23-3 獣人文官のカミラさん


 三人で作業場へ入ると、サノスとロザンナが作業机の上を見て、俺の顔を見てくる。


 多分、片付けるかどうかを気にしているのだろう。


「そのままで良いから、二人とも座って聞いてくれるか?」


「「はい」」


 返事と共に、サノスとロザンナが席に着き、俺も席に着いたところで、改めて二人へ正直な感想を聞き出す。


「サノスとロザンナは、獣人の方と会うのは初めてか?」


「はい、私は初めてです」

「私は一度だけ、母が治療しているのを見掛けたことがあります」


 サノスは初めてで、ロザンナは見掛けたことがある程度か。


「二人とも驚いたか?」


「正直に言って驚きました」

「私もです」


「二人は、この王国に幾多の人種が住んでいるのは理解しているよな?」


「はい」

「それは知ってます」


「例えば、二人が会ってみたいと言っていた、俺の母親であるフェリス様はエルフだよな?」


 そこまで告げると、サノスが手を上げて口を開いた。


「後は『湯出しの魔法円』を予約してくれたヘルヤさんは、ドワーフですよね?」


「そうだ! センパイが言ってた魔法円を予約した方ってドワーフだったんですか?」


 なんの躊躇いもなく、ロザンナが割り込んできた。


「うん、しかも女性のドワーフで、私は初めて会ったの。そろそろ取りに来ると思うから、ロザンナも会えると思うよ」


「それは何か楽しみですね」


 何か、あらぬ方向に二人の話が進んでいる気がするな。


「サノス、ロザンナ。話を戻して良いか?」


「「あぁ、すいません」」


「あの獣人のカミラさんは、ウィリアム様に仕える文官の一人だろう。そして、俺が相談役に就いた国家事業の文官でもあるんだ」


 そこまで告げると、今度はロザンナが手を上げて口を開いた。


「イチノスさん、獣人の方でも文官になれるんですか?」


 さっきと同じことをロザンナが口にしてきた。


 ロザンナは、獣人が文官に就くことに何らかの考えを持っているのだろうか?


