23-4 昼営業(ランチ)には早かった
サノスとロザンナに魔石と魔法円の棚卸しを頼み、俺はカミラさんが持ってきた伝令の封を開けた。
伝令の中身を取り出して、昨夜の大衆食堂でジェイク叔父さんとの会話から感じていた予感が的中した。
─
イチノスへ
サカキシルとインダセルでの氷室建設が決まった。シーラと共に励むように。
ウィリアム・ケユール
ジェイク・ケユール
─
はいはい、やはりそういう話なんですね。
一瞬、この件に関わっているであろう人々が誰か、その人々はどんな思惑を抱いているのか?
そうした事を考えそうになったが、止めた。
むしろ、『シーラと共に』の記述に心が惹かれていく。
昼過ぎに迎えに来るシーラは既に知っているのだろう。
うん、今は考えるのは止めよう。
シーラの顔を見てから考えよう。
ん?
気が付けば、先ほどまで『オークの魔石』を数えていたロザンナが、俺を見ている。
いや、ロザンナは俺の手にしている伝令へ視線が向かっている。
領主であるウィリアム叔父さんから届いた伝令というのが、ロザンナは気になるのだろう。
一方のサノスは、伝令や俺の事など気にせずに『ゴブリンの魔石』を一所懸命に数えている。
これは、店の棚卸しの作業に身を投じている二人の前に、俺が居続けるのは邪魔になっている気がしてきた。
時計を見れば10時を回っている。
今から冒険者ギルドへ行って、この伝令についてギルマスのベンジャミンかキャンディスと少し話して、今の状況を聞き出すか?
その後に大衆食堂で昼食を済ませて戻ってくれば、シーラが迎えに来る時間にちょうど良い気がしてきた。
俺は席を立ち上がり、外出用のカバンにウィリアム叔父さんからの伝令を押し込み、二人に告げて行く。
「サノス、ロザンナ」
「「はい?」」
「冒険者ギルドへ行ってくる。昼の1時には戻ってくるが、何か必要な物はあるか?」
「「いえ、特に無いです」」
そんな二人の返事を聞きながら、俺は店を出て冒険者ギルドへと向かった。
カランコロン
店の外に出た俺は、まずは店の向かい側、女性街兵士の立つ交番所へと足を向けた。
俺が近寄るのに気付いた先ほどの女性街兵士二人が、王国式の敬礼を出してくる。
それに俺も軽めの敬礼で応え、カミラさんの件を確かめるように問い掛けた。
「先ほどは警戒をありがとうございました」
「いえいえ、イチノスさん。あれも職務ですから」
「うんうん」
二人の女性街兵士の内、最初に店へ入ってきた細身な感じの方が答えてくる。
もう一人の頷く女性街兵士は、少し小柄で胸元が大きめな感じだ。
こうして二人の女性街兵士を観察すると、それなりに違いを感じるな。
俺はそろそろ、この女性街兵士の名前を覚えないとな(笑
「やはり獣人の方が店へ出入りすると、気になりますよね?」
俺の次の投げ掛けに、二人は互いに顔を見合って答えてきた。
「いえ、獣人も気になったのは事実ですが⋯」
「文官服だったんで⋯」
あぁ、何となくだが、理解できるぞ。
文官服を纏っていたことから、騎士学校時代の先輩か後輩が来た可能性を考えたのだろう。
ましてや、文官服を着た獣人ならば、騎士学校を出ている二人はかなり気になったのだろう。
そう言えば、まだ店を訪れていないレオナさんの件を二人は知っているのだろうか?
