう。


「さて、この魔法円には4つの魔素注入口がある」


「「「うんうん」」」


「その4つへ同時に魔素を流せば、砂化が働いて石扉が開くはずだ」


「その4つの丸いところだな」


 そう言ってブライアンとアルフレッドが魔法円へと歩み寄ろうとする。

 俺はそんな二人を軽く制して話を続けた。


「次に閉める時だが、3つの魔素注入口へ魔素を流すんだ」


「3つ?」


 腕を組んで聞いていたワイアットが問い掛けてきた。

 それに応えて俺は右上の魔素注入口を指差す。


「この右上からは魔素を流さず、他の3つへ流せば、石扉の石化が成されるんだ」


「閉じる時には右上には流さないんだな?」


 ワイアットが確認するように、右上の魔素注入口を指差して聞き直してきた。


「そうだ。湧き出た砂でセメントを作って石扉の間に塗る。そしたら石扉を閉じて、右上以外の3ヶ所へ魔素を流せば、石化が成されて閉じれるんだ」


 そこまで説明して、石扉の前から一歩横へずれ、皆が作業できるようにした。


「わかった。まずは開けようぜ」


「おう、まずは開けよう」


 途端にアルフレッドとブライアンが石扉の前へと進み出た。

 既に腕組みをほどいて話しを聞いていたワイアットもそんな二人に続いた。


 俺は石扉の前から3歩ぐらい後ろへ下がり、皆の作業の全体を見れる位置へ移動した。


 皆が入口の時と同じ並びで立ち、魔素注入口へ手を添えたところで声を掛ける。


「魔石を意識しろよ」


「おう! 流すぞ!」


「「おう!」」


 ワイアットの掛け声で皆が魔素を注いで行く。

 皆の胸元へ目をやれば、きちんと魔石から魔素が流れて行くのが見てとれた。


ザザザ⋯ ザザザ⋯


 ゆっくりと、石扉の間や石板の後ろから砂が湧き出し、広げたシーツへと落ちて行く。


 流れ落ち行く砂を天井の明かり取りの穴から差す日が照らして行く。


 その様子は、どこか美しくも感じられた。

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