25-10 書斎の秘密と東国のお茶会


 3時のお茶へ誘うことで、俺はシーラを2階の書斎から階下の作業場へ誘導した。


 素直にシーラが支度を整え、書斎を出てくれたので、開け放っていた窓とカーテンを閉めると、いつもの薄暗く静かな書斎に戻った。


 それにしても不思議だ。

 シーラが居ただけで、いつもの書斎が華やいだ感じがしていた。


 今後もシーラとは、相談役の業務について、こうしてこの書斎で議論を重ねるのだろうか。


 俺としては、この書斎でシーラと過ごすのは楽しいのかもしれない。

 けれども、今後もシーラが来た時のことを考えると、悩みもする。


 この書斎には、『エルフの魔石』の元である『魔鉱石(まこうせき)』を隠しているのだ。


 シーラも魔導師だから、この王国での『魔鉱石(まこうせき)』の扱いは知っているだろうし、知っていると考えるべきだろう。


 そして、『エルフの魔石』についても、魔法学校で『魔石指南書』で学んでいるから、当然、知識を持っているだろう。


 ハーフエルフの俺が『魔鉱石(まこうせき)』を保管しているとなれば、シーラなら俺と『エルフの魔石』の関係に考えが及ぶのは明らかだ。

 

 俺が『魔鉱石(まこうせき)』を保管していることを、今日はシーラに知られなかった。

 だが、今後もこの書斎へ通すならば、知られてしまう可能性が高まるだろう。

 やはりシーラをこの書斎へ通すのは避けるべきだな。


 だが、下の作業場では常にサノスかロザンナがいる。あの二人の前では話せない事案もあるだろう。


 それに、相談役としての仕事は店では受けないと、サノスとロザンナには伝えている。


 これは、何処か別の場所にシーラと相談役の件で話し合いをする場所を準備することも考える必要がありそうだ。


 そうしたことを思案しながら、シーラの忘れ物がないことを確認して、書斎に鍵をかけた。


 すぐに寝室へ向かい、ダンジョウさんから贈られた茶道具一式を手にして階段を降りて行った。


 作業場へ行くと、サノスとロザンナが水出しと湯沸かしの魔法円を並べ、ティーポットを置いてお茶を淹れる準備をしていた。


「すまん、ちょっとお茶を淹れるのを待ってくれるか?」


「「はい?」」

「??」


 サノスとロザンナ、そしてシーラが俺の言葉に首をかしげる。


「実は、皆でいつもと違うお茶を楽しみたいんだ」


「いつもと違う」

「お茶ですか?」

「??」


「東国のお茶だよ」


「東国のお茶?」

「それって、イチノスさんがいつも飲んでる御茶のことですか?」

「⋯⋯」


「いや、あれとはちょっと違うんだ。まあ、物は試しだと思って、まずは一口飲んでくれ」


 そう告げて、手にした茶道具一式を作業机に置くと、サノスとロザンナ、そしてシーラの視線が集中した。


「実は、東国使節団のダンジョウさんから面白いものが贈られたんだ」


 そう告げながら、茶道具を包んでいる布をほどいていく。


 茶碗(ちゃわん)

 茶筒(ちゃづつ)

 茶杓(ちゃしゃく)

 茶筅(ちゃせん)


