23-2 変わったお客さん
(カランコロン)
この鐘の音は、店の出入口に着けた鐘の音だな。
誰か来客が来たようだ。
伸縮式警棒から取り出したゴブリンの魔石をベストのポケットへ入れながら、俺宛の来客の可能性を考えて階下へと降りて行く。
台所の前を通った付近で、店舗の方から話し声が聞こえて来た。
(イチノスさんにお取り次ぎをお願いできますでしょうか?)
俺への取り次ぎを願うこの声は、どこか聞き覚えがあるな。
作業場へと足を踏み入れると、棚卸しのためか、魔石を入れた箱を作業机の上にロザンナが並べていた。
そのロザンナが俺に気付いて顔を上げたが、声を出さずに口の前に指を一本立てた。
それに応えて俺は小声で問い掛ける。
(ロザンナどうしたんだ?)
(ちょっと変わったお客さんなんです)
(ちょっと変わった?)
カランコロン
そこまでロザンナとヒソヒソ声で話したところで、店の出入口に着けた鐘が鳴った。
「あれ~」
「どうして~」
叫ぶように疑問を告げるこの声は、明らかに、店の向かいの交番所に立つ女性街兵士達の声だ。
その声に、俺とロザンナは思わず顔を見合わせてしまった。
「何でここにいるの?!」
「どうしてここにいるの?!」
「そっちこそ、どうしているんですか?!」
何やら騒がしい会話が続いているが、剣呑な感じは一切無く、むしろ再会を懐かしむような感じだ。
「わかりました。少々、お待ちください。イチノスを呼んで参ります」
その声と共に、サノスが作業場に戻ってきた。
「あっ! 師匠!」
「おう、俺宛のお客さんか?」
「はい。その⋯ 少し変わった感じの方で⋯」
先ほどロザンナも『変わった感じ』と言っていたが、サノスまでもそんなことを言うのか?
これはサノスとロザンナには、任せていられないな。
それにしても、女性街兵士は面識があるような感じで喋っていたよな?
どんなお客さんなんだ?
「わかった、俺が出るよ」
サノスと入れ替わるように店舗へ向かうと、そこには昨日、商工会ギルドで顔を合わせた獣人文官の一人が立っていた。
たしか、獣人文官の名前は『カミラ』と『レオナ』だったよな?
カミラさんが冒険者ギルドの担当でレオナさんが商工会ギルドの担当だよな?
この店へ訪ねて来たのはどっちだ?
確か耳先の黒いのが右と左で違うんだよな?
「おはようございます! イチノスさん!」
そう声を発した獣人が、俺に向かって王国式の敬礼を出してきた。
すると、後から店へ入って来た女性街兵士二人も、揃って王国式の敬礼を出してきた。
3人からの王国式の敬礼に戸惑いそうになるが、何とか踏みとどまって俺も軽く王国式の敬礼で応え、まずは二人の女性街兵士へ礼を伝えた。
「いつもの警戒、ありがとうございます」
「はい、文官服を着られた獣人の方が店へ入られたのを見掛けたので、追いかけてしまいました」
「はい、私もであります。何事も無いと判断できましたので、これで失礼します」
「はい、ありがとうございました」
俺が礼を告げて敬礼を解くと、女性街兵士二人も敬礼を解き、同じ様に敬礼を解いた獣人文官へ軽く合図をして二人揃って店を出ていった。
カランコロン
「イチノスさん、お騒がせしてすいません」
女性街兵士を見送ると、獣人文官がそう言って頭を下げてきた。
「いやいや、あなたが悪いわけではありません頭を上げてください。もしかして、あのお二人と面識があるのですか?」
俺は、この獣人文官と女性街兵士の会話を切り口に、問い掛けてみた。
「はい。お二人は騎士学校の同期です。まさか、リアルデイルで再会できるとは思いもよりませんでした」
あり得る話だ。
文官に就くには、騎士学校を出ている必要があるのは俺でも知っている。
そう思った時に獣人文官の目線が、俺の後ろへ向かった気がした。
これは、サノスとロザンナが作業場から覗いているな。
とにかく、この獣人文官が俺の店を訪れた理由を聞きだそう。
「今日はどうされました?」
「はい、実はウィリアム様とジェイク様の連名で、イチノスさんへ伝令が出ました」
そう言って斜め掛けしたカバンから白い封筒を差し出してきた。
差し出された封筒には、確かにウィリアム叔父さんの封蝋がなされている。
文官が自ら伝令を届けに来るとは大変だなと思いながら伝令を受けとると、獣人文官が俺の後ろに向かって軽く微笑んだ気がする。
仕方がない。
こうして獣人文官が今後も店へ来ることを考えて、サノスとロザンナを紹介しておくか。
白い封筒を手にしたところで後ろを振り返ると、慌てて顔を引っ込めるサノスとロザンナが見えた。
「サノス、ロザンナ、ちょっと来てくれ」
「「は、はい!」」
驚きの混じった返事が聞こえると、サノスとロザンナが恥ずかしそうに作業場から姿を表した。
「こんにちは」
そんなサノスとロザンナに獣人文官が優しく声をかける。
「「こんにちは」」
獣人文官の挨拶にサノスとロザンナが揃って応える。
空かさず俺はサノスとロザンナを紹介して行った。
「私の店で従業員として働いている、サノスとロザンナです」
「イチノスさん、紹介をありがとうございます。西方再開発事業はリアルデイルで冒険者ギルド担当になった文官のカミラです。今後、伝令などでイチノスさんのお店を訪れる機会もあります。どうぞ、お見知りおきください」
そう言ったカミラさんが、自身の右耳の先の黒い部分を指差して、サノスとロザンナに微笑んだ。
よかったと言うか助かった。
正直に言ってカミラさんかレオナさんか、俺は区別がついていなかった。
「サノスにロザンナ、今後もカミラさんが店へ来ることがあるだろう。その際には応対を頼むぞ」
するとサノスが一歩前へ出て挨拶を始めた。
「はじめまして、サノスと申します。よろしくお願いします」
サノスが挨拶を終え頭を上げると、入れ代わるようにロザンナが挨拶をして行く。
「はじめまして、ロザンナと申します。よろしくお願いします」
「サノスさんとロザンナさんね。私はカミラと申します」
そう言って、再びカミラさんが右耳を指差した。
なるほど。
カミラさんはレオナさんとの違いを印象付けるため、名乗りをする際には右耳の黒い部分を指差すんだな。
「今後もイチノスさんへの用事でお邪魔すると思いますので、よろしくお願いします」
「「はい、よろしくお願いします」」
「イチノスさん、私の用は済みましたので、これで失礼します」
そう告げたカミラさんは再び王国式の敬礼を出してきた。
「はい、確かに伝令を受けとりました。お手数をおかけしました」
俺も王国式の敬礼を出しながらそう応えると、敬礼を解いたカミラさんは踵を使った綺麗なターンを見せて店から出ていった。
カランコロン
カミラさんが店を出て行く後ろ姿を眺めていると、サノスとロザンナの呟きが聞こえた。
「初めて見ました」
「驚きました」
どうやら、サノスとロザンナは獣人を初めて見たようだ。
「師匠、あの方って『獣人(じゅうにん)』さんですよね?」
サノスが感想を疑問系で口にしてきた。
「イチノスさん、獣人で文官になれるんですか?」
それを追いかけるロザンナの言葉は、獣人への認識の少なさを思わせる言葉だ。
これは少し二人と話をした方が良さそうだな。
「二人に少し話があるんだ、良いかな?」
俺はそう告げて、届けられた伝令を片手に、二人を作業場へ行くように少し追い立てた。
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