6-7 『カレー』と『ラッシー』に出会いました
「教会長、今日はお時間をいただき、ありがとうございました。また日を改めて伺います」
「はい。イチノスさんならば、ご連絡をいただければ必ず時間を作ります」
「いえいえ、教会長のお時間を容易くはいただけません。まずはシスターにいただいた教本で学びます。その上で聞きたいことや確認したいことを整理します」
「わかりました。イチノス様に神の加護があらんことを」
聖堂の前で教会長と長めの挨拶を交わし、俺は教会を後にすることにした。
今の俺の知識では教会長から勇者に関わる話を聞いても、消化しきれず身に付かないと判断した。
教会長へも伝えたとおりに、まずは俺の基礎的な知識を高めないと、教会長から話を聞いても、疑問ばかりが湧いてくる。
まずは仕切り直そうと考えての『戦略的撤退』が最良と判断したのだ。
ごめんなさい。言い訳です。
冒険者ギルドに向かって歩きながら、教会長との会話で得た知識で思案を深めて行く。
勇者を知るには、別世界が存在するという考え方を理解する必要がある。
別世界は本当にあるのだろうか?
古代遺跡から出てきた物が別世界の証拠だと教会長は俺に言った。
ワイアットは古代遺跡で手に入れた魔剣を持っている。
ワイアットに頼めば見せて貰えるだろうか?
見せてもらったとして、何を持ってして別世界の物だと俺が判断できるのだろうか?
いや、そもそもの目的は『勇者の魔石』を作ることだ。
勇者を探し出して『魔鉱石(まこうせき)』に勇者の体内魔素を纏わせてもらい『勇者の魔石』作り上げることだ。
世の中では、父のランドルが勇者と呼ばれているが既に亡くなっている。
死者に『勇者の魔石』作りに協力は願えない。
今の勇者をどうやって探し出せば良いんだ?
これって⋯ 行き詰まってないか?
思案しながら歩いていると、フワリと食欲を誘う香りがしてきた。
なぜだか、やたらと空腹感を誘う香りだ。
香りに誘われながら周囲を見渡しつつ、香りの元を探して行くと、道に面した一軒の店舗らしき家からの香りだとわかった。
その店舗に近寄ると飲食店らしく、出入口の扉には『営業中』の札が下がっている。
昼食には少し早いのはわかるが、なぜだかこの香りに抗えない俺は、道に面した店の扉を開けた。
カランコロン
俺の店の出入口の扉に付けているのと同じ音の鐘が鳴る。
店はカウンターだけらしく、出入口から道に面した細長い造りで奥に向かってカウンターが続き、椅子が6脚ほど置かれていてた。
「いらっしゃいませ~」
顔は見えないが、接客する女性の声が聞こえる。
『営業中』の札が外から見えて開店しているとは思うが、店内に誰も客らしき人が見当たらない事から、俺は取り敢えず尋ねてみた。
「もう大丈夫ですか?」
「は~い。大丈夫ですよ」
声と共に、若干浅黒い肌で顔立ちの整った人間の女性がカウンターの脇から現れた。
それとなく女性の顔を見直すが年齢がわかりづらい。
40歳? いや30歳? う~ん⋯ どうも女性の年齢はわかりづらい。
身体の線が強く出ない丈の長い赤いワンピースを着て、身長は俺より若干低いぐらいだろう。
飲食店なので頭には髪を隠すように布を巻いている。
澄んだ大きな目をしていて、なぜだか妙に美しさを感じてしまう女性だ。
「このお店は⋯ 飲食店ですか?」
「はい。お客さんは『カレー』は始めてですか?」
「『カレー』ですか?」
「その様子だと初めてですね。お客さんは香辛料は大丈夫ですか?」
「香辛料? コショウなら平気ですけど⋯」
「じゃあ、大丈夫かもですね(笑」
「『カレー』とは⋯ この香りの料理ですか? やけに美味しそうな香りですね」
「美味しいですよ。まずはランチで食べてみてください(笑」
「じゃあ、お願いします」
「座って待っててくださいね」