「ロザンナ、以前に見掛けたという治療を受けに来た獣人の方というのは、文官じゃなくて何をしている人だったんだ?」


「え~と、確か捻挫か何かで治療に来ていたと思います」


「そうか、それは文官じゃなかったんだな?」


「えぇ、確か冒険者の方だったと思います」


「そこなんだよ」


「「そこ?」」


「獣人であっても幾多の職業に就けるんだ。冒険者を選ぶ人もいれば、カミラさんように文官に就く人もいるんだ。これは人間種と同じだろ?」


 そこまで話した俺へ応えるように、サノスが口を開いた。


「師匠、文官ってお姉さん達のように騎士学校を出た人たちがなれるんですよね?」


「そうだな。サノスの言うとおりだ。二人とも聞いていたと思うが、カミラさんは向かいのお姉さん達と同じ騎士学校を卒業していて、しかも、同期だそうだ」


「「へぇ~」」


 そこまで会話を重ねて俺は本題へ踏み込んだ。


「あのお姉さん達⋯ 女性街兵士の二人は、分け隔てなく獣人のカミラさんに接してただろ?」


 そこまで伝えると、二人が何かに気が付いた顔を見せ、サノスが口を開いた。


「あれだけ可愛らしいと人気者でしょうね」


「センパイもやっぱりそう思います?」


「あの、耳を触る仕草とか?」


「はい、凄く可愛い感じですよね」


 おいおい。

 俺はそうしたことを言ってるんじゃ無いんだが⋯


「ゴホン」


「!!」

「す、すいません」


「話を戻して良いか?」


「「はい!」」


「あのお姉さん達⋯ 女性街兵士の二人は、分け隔てなく獣人のカミラさんに接してただろ?」


 改めて伝え直すと、再び二人が何かに気が付いた顔を見せ、サノスが口を開いた。


「師匠、その心配なら不要です」

「はい、私も獣人だからと差別はしません」


 サノスに続いてロザンナも頼もしい言葉で追いかけた。

 どうやら二人とも俺の言わんとしていることがわかってくれたようだ。


「それなら今後も大丈夫だな?」


「大丈夫です。急に獣人の方がいらして、初めてだったんで少し焦っただけです」

「私もです」


 二人とも、獣人への忌避感や差別的な感覚は持っていないようだ。


 これならサノスとロザンナの獣人への考えには問題がないだろう。


 二人の獣人に対する考えも確認できたので、話を終わらせようと思った時、サノスが口を開いた。


「師匠、聞いて良いですか?」


「サノス、どうした?」


「獣人の人達で魔導師っているんですか?」


 サノスは面白いことを聞いてくるな。


「それか、俺の知る限りでは、獣人で魔導師や魔道具師を名乗っている人物には記憶がないな。だが、魔法学校の時に獣人はいたぞ」


「へぇ~ じゃあ、獣人は魔素が扱えないっていう話は間違いなんですね」


「そうだな。それについては俺も間違いだと学校へ入った時に学んだよ。実際に学校に来ていた獣人の人達は魔素を扱えたし、魔法円も描いていたな」


 俺がそこまで話すと、今度はロザンナが手を上げた。


「イチノスさん、それって例えばですけど、さっき話に出たドワーフさんも魔法学校にいたんですか?」


「ドワーフもいたぞ。俺の記憶では、人間種、ドワーフ、リザードマン、獣人がいて、全員が魔素を扱えたな」


「全員がですか?!」

「リザードマンもですか?!」


 サノスが俺の告げた人種に驚き、ロザンナがリザードマンに食い付いた。


「ロザンナ、リザードマンが魔素を扱えるのが意外だったか?」


「いえ、リザードマンは話には聞いたことがあるんですが、まだ一度もお見掛けしかことがなくて⋯」


 魔素が扱える以前に人種的な驚きだな。


「まあ、俺も魔法学校に入って初めて、ドワーフやリザードマン、それに獣人に出会ったからな」


 サノスもロザンナも、獣人であるカミラさんに、格別な人種的差別感を抱いていないことがわかった。


 初めて獣人に出会った。

 リザードマンは出会ったことが無い。


 そうした狭い自分の経験から、戸惑いが先に立っていただけだ。


 考えてみれば、このリアルデイルの街は王都のように人種が多いわけではない。

 サノスとロザンナのようにリアルデイルの街で育てば、幾多の人種に出会う機会が少ないのは当たり前の事なのだ。


 幼い頃から幾多の人種に出会っていれば、二人のような戸惑いが表に出ることも少ないのだろう。


 それにしても、出会ったことが無い人種が、魔素を扱えるか否かの知識が間違っているのは何とかしたいところだ。


 俺の場合は魔法学校で幾多の人種に出会っているから、そうした間違った知識は早い頃に取り払われていたということなんだな。


 そんなことを考えていると、サノスとロザンナの視線が、俺の手元にある白い封筒へ向かっているのに気が付いた。


 俺としては少々嫌な予感もする伝令だが、二人にしてみれば領主様からの伝令だから気になるのも仕方がない。


 だが、俺はその場では伝令を開かず、まずは俺からの話を終わらせることにした。


「さて、時間を取らせてすまなかった。俺からの話は以上だ。棚卸しの作業に戻ってくれるか?」


「師匠、先ほど言っていた持ち出した魔石は?」


「おう、そうだな」


 俺はサノスに言われて、ベストのポケットからゴブリンの魔石を取り出して、サノスに手渡した。


「この魔石は使っていないから、未使用の方で数えてくれるか?」


「はい。ロザンナ、魔石と魔法円を数えるのを終わらせるよ」


「は~い」


 そう答えた二人が俺の手元の白い封筒から店の作業へと、素直に気持ちを切り替えてくれた。

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