25-9 魔法技術と製鉄の交差点
ロザンナがお茶の準備を持ってきたところで、『それでは後ほど』とヘルヤさんに声をかける。
サノスには、俺が必要になったら呼ぶように伝えると、ヘルヤさんと共に二人が頷いてくれたので、俺は足早に作業場から出ようとした。
だが、作業場を出る際に売上を入れているカゴの脇に置かれた封筒へ目が行った。
そういえば、アイザックが届けてくれた伝令を見ていないことを思い出したのだ。
封筒とその脇に置かれていた、ロザンナが書き上げてくれたここ数日の予定が記されたメモ書きを手にして、2階の書斎へ行くために台所の前を通ると、幾分、暇そうな顔のシーラが待っていた。
シーラと目が合うと、なぜか互いに声を出さず、静かに階段を昇って2階の書斎へ戻った。
書斎に入り、互いに元の椅子に座って伝令とメモ書きを机の上に置いたところで、シーラが聞いてきた。
「イチノス君、お客さんのヘルヤさんってドワーフな方よね?」
どうやらシーラはそれとなく作業場を覗いていたようだ。
「そうだな、シーラは公表資料の製鉄所の件は知ってるよな? どうもヘルヤさんは、それに少し関わりがあるようなんだ」
「もしかして、あのヘルヤさんがドワーフ中央府の方?」
「いや、ヘルヤさんはドワーフ中央府というよりも、技術者の一人だと俺は思っている。だからヘルヤさんが製鉄所の件にどこまで関わるのかはわからないな」
「ふ~ん」
このシーラとのやり取りにはどんな意味があるのだろう?
「ねぇ、イチノス君は私が相談役に採用された決め手って知ってる?」
「採用の決め手?」
シーラは急に何を言い出すんだ?
「実はね、サルタンでの製鉄に関連する魔法関係の技術は、私の祖父が尽力したものなの」
何とも返事が出来ない話が飛び出してきた。
突然の話で思考が追い付かない。
それでも何とか思い付いた言葉を口にする。
「もしかして、シーラは製鉄所が建てられたら、そこに勤めることになるのか?」
自分で口にしながら後悔した。
その付近については、追々(おいおい)ウィリアム叔父さんやストークス領の領主、さらに両者の文官にシーラを加えた話し合いで決められていくのだ。今のシーラが関与することではないのだ。
「う~ん、そこまでは決まってないかな。けれども、製鉄に必要な魔法技術は頭の中に入ってるよ」
そう告げたシーラが微笑んだ気がする。
製鉄に必要な魔法技術か⋯
そもそも俺の知っている製鉄に関する知識は、至極一般的な知識でしかない。
その知識も鉄鉱石と石炭を使うことを知っている程度だ。
まあ、『鉄』その物に関しての知識はあるが、産業としての『製鉄(せいてつ)』については知らないに等しい。
従って、製鉄にどんな魔法技術が求められるかまではよくわからない。
その付近は、行く行くは同じ魔法技術支援相談役として、シーラと共有して行くのだろうか?
それとも、シーラの祖父の代からとすれば、メズノウア家の秘匿された魔法技術として、共有するのは困難なのだろうか?
そうなると、シーラとはある種の住み分けになるのか?