店主らしき女性に言われるまま、俺は長いカウンターの一番奥の席に座ることにした。
カウンターの席に座ると、それまで若干見えていたカウンター奥の厨房らしき設備が一切見えなくなる。
なかなか拘った感じで作られた店だ。
それほど広くはないカウンターだけの店内をぐるりと見渡す。
俺の背中側、道に面している壁の大きな窓から入る明るさが店内をしっかりと照らしている。
そうして店の様子を見ていて、俺は壁に掛けられた絵のような物に目を惹かれた。
魔法円のような外円と内円を備え、内円に頂点が接するように描かれた三角形が2つ重ねられている。
作りとしては魔法円に近いのだが、重ねられた三角形の頂点付近に文字が描かれている。
俺は気になってしまい席から立ち上がり、近寄って見てみる。
書かれている文字はこんな感じだった。
最上部に ⋯『天』
右斜め上に ⋯『人』
右斜め下に ⋯『畜』
最下部に ⋯『地』
左斜め下に ⋯『餓』
左斜め上に ⋯『修』
この絵は何だろう?
改めて壁に掛けられた絵の全体を見直してみる。
う~ん⋯ 内円に頂点が接するように描かれた三角形が六芒星を意図しているなら、この絵は魔法円の可能性を感じるんだが⋯
『天』『人』『畜』
『地』『餓』『修』
この文字が気になるな。
何を表してるんだろう?
「お客さ~ん。ランチだと飲み物が付くんですけど何にします?」
「おぉっと、何があるんですか?」
不思議な絵を眺めていると、カウンターの奥から女店主に声をかけられた。
「珈琲、紅茶、後はラッシーですね」
「『ラッシー』?」
「はい。ラッシーですね。今、出来ますんで」
俺としては『ラッシー』が何かを聞いたつもりが、飲み物が決まってしまったようだ。
珈琲よりも紅茶、紅茶よりも緑茶を好む俺としては珈琲にならなかっただけでも良しとしよう。
気になった絵から目を外してカウンターの席に戻ると、カウンターの向こう側から何かが出てきた。
「ランチのカレーとチャパティ、それにラッシーです。今日のランチカレーはチキンですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
カウンターの上に置かれた物を取ってみると、あの空腹を誘う物の正体が現れた。
これって⋯ 食べ物なのか?
ーーー そう思っていた時もありました。
◆
「『カレー』とは随分と不思議な食べ物ですね。この美味しさは癖になりそうです(笑」
「口に合って良かったです。初めての方は食べれないこともあるんですよ」
「でしょうね。この辛さはとても新鮮です」
ランチの『カレー』を食べ終えて女店主に話を聞く。
正直に述べて、カレーを見た時には驚かされた。
これは本当に食べ物なのかと悩まされる姿なのだ。
だが、食べろと言わんばかりの香りに誘われて思い切って口に運ぶと、今度はじわりと口内に広がる辛さに驚かされる。
けれども、その辛さの中に何とも言えない旨味を感じる。
これは癖になる美味さと感じるものだ。
女店主の指示に従い『チャパティ』をちぎって『カレー』と一緒に食べれば、更に旨さを感じてしまう。
食べるほどに手が止まらなくなり、気が付けば全てを食べきっていた。
全てを食べ終えて口内に残る『カレー』の味を懐かしみながら『ラッシー』を口に含むと、また別の世界が口内に広がった。
何だ、この飲み物は?
ヨーグルトのような牛乳のような、何とも不思議な飲み物だ。
口内に残る『カレー』の辛みを、見事なまでに消し去るのだ。
そんなカレーランチを食べ終え、会計を済ませて店を出る。
「また来ます」
「はい。ありがとうございました」
女店主に再訪の約束をして、次に来る機会を考えながら俺は店を後にした。
コロンカラン
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