23-5 キャンディスさんと早目の昼食


「おばさ~ん もうやってる~?」


 店内に響くその声と共に、冒険者ギルドのキャンディスさんが大衆食堂へ入ってきた。


「あれ? イチノスさん?」


 俺に気づいてキャンディスさんが声を上げた。

 それに続いて、長机を掃除していた婆さんが、厨房に向けて大きめの声を掛ける。


「オリビア~ トリッパはまだあるか~い?」


「イチノスさん、来てたんですか?」


 そんな婆さんの声をまったく気にせず、さも当たり前のようにキャンディスさんは俺の向かい側へ座ってきた。


「食堂に来てるなら、ギルドにも顔を出してくださいよ(笑」


 冗談混じりに、キャンディスさんは穏やかな顔と声で問い掛けてくる。


「いやいや。実はさっき、受付の前でニコラスさんに⋯」


「ニコラスに絡まれました?」


「いや、逆ですね。ニコラスさんには助けてもらいましたよ。商人の方々に囲われないように逃がしてくれました(笑」


「ニコラスが?」


「えぇ、逃がしてくれましたよ(笑」


「イチノスさんを逃がすぐらいなら、ニコラスもまだまだ大丈夫ね(笑」


「ククク」

「フフフ」


 お互いに変な笑い声が出たところで、キャンディスさんが思わぬ名を出してきた。


「じゃあ、イチノスさんは今日はまだシーラさんに会ってないんですか?」


 ん? シーラに会ってないか?


 キャンディスさんは何の事を言ってるんだ?

 シーラとは今日の昼過ぎに会う予定だが⋯


 キャンディスさんは知っているはずだよな?

 商工会ギルドで、製氷業者の氷室にある魔道具だか魔法円を観に行く指名依頼を受ける時に、キャンディスさんは同席していたはずだぞ?


「実は朝一番でシーラさんがギルドへいらして、先ほどまで打合せをしていたんです」


 まてまて。

 シーラが朝から冒険者ギルドに来ていたのか?


「シーラが朝から来てたんですか?」


「はい、氷室の件で打ち合わせをしましたよ」


「氷室? それって昼過ぎに観に行く製氷業者の⋯」


 俺がそこまで口にしたところで、キャンディスさんが手を出して、俺を制してきた。


「は~い お待たせ~」


 オリビアさんの声と共に、トリッパにパンを添えた皿が長机に置かれて行く。


「わぁ~ 美味しそう」


「あら?! キャンディス、『美味しそう』じゃなくて『美味しい』の(笑」


 そんな会話を交わすオリビアさんに木札を渡し、キャンディスさんは代金を支払っていく。


 オリビアさんが厨房へと向かったところで、キャンディスさんが口を開いた。


「イチノスさん、食べながらで良いですか?」


「は、はい」


 何が良いのかわからぬまま返事をすると、キャンディスさんは直ぐにトリッパを食べながら話を続けてきた。


「まだ、明確な時期はわかりませんが、氷室を建てるのは決まりですね」


 なるほど、カミラさんが持ってきたサカキシルとダマサイルに氷室を建てる件で、シーラが冒険者ギルドへ出向いたんだな。


 昨日の商工会ギルドの後にシーラが領主別邸へ戻って、今日の昼からの製氷業者の氷室を観に行く話がウィリアム叔父さんやジェイク叔父さんへ知れたのだろう。


 そして、以前からサカキシルやダマサイルで氷室を建てる件は計画されていて、そこへシーラと俺が製氷業者の氷室を観に行く件が絡んだ感じだな。


 〉イチノス、明日は頼むぞ


 そう考えれば、昨日の夜にジェイク叔父さんが俺に言っていた言葉も頷ける。


 それに伝令を読んで感じたことの裏取りが出来た気がする。


 そうなると、領主別邸を出ると言っていたシーラは、今朝の段階ではまだ領主別邸で寝泊まりしているということだ。

 まあ、受け入れる側のパトリシアの都合もあるだろうから、そうすぐにシーラが領主別邸を出れるとは限らないな。


「あれ? イチノスさんはこの話をご存じですよね?」


 しばし、領主別邸でのシーラの様子を思案していると、キャンディスさんに問われてしまった。


「えぇ、知ってますよ」


 俺はそう応えながら、カバンに押し込んだカミラさんが届けてくれた伝令を取り出し、封筒ごとキャンディスさんへ差し出した。

 キャンディスさんは、トリッパを食べる手を止めて、受け取った封筒から中身を取り出す。


 そして、一読したキャンディスさんが口を開いた。


「共に励めですか?(ニヤリ」


 キャンディス!

