23-6 商人への対応
「イチノスさん、お邪魔します」
「失礼を承知で相席させていただきます」
結局、キャンディスさんが移動して出来た俺の向かい側の空席に、二人の商人が座ってしまった。
二人とも微笑みを湛えた感じを出しているのだが、その顔付きが獲物を前にしたオークとゴブリンに思えてしまうのは気のせいだろうか?
実際に俺の正面に座した商人は、オーク並みに体格が良く、その隣に座る商人はゴブリンを思わせる感じで小柄だからだよな?
そんな二人の商人が姿勢を直して椅子に座り直したところで、俺は先手を打った。
「お二人とは初対面ですよね?」
「えぇ、イチノスさんとお話しをするのは初めてです。私は⋯」
オークな商人が名乗ろうとしたのを、俺は手で制して止めた。
すると一方のゴブリンな商人が口を開く。
「私も、イチノスさんに挨拶させていただくのは初めてです」
そこまで口にして、ゴブリンな商人は言葉を止めた。
どうやら、隣のオークな商人が名乗りを止められたのを、いち早く覚ったのかもしれないな。
何れにせよ、二人が俺とは初対面と認めたので初段は越えた気がする。
「すいません、今の私は食事中なんですよ」
「そ、そうですね」
「これは失礼しました」
そう伝えると、二人の視線は俺の前に置かれた食べ掛けのトリッパへ向かう。
皿には残り数口分のトリッパが残っていて、出来れば食べきってしまいたい。
このまま俺は、初対面の二人に観られながら、食事を続けることになるのか?
正直に言って、そんな状況は耐えられない。
「はい、二人とも座ったね。昼食(ランチ)の注文でいいね」
絶妙のタイミングで、給仕頭の婆さんが二人の商人へ注文を聞いてきた。
「あっ、私は⋯」
「ん? 何だい? 注文しない気かい? あんたらは冷やかしの客だったのかい?!」
ゴブリンな商人が断るような口ぶりをしてしまい、それに婆さんが怒りを込めた口ぶりで突っ込んだ。
「お二人さん。一旦、座ったからには昼食(ランチ)ぐらい注文しな」
「は、はい、そうですね」
「お、おっしゃるとおりです」
うんうん、女性が怒りを現したら素直に従うのが大切だよね。
「昼食(ランチ)が2つだね」
「「はい、お願いします」」
「オリビア~ 昼食(ランチ)2つ~」
婆さんが厨房のオリビアさんへ注文を通す声を上げた。
そんな婆さんが手を出して代金を求め、それに商人が慌てて財布を出して支払う様子を眺めながら、俺はトリッパを味わって行った。
一方、席を移動したキャンディスさんへ目をやると、既に昼食(ランチ)を食べ終えたらしく、手を止めてこちらを眺めていた。
俺と目が合うと、軽くほくそ笑んだ顔を見せ、今にも席を立ちそうだ。
上手く商人から逃げたキャンディスさんの微笑みに、目の前の商人を投げ返したい気分になって来たぞ。
「キャンディスさん、すいませんが、このお二人が相談事があるそうなんです。ギルドで受け付けてもらえますか?」
「おぉ~ イチノスさん!」
「ありがとうございます」
二人の商人は婆さんに渡された木札を片手に喜びの声を上げる。
「イチノスさん、良いんですか? こんな形で相談事を聞いていたら切りが無いですよ」
「「⋯⋯」」
キャンディスさんの言葉に二人の商人は何も言い返せない。
確かに、キャンディスさんの言うとおりに切りがないだろう。
けれども、俺としてはキャンディスさんへの仕返しだけではなく、こうして俺個人へ突撃してくる商人も、ギルドで受け付けてもらうことに意味があるのだ。
店への商人からの突撃は、商工会ギルドへ出向き、イルデパンを交えてアキナヒと交渉してから起きていない。
これは商工会ギルド経由で、それなりに防げている状況だと言えるだろう。
けれども、こうして外出した先で、冒険者ギルドを絡めた形で商人に付きまとわれていたら、俺は何処に行くにも警戒する日々を求められてしまう。
