6-6 本を6冊も持って歩けないよね?


 俺は『勇者の魔石』なんて簡単に作れると思っていた。


 勇者を見つけ出して『エルフの魔石』と同じ様に、勇者の魔素で『魔鉱石(まこうせき)』を包んで貰えば済むだけだと考えていた。


 ところが思わぬ躓きが待っていた。

 そもそも勇者の定義が曖昧なのだ。


 俺の知る勇者は『魔王を討伐せし者』程度の理解だった。

 今現在、この世界では魔王が存在している。

 実際に父は『魔王討伐』戦に参加して命を落としている。


 勇者と並び立つ賢者についての理解を深めようとすれば、教会の教えである輪廻転生の話をされた。

 教会の教えでは世界は一つではなく複数あるという。

 神同士の話し合いにより、他の世界での知識と経験を有して生まれ変わった者、いわば転生者が賢者となるというのだ。


 もう一歩踏み込んで、勇者も転生者なのかと尋ねようとすると、教会長から『教会の罪』という恐ろしげな言葉が返ってきたのだ。


 俺は教会長に尋ねる前に気になることを確認する。


「もしやシスターに賢者の話を調べるように伝えたのは⋯」

「はい。イチノス様のお察しのとおりです。シスターの年齢と学びでは『教会の罪』を知るのは早過ぎるのです」


「待ってください。年齢だけで言えば私もシスターも同い歳と思われます。なぜ私には、その『教会の⋯』を話されるのですか?」

「それはイチノス様が魔王討伐に挑まれたランドル様のご子息であるからです」


 そこまで話して気が付いた。

 教会長が俺の事を『様』で呼んでいるのだ。

 これは教会長が明らかに使い分けていると伺える。


「では、端的に尋ねます。今の勇者はどなたですか?」

「市井ではランドル様です」


「えっ? 父ですか?」

「はい。ランドル様は魔王討伐戦で見事に魔王軍を退けました。そのお陰で、王国を始めとした魔王討伐戦に参加した諸国は魔王軍の驚異から救われたのです」


「教会長、待ってください。父は魔王を討ちとっていません。それでも勇者と言えるのですか?」

「イチノス様、そもそもその認識が誤りなのです」


「えっ?」


 俺は教会長の言葉に何も返せず、自分の知識というか認識を振り返ることしか出来なかった。


「イチノス様がそうした認識をされているのも『教会の罪』の一つなのです。まずは教会に伝わる『最初の勇者』についてお話しをします」


 そう告げて教会長は『最初の勇者』について語ってくれた。


 この国が王国として成立する以前、魔王配下の魔王軍は人間やドワーフ、そしてエルフの住む領域への侵略を進めていた。

 この魔王軍の進行に、地上に住む者達の皆が恐怖していたそうだ。


 そうした最中、人間の教会に『最初の勇者』が現れた。

 賢者が別世界の者の生まれ変わりであるのに対して『最初の勇者』は転移者と呼ばれる別世界から来た者だという。

 この人間の教会に現れた『最初の勇者』は、実際に当時の魔王と呼ばれる存在を討伐した。

 この事から『勇者は魔王を討伐せし者』との考えが広まったという。

 後に『最初の勇者』は、この王国の礎を築いた後に元の世界へと戻って行ったという。


「ここまでが『最初の勇者』のお話しです」

「やはり勇者とは魔王を討伐せし者ですね」


「はい。教会の教えでは『最初の勇者』は、実際に魔王を討伐したとされております」

「しかし魔王や魔王軍は復活していますよね? あれは次の魔王なのですか?」


「はい、そのとおりです。『最初の勇者』に討伐された魔王の子孫が新たな魔王として立ち上がるなどして、魔王は世代交代をしつつ、時を経て新たな魔王と魔王軍は人間やドワーフ、そしてエルフの住む領域へと進行を始めたのです」

「もしかして、その新たな魔王軍に立ち向かったのが父なのですか?」


「イチノス様のお察しのとおりです」


 この王国は建国600年とされている。

 『最初の勇者』が王国の礎を築いたのならば600年以上前の話だ。

 この600年もの間、魔王率いる魔王軍の進行が皆無だったわけではない。

 俺の知識でも魔王軍と人々の争いは続いている。

 勇者が別世界から来た転移者であるならば『最初の勇者』が現れてから600年もの間、次の勇者が現れていないということか?


「教会長の言う『最初の勇者』が魔王を討伐したのはわかりました。それでも魔王や魔王軍との争いは続いています。新な勇者は現れていないのですか?」

「そこに教会の罪があります」


「教会の罪? 勇者が現れないのが教会の罪なのですか?」

「イチノス様は、その昔に現れた『最初の勇者』が、どうやってこの世界へ来たかを考えたことがありますか?」


 またしても意味不明なことを教会長が言い始めた。


 どうやって『最初の勇者』が、別世界に住まう者がこの世界へ来たかなんて考えた事もない。

 そもそも別世界と行き来が出来るなんて考えにも行き着かない。


 賢者が別世界の者が生まれ変わる考え方は、何となくだが理解できる。

 俺も幼い頃に学んだからだ。


 まてよ。

 別世界の存在を盲目的に信じて良いのか?


「教会長、その前に教えてください。別世界と言うのは本当に存在するのですか?」

「と⋯ まずは、そこからになってしまいますよね。これは信じていただくしかありません」


「そうは言っても、自分自身が体験できていないことは信じられません。何か、これが別世界が存在する証拠だと言うものはあるのですか?」

「ありますよ」


「あるのですか?! それは何ですか?」

「古代遺跡です」


「古代遺跡? あの冒険者が探索する古代遺跡ですか?」

「はい、あそこから出てくる品々をイチノス様は見たことがありますか?」


「いや、実際に手にした事はない。見かけたことはあるが⋯」


 ワイアットの魔剣を思い出す。

 魔素を流せば切れ味が良くなると、聞いたことがあるがあれが別世界の証拠となると言うのか?


コンコン


 部屋の扉をノックする音で俺は思考を止めた。


 教会長がノックに応じると、シスターが数冊の本を抱えて入ってきた。

 抱えていた本を応接机に置き、教会長の隣に座る。


「イチノスさん、お待たせしてすいません。こちらが国と大教会より支給されている、初等教室で使われている教本です」

「はぁ⋯ そうですか⋯」


 応接机に置かれた本は見るからに6冊程度ある。

 シスターは教会長から初等教室での賢者についての教えを調べるように言われたのに、教本を全て持ってきたのか?


「⋯⋯(ククク)」


 あれ? 教会長、笑ってませんか?


「これらの本を読んでいただければ、初等教室での教えを学ぶことが出来ます」

「はぁ⋯ そうですか⋯」

「⋯(ククク)」


 やっぱり教会長は笑ってるよね。


「どうぞ、お持ち帰りください」


 シスター。俺に丸投げですか?


「シスター、それでは荷物になってしまう。イチノスさん、この後のご予定は?」

「え、えぇ。少々、寄るところがありまして⋯」

「そ、そうですよね。失礼しました」


 教会長が俺の予定を尋ね、シスターが配慮が足りなかったと頭を下げてくる。


「それではこうしましょう。シスターは昼過ぎに寄付を募りに行かれますよね? その際にイチノスさんの店に届けてはいかがですか?」

「そうですね⋯ わかりました、今日は習いの方も同行するので、まずはイチノスさんの店に運ばさせていただきます」

「お手数をお掛けします」


 教会長の助言により、重そうな本を抱えての移動から解放されたことに、俺は少し安堵してしまった。

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