3-16 ギルマス=ベンジャミン・ストークス
「イチノス殿、自ら早々に足を運んでいただき本当にありがとうございます」
ギルマスが会釈をしながら礼を述べてくる。
コンラッドへの伝令を受け付けてもらっていると、若い女性職員に知らされた冒険者ギルドのギルドマスターであるベンジャミン・ストークスが階下に降りて来た。
ベンジャミンの姿を見つけて、お喋りに花を咲かせていたおばさん達は仕事に戻り、船を漕いでいた老齢のお爺さんまでもが机に向かっている。
まあ、上司が現場に顔を見せれば、こんな感じなのだろう。
「ギルマスにはお世話になっています。呼び出しを受ければ足も運びますよ」
「イチノス殿、早速ですが2階で話せますでしょうか?」
「ええ、私もそのつもりで来ましたから」
「では、早速、2階で話しましょう」
そう告げてきたギルマスの案内で冒険者ギルドの2階に上がると、複数の人々の話し声が聞こえてきた。
話し声の元を見れば、冒険者ギルドの応接室の向かいにある会議室からだった。
なるほど。職員を集めての会議中だったんだと、先触れを出すべきだったかと少し反省する。
「ギルマス。先触も出さずに直接訪問してすいません」
「イチノス殿、むしろこちらが呼びつけたようで本当にすいません」
「何やら会議中だったようですが?」
「ええ⋯ 少々、お待ちください」
前を歩いていたギルマスが断りを入れ、足早に会議室のドアを開けて、俺の訪問を知らせた。
「すまんがイチノス殿が来てくれた。俺は少し抜けるから、みんなで進めていてくれ。それと、すまんが応接にお茶を2つ頼む」
ギルマスの後ろから会議室の中を覗くと、広い机に沢山の紙が広げられ、見慣れたギルド職員が複数名、悩み顔で座っているのが見えた。
その中には馴染みの受付の女性も見えた。
かなり悩んでいるようで、彼女の髪が珍しく乱れていた。
ギルマスに応接室に通され、向かい合って応接に座ると改めて頭を下げられた。
「今日は急な願いにも関わらず、イチノス殿には早々に足を運んでいただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、丁度、伝令の依頼もありましたので」
「伝令の依頼ですか、いつもギルドをご利用いただき、ありがとうございます」
う~ん。
どうもギルマスが低姿勢過ぎる気がする。
俺の素性を知っているからだと思うが、どうも話がし辛い。
「ベンジャミン・ストークス殿、イチノスと呼び捨てでお願いしたい」
「いえ、お断りします。『殿』は付けさせていただきたい。それと私のことは『ギルマス』と気軽に呼んでください」
う~ん。
やっぱりギルマスは俺より年配者だけのことはある。
俺の1枚も2枚も上手な感じだ。
ギルマス=ベンジャミン・ストークスは名前のとおりに、ストークス家と言う貴族の出身だ。
以前にコンラッドから聞いた話では子爵の三男だったはずだ。
年齢でも俺より10歳は上で、サノスの父親のワイアットと俺の中間ぐらいだろうか。
その年齢でワイアットのような年配冒険者の相手をして冒険者ギルドを切り盛りする程だ、俺よりもずっと貴重な経験を積んできたのだろう。
コンコン
「お茶を用意しました」
応接のドアがノックされ、先程、コンラッドへの伝令依頼を手続してくれた若い女性職員の声がした。
「おう! 入ってくれ」
「失礼します」
若い女性職員がワゴンにティーセットを乗せて入ってくる。
丁寧な所作で紅茶を淹れると、俺とギルマスの前に置いてくれた。
「イチノス殿、どうぞ」
ギルマスに進められ出された紅茶を口に含めば、実に豊かな香りが口内に広がる。
渋みも少なく、なかなか良い紅茶で⋯ 淹れ方が良いのか?
「なかなか良い紅茶ですね。淹れ方も素晴らしい」
「ありがとうございます」
俺が素直に感想を述べると、若い女性職員が丁寧に頭を下げて来た。
そんな彼女にギルマスも声をかける。
「うん。美味い。いつも美味しいお茶をありがとう」
「あ、ありがとうございます」
若い女性職員が顔に明るさを見せてきた。
「イチノス殿からの伝令依頼はどうですか?」
「はい。先ほど受けていただき向かっている最中です」
「いつも君の依頼は早く受けて貰えますね。ギルドとしても誇りです」
「ありがとうございます」
若い女性職員が更に顔を明るくして嬉しそうな声を出し、再び頭を下げてきた。
「じゃあ、少しイチノス殿と話すからね。お茶とワゴンは置いていってくれるかな?」
「はい。失礼します」
若い女性職員の嬉しそうな様子と、ギルマスの対応に思わず感心してしまう。
これはギルマスの人心掌握術が長けていると言うことか?
「失礼します」
若い女性職員が退室の言葉を残して応接を出て行くと、ギルマスが本題を口にして来た。
「さてイチノス殿、本題に触れて良いだろうか?」
「はい、お聞きします」
「少々、口調がざっくばらんになるが許してくれるか(ニヤリ」
「構いません。私の方が年下です。気にせずにお願いします」
ギルマスの言葉と笑顔に場がほぐれた感じがする。
「ヘルヤ・ホルデヘルク氏を紹介させていただきたい」
「それは受け入れますが⋯」
「何か、彼女の対応が悪かったようだが?」
ああ、ヘルヤさんはその付近もギルマスに話しているのか。
格段に俺に不満は無いと言えば嘘になる。
あの時の俺は、ヘルヤさんが空の『魔鉱石(まこうせき)』を見せてきて、俺に喋らせようとしたのが少し気に入らなかっただけだ。
それに、少々、上から目線な感じも気になっていた。
「実は⋯ 彼女の兄は、私が冒険者時代の知り合いなんだよ」
「えっ? ギルマスの知り合い? 冒険者時代?」
「ああ、私が冒険者だった頃の知り合いで、ランドル殿の魔王討伐戦にも参加した方なんだ」
「えっ?! 父(ランドル)のですか?!」
ギルマスから衝撃的な話を聞かされ、俺は思わず紅茶を飲む手が止まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます