16-4 湿った土の匂い


ザザ⋯ ザザ⋯


 広げたシーツへと落ち行く砂の勢いが弱くなってきた。


「そろそろ、良いんじゃないか?」


 アルフレッドの言葉で皆が魔素注入口から手を離した。


ザ⋯ ザ⋯


 それでも湧き出した砂が広げたシーツへと落ちて行く。


 そんな落ち行く砂を気にすることもなく、ブライアンは腰から剣を抜き、石扉の隙間へと差し込んで行く。


ザザ⋯ ザザ⋯


 数回抜き差しして、仕上げとばかりに観音開きの合わさる部分へ差し込んだ剣を、上から下まで満遍なく動かしている。


ザザー


 溜まっていた砂が流れきると、手にした剣を腰へ戻しながら、嬉しそうな顔で皆へ告げてきた。


「よし、開けれそうだ!」


 そんなブライアンの声に、それまで下がっていたアルフレッドが一歩前に出ようとする。

 するとワイアットがその足元を指差してきた。


「ブライアン、アルフレッド。砂を片付けよう」


「「お、おう!」」


 ワイアットの掛け声に二人がテキパキと動き出す。

 広げたシーツにたまった砂を、シーツごと3人で石扉の脇へとずらして行く。


 シーツとその上に乗った砂をずらし終わると、3人が石扉の右側に集まり直した。


 俺はそんな3人へ声を掛ける。


「みんな、喉が渇いてないか?」


「大丈夫だ!」

「心配ないぞ、イチノス」

「平気だぞ、イチノス!」


 俺の問い掛けに3人が明るく応えると、アルフレッドとブライアンが石扉の右側の前に立ち、新たに作られた取っ手へと手を掛けた。


「ブライアン、魔石は持ってるか?(笑」


「おう、アルフレッドも持ってるよな?(笑」


 二人が朗らかに互いへ声を掛け合う。


 これなら大丈夫だろうと思っていると、取っ手に手を添えて構えた二人が、チラリとワイアットへ目をやった。


「よし! 引いてくれ!」


 ワイアットの掛け声で二人の体が少し弓反りになった途端に、二人の胸元から腕や脚へと魔素が流れて行くのが見えた。


「うっしゃー!」「おうぅー!」


 力に満ちた声とともに、二人の腕や脚へとまとわりつくように魔素が流れて行く。


 二人の胸元から流れ行く魔素に、明らかに魔石を意識して、明らかに自分で意図して、身体強化を施しているとわかる。


 途端に石扉が動き出し、二人が古代コンクリート製のブロックで作られた床を踏み直す。


「もう少しだぞ!」


 ワイアットの掛け声に二人が更に力を込めて引くと、それまでわずかな隙間しか感じなかった石扉が開いて行き、石扉の厚さが見えてきた。


 この石扉も入口と同じく重厚で、その厚さは俺の掌(てのひら)ぐらいはあるだろう。


 そう思っていると、ワイアットが二人へ声を掛ける。


「もう少しだ!」


「「おう!」」


 ワイアットの声に応え、アルフレッドとブライアンが体制を直すと、再び力強く石扉を引いて行く。


 開き行く石扉の足元から、砂がこちら側へと溢れ落ちてきた。

 あの砂は、入口の時と同じように、石扉の向こう側へ落ちた砂だろう。


 開き掛けた石扉から出てきたのは、そうした砂だけでは無く、若干、湿った空気も流れてきた。


 その湿った空気が独特な匂い、土が湿ったような匂いも運んでくる。

 湿った土の匂いが、まるで何かを主張するように俺の鼻腔を包み込んだ。


 ここは古代遺跡の中だよな?

 どうして、こんな湿った土の匂いがするんだ?

 もしかして、あの石扉の向こうは古代遺跡の外なのか?


 いや、外のはずは無い。

 あの明かり取りの窓らしき並びからして、この石扉の先は外ではなく古代遺跡の中だろう。


 まてよ⋯

 まさかこの古代遺跡は、時を超えて匂いを伝えたりするのか?


 そんなあり得ないことまで思いを巡らせていると、ワイアットが二人を止める声を出した。


「アルフレッド、ブライアン! 止めてくれ!」


「ゼハァゼハァ⋯」「ハァハァ⋯」


 二人が息を乱したままで石扉の隙間へと駆け寄った。


「「「⋯⋯⋯」」」


 すると、3人は声も出さずに鼻をひくつかせ、互いの顔を見つめた。


 なんだ?