そこで俺が考えたのは、商人からの相談事の全ては、俺が個人では受け付け無いこと。
商工会ギルドか冒険者ギルド、そのどちらかのギルドを間に挟むと言うことを、商人達へ知らせて行く必要があるのだ。
商人からの俺への相談事の全般は、もう一息で両方のギルド経由に纏める事が出来そうな気がするのだ。
「確かにそうですね、切りがないかも知れませんね。けれども、こうして出先を狙われたら、私は店から一歩も出れなくなります。そうなったら、相談役としてギルドへ顔を出すことすら困難になるでしょうね」
「⋯⋯」
俺の言葉が届いたのか、下げ物を手にしたキャンディスさんの動きが止まった。
「「⋯⋯」」
そして二人の商人も、自身の行動を指摘された事に明らかに気が付いたのか、二度目の沈黙だ。
そんな沈黙の中でも、俺は残ったトリッパを口に運び、静かに味わった。
そして、とどめの言葉を続ける。
「何よりもこのお二方は、私への相談よりは、キャンディスさんの昇進について気にされていますよね?」
「「うんうん」」
おいおい、そこで二人の商人は再起動か?
俺はお前らを助けてるわけじゃないから、勘違いだけはするなよ。
「きっと、ギルドで相談事を受け付けないと、毎日でもキャンディスさんの食事の時間を狙って、商人な方々が現れる可能性だってありますね(笑」
「!!」
「「うんうん」」
キャンディスさんが少し固まり、商人達が頷きで応えている。
「それにですね⋯」
誘うように言葉を続けてから、あえて止め、俺は皿に残ったトリッパをたいらげて行く。
そして残ったパンを食べ終えたところで、続きの言葉を口にする。
「それにこのままでは、キャンディスさんを祝う思いのこもった花が、大量に冒険者ギルドへ届けられるかもしれませんね(笑」
「!!」
俺の言葉で、キャンディスさんの顔に明らかな動揺が見えた。
キャンディスさんとしても、今の無策な状況では、この先に何かが起きる可能性を察したようだ。
「そうか! キャンディスさんへお祝いの花を贈るのですね!」
「イチノスさん、それは名案です!」
そう言って二人の商人が嬉しそうな顔を見せてくる。
お前ら、これは絶対に名案では無いぞ。
むしろ迷惑行為だから絶対にやるなよ。
結果的に花屋が喜ぶだけだぞ。
「それに、キャンディスさん。まだまだ頑張れるニコラスさんなら、こちらの商人さんの相談事も捌けると思いますけど、どうでしょうか?」
「⋯⋯」
「「うんうん」」
「ニコラスさんも、キャンディスさんから捌き方を教えてもらえば、こちらの商人さんの相談事も進むとは思いませんか?」
「はぁ⋯ わかりました。お二人の相談事を受け付けますので、ギルドへいらしてください」
「「おぉ~ ありがとうございます」」
折れたキャンディスさんの言葉に、二人の商人が礼を述べて立ち上がろうとした。
「二人とも待ちな」
だが、立ち上がろうとする二人を今度は給仕頭の婆さんが制してきた。
「お二人さん、キャンディスがギルドで受け付ると言ったんだ。注文した昼飯(ランチ)ぐらい食べてから行きな」
「は、はい、そうですね」
「おっしゃるとおりです」
婆さんナイスフォローです。
これで、この二人の商人の件は片付いた感じだ。
後はギルドで相談事を受け付けて、ギルドで対応を決めて、俺が応じるか否かを判断すれば済むだけだな。
そう思って俺は食べ終った皿を手に立ち上がろうとすると、婆さんに止められた。
「イチノス、キャンディスが話があるみたいだよ」
そう言った婆さんの視線の先には、両腰へ手を当てて仁王立ちのキャンディスさんが待っていた。
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