いかんな、また魔法技術への興味から色々な考えが湧いてきてしまった。
今の段階で将来のことはわからないのだ。
今わかっていること、実際に舞い込んでいる件を淡々とこなして行こう。
「シーラ、話を戻して良いか?」
「うん、そうだね。明日の会合の話に戻すべきだね」
シーラの同意を皮切りに、俺の考えている明日の会合への話に戻すことが出来た。
「まずは確認だけど、イチノス君はこの会合へは参加で同意してるんだよね?」
「それなんだが、ちょっと考えることがあって『保留』で返事をした」
そう答えてシーラの顔を見れば、疑問が湧いている顔だ。
その疑問に応えるために、俺は昼前に考えていたことを伝えていった。
俺の母親であるフェリスが領主代行であることや、俺とシーラが国家事業の魔法技術支援の相談役に就いたこと。
そうした立場で、特定の商会と定期保守契約を結ぶことの懸念をシーラへ伝えていった。
「なるほどね。そうした懸念は確かにあるわね。全く考えて無かったわ⋯ はぁ~」
おいおい。そこで溜息かよ(笑
「もしかしてシーラは同意したのか?」
「うん」
「ククク シーラらしいな(笑」
「⋯⋯」
なぜかシーラが俺を睨んでいる気がする。
「イチノス君、明日の会合に私一人だと⋯」
「出るよ、一人だと不安なんだろ?(笑」
「ありがとう!」
チュンチュン
そこで外の鳥達が鳴くのか?
そこから、シーラと話し合いを重ねて、明日の会合で定期保守契約を願われたとしても
・その場では返事をしない
・持ち帰って返事をする
この方針を固め、さらに、サカキシルでの氷室建設の話が出たとしても、同じ対応にすることにした。
明日の会合についての話し合いに目処がついたところで、机の上に置いた伝令とメモ書きを、シーラが見詰めているのに気が付いた。
「これって、アイザックさんが持ってきた伝令?」
「そうだな。ちょっと別件があって、近いうちに母やコンラッドに会う日程を決めたくてな。今見ても良いか?」
「どうぞどうぞ」
俺が伝令の封筒を手にするとシーラがメモ書きを手にする。
別に見られて困るものでもないので、シーラは放置して伝令の封筒を開くと、こんな手紙が入っていた。
─
イチノス様へ
日程に拘りはありません。
イチノス様の都合に合わせます。
先触れも不要です。
コンラッド
─
なるほど、俺に丸投げしたのなら俺の都合で良いな。
そうなると、実際に領主別邸へ行くのをいつにするかだが⋯ 色々と考える必要も無い。明日は無理だから、明後日(あさって)の水曜日にしよう。
「シーラ そのメモ書きの水曜日に領主別邸と書いてくれるか?」
「これに書けば良いのね」
机の上のペンを渡すと、シーラが戸惑うこと無く書き込んでくれた。
バタバタ バタバタ
階下からの足音が聞こえる。
(カランコロン)
((ありがとうございました~))
出入口に着けた鐘の音がして、サノスとロザンナの見送る声が聞こえた。
もしかして、ヘルヤさんが帰ったのか?
サノスもロザンナも俺を呼ばなかったよな?
ヘルヤさんの動向に気持ちが向かったところで、時計を見れば3時を回っていた。
「シーラ、お茶にしないか?」
「うん、そうだね。お客さん⋯ ヘルヤさんは?」
「さっき、サノスとロザンナの見送る声が聞こえたからお帰りになったんだろう」
「あら? イチノス君が挨拶しなくても良かったの?」
「何かあれば声をかけてくれと伝えたし、サノスもロザンナも呼ばなかったから、多分、大丈夫だろう」
「ふ~ん⋯ まあ私が口を出すことじゃないか(笑」
シーラの言葉に含みを感じるな。
シーラは何を言いたいのだろうか?
「じゃあ、先に下に降りて待っていてくれるか? その予定を書いたメモ書きも下へ持って行って、ロザンナに渡してくれるか?」
「あぁ、これね」
「シーラはこの後、予定があるのか?」
「う~ん、無いかな? 契約書も確認したし、明日の会合の件も話せたし。ねえ、この契約書はいつ出せば良いのかな?」
「一度、一緒に冒険者ギルドへ行った方が良いな。その場で支払いの話しもしてから、サインしたらどうかな?」
「そうだね。イチノス君は明日のカレー屋の後は空いてるんだよね?」
そう言いながら、シーラが予定を書いたメモ書きを軽く振った。
シーラは既にメモに書かれた俺の予定を記憶しているようだ。
さすがは魔導師の記憶力だ。ただ使い方が間違っている気がするぞ(笑
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