 やはり、この湿った土の匂いに何かがあるのか?


 そう思っていると、アルフレッドが石扉の隙間へ顔を近付け、ワイアットと顔を見合わせて頷いた。


 途端に、ブライアンも石扉の隙間へ顔を近付け、ワイアットと顔を見合わせて頷いた。


 最初に口を開いたのはワイアットだ。


「どうする? このまま開けるか?」


 えっ? 開けるんじゃないのか?

 もう少しで中が見えるんだぞ?


 ここまで石扉を開けておいて、最後まで開けない選択があるのか?


 そう思った途端に、チラリとアルフレッドが俺を見てきた。


 ん? どうして俺を見るんだ?


 するとブライアンまで俺を見てきた。


 なんだ? 何が起きてるんだ?

 ワイアットまで俺を見ているじゃないか!


 そんな3人の様子に、思わず声を掛ける。


「何だ? 何かあったのか?」


「「「⋯⋯⋯」」」


 おいおい

 どうして3人で顔を見合わせるんだ?


「イチノス。落ち着いて、聞いてくれるか?」


「おう、俺は落ち着いてるぞ。むしろ、皆の方がお宝が出るんじゃないかと⋯」


 そこまで言った俺を、ワイアットが手を出して制してくる。


「イチノス、あの石扉を開けてお宝があると思うか?」


えっ?


 ワイアットが信じられない言葉を口にした。

 思わずアルフレッドへ目をやれば、腕を組んで俺の返事を待っている。

 ブライアンは⋯ アルフレッドと同じか⋯


「イチノスは、この匂いを知らないのか?」


 ワイアットが言わんとするのは湿った土のような匂いのことか?


「この湿った土のような匂いだろ? これがどうかしたのか?」


 そこまで言うとアルフレッドとブライアンが俺を手招きする。


 ん?


「イチノス、ここから嗅いでみろ」


 そう言ってアルフレッドが石扉の方を指差す。


 その言葉に引かれて石扉の前へ行くと、湿った土のような匂いに混ざって⋯


 何とも言えない匂いが⋯

 匂い⋯ いや『臭(くさ)い』が妥当な表現だ。


 この『臭(くさ)い』匂いは何だ?


「わかるか? イチノス?」


「臭(くさ)い匂いがしてくるのはわかるんだが⋯ ワイアット、この臭(くさ)い匂いは何だ?」


「イチノス、これがゴブリンの匂いだ」


「ゴブリン?」


 ゴブリンって⋯


「ワイアット、あの魔物のゴブリンか?!」


「そうだ、この臭(くさ)い匂いは紛れもなくゴブリンの匂いだ」


「まてまて、ゴブリンって魔物だろ? どうしてこの石扉の向こうから魔物の匂いがするんだ?」


「多分だが、この扉の向こうにダンジョンの入口があるな」


「「うんうん」」


 ワイアットの言葉にアルフレッドとブライアンが頷いている。


 俺は3人の様子に何も言えなかった。


「さて、どうするか? だが⋯」


 ワイアットが呟くように口にすると、ブライアンがそれを追いかけた。


「ワイアット、中の様子だけでも確認しようぜ」


 おいおい、ブライアンはゴブリンとのご対面を希望するのか?


「そうしたいんだが、アルフレッドはこの臭(くさ)さをどう思う?」


「この臭(くさ)さからすると、もう中に居るとは思えんな。あいつらが今も居るならもっと臭(くさ)いだろう」


 なるほど。

 アルフレッドとしてはご対面は無いと考えてるのね。


「そうだよな。今も中に居るなら、もっとゴブリン臭(くさ)さがしてもおかしくないし、鳴き声も聞こえるよな」


「アルフレッドは、このまま開けるのに賛成なんだよな?」


 希望が叶いそうなブライアンがアルフレッドを味方につけて行こうとする。

 するとアルフレッドが開けることに賛成してきた。


「俺もダンジョンの入口を拝んどきたいな」


「まあ、そうなるよな⋯」


「これで俺もブライアンも開けることに賛成だぞ。ワイアットはどうなんだ?」


「俺か? 俺は⋯」


 そう言ってワイアットが俺を見てきた。

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