 その『ニヤリ』とした顔が鬱陶しいぞ!


 俺はその鬱陶しい顔に抗うようにキャンディスさんに問い掛ける。


「キャンディスさんは、休暇はどうでしたか? 楽しく過ごせましたか?」


「え、えぇ、ものすごく楽しかったですよ」


 おや? キャンディスさんの顔が赤い気がするぞ(笑

 こいつ、変なことを思い出していないか?

 どうせ、ワリサダとイチャついてたことでも思い出したんだろ(笑


「それで、イチノスさん。昨日の待遇と業務内容の件は案が固まりました」


 話題を変えるように、キャンディスさんがそこまで言うと、伝令を返しながら言葉を続けた。


「詳しい話は、シーラさんから聞いてもらえますか?」


「シーラから?」


「昨日のあの後、メリッサとカミラさんやレオナさんを交えて、冒険者ギルドで話し合いをして、イチノスさんがおっしゃった条件で行くことになったんです」


 なるほど、昨日のあの後は冒険者ギルドで話し合いが続いたんだな。


「それと、月に6回、両ギルド合わせて月に6回は顔を出してもらえますか?」


 これは俺とシーラで話し合った譲歩案に則しているな。


「わかりました。その話は、シーラも聞いてるんですか?」


「はい。シーラさんには、先ほど合意をもらえました。実際に提示できる書類は、メリッサが作ってますので、数日以内に商工会ギルドから伝令が出る筈です。出なかったら、私に連絡してください。私からメリッサに催促しますから」


 キャンディスさんがメリッサに催促する?

 何やら強気な言葉に聞こえるが、そこは触れないようにしよう。


 そうした話をしながらも、キャンディスさんはどんどん食事を進めて行く。


 その食事の様子は、味わっているというよりは、空腹を満たすのを優先している感じだな。


 そんなキャンディスさんに連れて、俺もトリッパを食べ進めて行くと、婆さんの客を迎える声が響いた。


「いらっしゃ~い!」


 店の出入口へ目をやれば、鮮やかな色合いのベストを着た二人組の商人が入ってきた。


 その商人へキャンディスさんもチラリと目をやり呟く。


「やっぱり、ここだと人が多いですね。からまれる前に、済ましちゃいましょう」


 キャンディスさんの予感は的中し、二人の商人が真っ直ぐに俺たちの長机に近寄ってきた。


「キャンディスさん、イチノスさん、お食事中にすいません」


「はい」

「何でしょうか?」


 食事の手を止めてキャンディスさんと共に朗らかに応えると、商人達が思わぬ言葉を続けてきた。


「キャンディスさん、サブマスへの昇進、おめでとうございます」

「イチノスさん、相談役への就任、おめでとうございます」


 おっと、その話を切っ掛けにするとは、この二人の商人はなかなか良いアプローチをしてくるな。

 これはキャンディスさんの反応が楽しみだぞ(笑


「サブマス? 何のことですか?」


「「えっ?!」」


「私がサブマスですか? 誰から聞きました?」


 驚きの声を上げて怯んだ商人にキャンディスが畳み掛けた。


「い、いや⋯」

「そ、その⋯」


「まさか、噂話を聞いて、その真偽についてお話をされたいのですか?」


「「⋯⋯」」


「あっ! イチノスさんの相談役就任は公表されてましたね」


 そう言ってキャンディスさんが俺を見て来た。

 その視線につられたのか、二人の商人が揃って俺に向き直った。


 こいつ、俺を商人に売る気か?!


 ⋯って?!

 おい、キャンディス!

 どうして俺の向かい側から横にズレて席を移動するんだ?!


 それだと空いた席に商人が座ってしまう⋯

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る