3-15 開店当時の思い出


 店舗兼自宅を出て冒険者ギルドへと足を進める。


 5月中旬のリアルデイルは実に過ごしやすい。

 暑くもなく寒くもなく、時折、通る風が実に心地よい。

 

 リアルデイルの街並みを造る家々は、こぞって綺麗に調えられた芝生の繁る庭を見せている。

 その調えられた庭に植えられた植木は芝に負けぬ青い葉を茂らせ、時折、清潔で優しい風がその葉を揺らして行く。

 そんな風の渡る空は、高く透き通るように青く、そこに浮かぶわずかな雲は、輪郭をくっきりとさせている。


 この緑が多い街並みも、数ヵ月前は雪に覆われていた。

 今歩いている冒険者ギルドへの街並みには、店を開けた頃の思い出がある。


 去年の今頃に初めてリアルデイルの街に来たときにも感じたが、この街は王都に比べて明らかに緑の多い街だ。

 この街に母を頼りに移り住んだのが8月の暑い盛りで、やたらと陽射しが強く朝から汗をかいたのを思い出す。


 そんな暑さも過ぎた頃に、今の店舗兼自宅が決まった。

 老夫婦が営んでいた雑貨屋をウィリアム叔父さんが買い上げ、母を通じて俺に提供されたのが今の店舗兼自宅だ。

 街中の植木が全て枯れ葉になる頃に、俺は開店準備を予て母の元を離れ、今の店舗兼自宅に移り住んだ。


 雪が舞い初め年が明け、木枯らしの寒さが一段と強い頃に、開店へとこぎ着けることが出来たのだが⋯ 開店前夜から朝まで大雪に見舞われた。


 大雪に見舞われ、開店初日なのに確実に客足が無いことを確信して、俺は思い切った宣伝をしてみた。

 今歩いている道、店の前から冒険者ギルドまでの道のりに積もる雪を、魔法を使って溶かす宣伝をしてみたのだ。


 この宣伝は成功であり失敗であった。

 冒険者ギルドと向かいの大衆食堂にたむろしていた冒険者達が、物見遊山で入れ替わり立ち替わり店を訪れた。

 今となっては、その対応で追われたのも懐かしい思い出だ。


 そんな開店当時の思い出を振り返りながら、冒険者ギルドに向かいつつ、ギルマスからの手紙の背景を考えてみた。


 東国(あずまこく)からの二人の都合が書かれた手紙。

 あの二人の都合が悪くなった事をギルマスが知っていると言うことは、あの二人とギルマスが一緒に行動している可能性が高いと言うことだ。


 女性彫金師=ヘルヤ・ホルデヘルクさんの件でと書かれていた手紙。

 ヘルヤさんは店を出た後にギルマスを訪問して、俺への仲介を依頼したと言うことだ。

 それにギルマスが俺に都合を聞いてくると言うことは、ギルマスとヘルヤさんは何らかの繋がりがあると言うことだ。


 サノスを真似ているわけではないが、そんな想像力を働かせてしまった。


 道路脇の店から歩道に張り出しているテントも増え、そろそろ冒険者ギルドだ。

 冒険者ギルドに着く前に、通りの向かい側の大衆食堂に人集りが出来ているのが見えた。

 人集りの様子をよく見れば、未成年の見習い冒険者が多いように思える。


 この時間だと、大衆食堂には護衛依頼で早目に戻れた冒険者が集まって酒盛りをしている可能性がある。

 あまり未成年の見習い冒険者に、酒盛りを見せるのは良くない気がするな(笑


 そんなことを考えながら冒険者ギルドの建物に入ると⋯ 閑散としていた。

 この閑散とした感じは、冒険者ギルドで初めて感じるものだ。


 何だろう⋯ 何か変だな?

 そう思いながらギルド内を見渡して気がついた。

 冒険者と思わしき連中が、誰一人として見当たら無いのだ。

 夕方前のこの時間ならば、護衛依頼で早目に戻れた冒険者が来ていてもおかしくない。

 それに、明日の早朝からの護衛依頼を受ける連中が来ていてもおかしくない。


 おいおい、どう言うことだ?

 これは何かがあって、冒険者の全員がギルドに来ていないのか?


 いや待てよ。

 見習い冒険者までもが居ないのは変だぞ。

 この時間なら、依頼が張り出されている掲示板の前に二人か三人は居るはずだ。

 そう思って依頼が張り出されている掲示板に目をやるが、誰も立っていない。

 何か今日のギルドに異様な感じを受ける。


 確か大衆食堂には見習い冒険者らしき連中が集まっていた。

 何があったか聞いて来ようと振り返った俺に声がかかる。


「イチノスさん!」


 声の主を見れば、ワイアットへの伝令を掲示板に貼り付けてくれた若い女性職員だった。


「イチノスさ~ん! 帰らないでください!」


 俺の名を叫びながらバタバタと駆け寄る女性職員、その様子がサノスに似ている気がする。

 嫌な予感がした俺は、反射的に気がつかないふりをしてギルドの出口に向かおうとした。


「イチノスさん! 帰っちゃダメです!」


 俺の手を若い女性職員が両腕で掴んで来た。


「気がつかないフリをしても無駄です! 私を見たじゃないですか」


 はいはい。

 おっしゃる通りです。

 振り返って見てしまいました。


「ギルマスが待ってます」


 マジかよ!

 あの伝令を出してから待ってたのか?


 若い女性職員に手を掴まれたまま、ギルドの2階へと案内されそうになって、俺はコンラッドへの伝令を思い出した。


「すまん。ギルマスに会う前に伝令を頼みたいんだ」

「伝令? ですか?」


「あぁ伝令だ。伝令を頼め⋯ 頼んでも誰もいないか⋯」

「いえ、大丈夫です!」


 いったい、何が大丈夫なの?

 見渡す限り見習い冒険者すら見当たらないのに誰が伝令をするの?


「じゃあ、先に伝令依頼を済ませましょう」


 若い女性職員がそう告げたかと思うと、受付カウンターに連れて行かれてしまった。

 バタバタとしながらも若い女性職員が手紙の伝令で使われる冒険者ギルドの印の入った用紙を渡してきた。


「じゃあ、書いて貰ってる間に、イチノスさんが来たことをギルマスに伝えてきます」


 若い女性職員が俺に用紙とペンを渡すと、急ぎ足でギルドの2階へ続く階段へと向かって行く。

 そんな後ろ姿を見ながらギルドの受付内を見渡すと、船を漕いでる老齢のお爺さんと、お茶を飲みながらお喋りにふけるおばさん職員3名しか見当たらない。

 いつも受け付けに座っている馴染みの女性職員を探すが、今日は非番なのか見当たら無い。


 たまにはこんな冒険者ギルドもあるんだなと気を取り直し、俺は渡された用紙にコンラッド宛の手紙を書いて行く。


コンラッド殿へ


 本日、お約束の品が準備できました。

 ご都合の良い日時の来店をお待ちしています。


 イチノス

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る