 それらを木箱から取り出すと、再び皆の視線が集まった。


「師匠、もしかしてこれが東国のお茶の道具ですか?」


「そうだな。サノス、そのティーポットは空だよな?」


「はい、空です」


「じゃあ、いつもの朝の御茶を淹れる感じでお湯を沸かしてくれるか?」


「はい」


「それとロザンナ、台所でちょっと手伝ってくれるか?」


 サノスに水出しと湯沸かしを任せて、俺は和菓子を出すためにロザンナと共に台所へ向かった。


 ◆


「師匠、私はこのカステラを紅茶で味わいたいです」

「イチノスさん、私も紅茶が欲しいです」


 う~ん、どうも東国の抹茶はサノスとロザンナの二人には不評なようだ。


「シーラは?」


「そうね、私も紅茶をもらっていいかしら?」


 はい。結局3人に抹茶は不評でした。


 やはり俺が点てた抹茶では、皆の舌を納得させられないのだろうか。


 ダンジョウさんから贈られた本のとおりにシャカシャカしたのだが、結果として皆の注目を集めただけで終わったのだ。


 だが、和菓子のカステラとドラヤキ、そして羊羹(ようかん)は大好評な結果となった。


 それぞれをロザンナに切らせてシチュー皿に盛り付け、フォークを添えて出したのだが、一口食べた3人が3人共に目を見開いていた。


 確かに、カステラのこの味わいならば、紅茶にも確実に合うだろう。俺も否定しないぞ。


 もちろん、ドラヤキも絶妙な味わいであり、羊羹(ようかん)も納得の行く味わいだ。


 和菓子屋で接客してくれた女性店員から、『砂糖はそれほど使っておらず、麦芽糖(ばくがとう)を使って甘さを出している』という説明を受けた。


 確かにこの甘さは砂糖が出す甘さではなく別の甘さだ。


 それにしても、このドラヤキの中身の『あんこ』の甘さは東国の御茶や抹茶に合うと俺は思うのだが⋯


「後は皆の好みのお茶で和菓子を楽しもうか?」


「はい」

「ねえ先に紅茶を淹れましょうよ」

「ワガシはまだ台所に残ってますよ」


 待て待てロザンナ。

 確かに台所にカステラも羊羹も残っているが、更に食べるのか?


「師匠、このワガシをお代わりしても良いですよね?」


「⋯⋯ 良いぞ、ヘルヤさんの接客を頑張ってくれたご褒美だ。好きなだけ味わってくれ」


 俺の諦めた言葉に反応して、3人が一斉に席を立ち台所へ向かった。


 俺は一人作業場に残って、2杯目の抹茶を点て始める。


 シャカシャカ


 う~ん、泡立ちは前回よりも圧倒的に良いし、味わいも悪くないはずなんだが⋯


 ◆


「サノス、ヘルヤさんは何か言っていたか?」


 和菓子を食べ終え、幸せそうな顔で紅茶を飲むサノスに問いかける。


「湯出しはヘルヤさんに納得してもらえました。代金も貰ってカゴに入れてます」

「水出しは予約してくれて、製氷と湯沸かしは来週にもう一度来た時に話を聞くことになりました」


 ロザンナが嬉しそうな声で割り込んできた。

 確かにロザンナの言うとおりに、ヘルヤさんは水出しと湯沸かしと製氷を願ってたな。


「じゃあ、ヘルヤさんはまた来週に来るんだな?」


 確かめるように二人へ問うと、ロザンナが席を立ち上がり、自分に割り当てられた棚からメモ書きを持って来て差し出してきた。


「イチノスさん、ヘルヤさんがこれを書いて説明をされたんですがよくわからなくて⋯」


 そのメモ書きには


『沸騰(ふっとう)』

『冷却(れいきゃく)』


 の文字が書かれ丸く囲われていた。

 しかもその囲った丸の互いを結ぶように線が、いや矢印が記されている。


「あぁ、何となくわかった」


 横から覗き込んでいたシーラが呟くとサノスとロザンナの視線が集まる。


「イチノス君もわかるよね?」


「何となくだが何をしたいかはわかるな。サノス、ヘルヤさんはまた来週に来るんだな?」


「はい、来週の火曜日にいらっしゃるそうです」


「来週の火曜日?」


「14日ですね。その時にそのメモに書かれているのを担当される方と一緒に来るそうです」


「わかった。ロザンナはそれまでに水出しを描き上げるのか?」


「任せてください、頑張ります」


「無理をするなよ(笑」


「ヘルヤさんは魔石を買われたの?」


 シーラが何気に割り込んできた。


「そうだ、オークの魔石を一つ購入されました。全部、売上台帳に書いてます」


「そうか、ありがとうな」


「それで最後に師匠を呼びますかと聞いたら、『相談役の就任おめでとうございます』と伝えるように言われて断られました」


 そうか、俺からの挨拶は不要だとヘルヤさんが断ったんだな。


「それと、ヘルヤさんはこれから商工会ギルドへ行くような事を言ってました」


 なるほど、ヘルヤさんはこの後に用事があったんだな。

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