「そうだ、レオナさんはご存知ですよね? 彼女もリアルデイルへ来ているそうですね」
「はい、先ほどカミラがそう告げて行きました」
「カミラとレオナの二人は、騎士学校でも有名でしたからね」
「そうよね、あの二人の獣人特有のあ可愛らしい容姿は人目を惹くわよね」
あらあら、カミラさんとレオナさんの話題で二人で話し始めてしまったぞ。
「そうだ、イチノスさん!」
「は、はい? 何でしょう?」
「イチノスさんもカミラとレオナは、可愛らしいと思いますよね?」
「思いますよね?」
確かに、カミラさんとレオナさんが二人でいる姿は獣人特有の可愛らしさがあったな。
「そうですね、サノスとロザンナは獣人の方が初めてらしくて、かなり戸惑ってましたが、カミラさんが可愛らしいと言ってましたね(笑」
「「うんうん」」
「それじゃあ、私は店を空けますんでよろしくお願いします」
そう告げて俺は王国式の敬礼を出す。
「「はい、お任せください」」
二人の女性街兵士が姿勢を正し、やはり王国式の敬礼で応えてきた。
俺は歩道にテントが張り出された通りを進み、元魔道具屋の交番所の前で敬礼をして、冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドへ足を踏み入れると、特設掲示板の前に色鮮やかなベストを着た商人が三人。
どの商人も、晒された質問状を穴が開くかのように見詰めている。
そんな商人の向こう側で、質問状の受付で置かれた机で、ニコラスが事務仕事なのか、質問状を何度も読み返している様子が観て取れる。
その様子を見ていて、ふと、今の冒険者ギルドは俺にとっては少し危険な気がしてきた。
迂闊に俺が足を踏み入れると、あの商人に囲われそうな気がする。
それを躱せたとしてもニコラスに捕まって愚痴を聞かされそうな気がしてきた。
そう思った時に、何気なく顔を上げたニコラスと目が合った。
ん?
ニコラスが俺から目を逸らして、チラリと商人を見た気がする。
これは俺が商人に囲われないように、ニコラスが配慮したのか?
俺はニコラスの思いを汲んで、踵を返すように冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを出た俺は、向かい側の大衆食堂を見つめている。
時間的に大衆食堂での昼営業(ランチ)には、まだ少し早い気もする。
そう言えば、昨日の晩飯は俺の好物のトリッパだったな。
多分、今日の昼営業(ランチ)で出されるのもトリッパだろう。
トリッパ好きの俺としては、昨日の晩飯と同じになっても、ここは耐えられる。
そうしたことを思いながら大衆食堂へ足を踏み入れると、客が誰もおらず代わりに給仕頭の婆さんが迎えてくれた。
「昼営業(ランチ)はまだだよ! あれ? イチノスかい?」
「おう、婆さん」
「どうしたんだい。こんなに早い時間に?」
「すまないが、昼飯は食べれるかな?」
「まだ早いね」
そう言って婆さんが壁の時計へ目をやる。
釣られて俺も時計へ目をやれば、11時になろうとしている。
店からここまで、出来るだけゆっくりと来たのだが、食堂の昼営業(ランチ)には少し早かったようだ。
「あら、イチノスさん」
俺と婆さんの会話が聞こえたのか、厨房からオリビアさんが顔を出してきた。
「オリビア、昼営業(ランチ)には少し早いけど出せるかい?」
「トリッパなら出せますよ」
俺の予想どおりにトリッパだ。
「オリビアさん、無理を言ってすまない。お願いできますか?」
「はいよ、ちょっと待っててね」
そう言ってオリビアさんは厨房へと消えていった。
俺は昼食の代金を婆さんに払いながら問い掛けた。
「婆さん、昨日のあの後、ブライアンとムヒロエは来たのかな?」
「いや、来なかったよ」
そう言って婆さんは机の掃除に戻ってしまった。
やはり昨夜の俺は、ブライアンとムヒロエにフラれたようだな(笑
いつもの長机のいつもの席に腰を降ろして、この後を少し考えて行く。
早目の昼食を済ませたら、雑貨屋にでも寄って、店の出入口の扉に着ける静か目の鐘を探して時間を潰そう。
それで店へ戻り、シーラの迎えを待てば程よい時間だろう。
それにしても、店に俺の居場所が失くなる感じにはまいったな。
今日の昼からは製氷業者の氷室へ魔道具を観に行くから、サノスとロザンナが集中する邪魔にはならないだろう。
明日は5日で店が休み。
それにムヒロエが薄緑色の石の件で店へ来るから、サノスとロザンナに休むように指示を出したんだよな。
そうだ、店へ戻ったらアイザックが薄緑色の石を届けに来ることを二人に伝えておいた方が良いよな。
ガチャ
「おばさ~ん、もうやってる~」
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