王国歴622年6月4日(土)

23-1 棚卸しを忘れていた

 王国歴622年6月4日(土)

 ・麦刈り五日目

 ・製氷業者の氷室へ魔道具を観に行く


 バタン ガタガタ


 今朝も俺を起こしたのは、階下の足音と、台所から裏庭へ出る扉の閉まる音だ。


 サノスとロザンナが出勤して、裏庭の薬草菜園で水やりを始めているのだろう。


 俺を起こす声がするまで、もう少し微睡(まどろ)もう⋯


「ししょぉ~ おはようございま~す」


 二度寝に意識が向かう俺の耳に、何故かいつもより静かなサノスの声が聞こえる。


 ベッド脇の置時計を見れば8時を過ぎている。

 外から差し込む日差しは既に明るく、今日もいい天気だ。


 う~ん、起きよう。

 漏らす前に起きよう。


 俺は着替えて1階へ降り、用を済ませて作業場へ向かった。


 作業場の机には、マグカップを手にするサノスとロザンナの姿があった。

 そして俺の席には、既に朝の御茶が置かれていた。


「サノス、ロザンナ。おはよう」


「師匠、おはようございます」

「イチノスさん、おはようございます」


 朝の挨拶を済ませ、皆で御茶を一口飲んだところで、昨日の店のその後の話しになった。


 あの後は誰もお客さんは訪れず、サノスとロザンナは集中して作業が出来た話をして来た。


 ひととおり話を聞いたところで、サノスが俺に問い掛けてきた。


「師匠、昨日はどうでした?」


「昨日?」


「母から聞いたんですけど、ジェイク様が食堂にいらしたんですよね?」


「ジェイク様? センパイ、ジェイク様ってもしかして隣の領主のジェイク様ですか?」


 ロザンナが、驚きと戸惑いの混ざった声で割り込んできた。


「うん、そうだね。師匠の叔父さんですよね?」


「あぁ、そうか! ウィリアム様もジェイク様もイチノスさんの叔父さんですよね」


 そう言ったロザンナが興味深そうに俺の顔を見てきた。


「まあ確かに、二人とも俺の叔父さんだが、サノスやロザンナが気にすることじゃ無いぞ(笑」


 俺は落ち着いた口調で答えたのだが、そんな俺の言葉を気にせず、サノスが昨夜の様子をロザンナに伝えていく。


「母さんから聞いた話だけど、ジェイク様が急に食堂に来たんだって」


「うんうん」


「母さんは、ジェイク様のお顔を一目拝見しようと思ったら、既にいなかったんだって」


「そんなことがあるんですか? イチノスさん、この店にも急に来ることもあるんですか?」


 目を輝かせてサノスの話を聞いていたロザンナが、急に俺へ振ってきた。


「そこは気にするな。本当に用事があって店へ来る時には、きちんと前もって連絡があるし、先触れも来る」


「あの⋯ そうした時には、きちんとした格好が必要なんですか?」


「ククク そうした心配か?」


「まあ、気になるよね」


 そんな感じで割り込んできたサノスに、ロザンナが問い掛けた。


「センパイ、もしかしてウィリアム様やジェイク様が店に来たことがあるんですか?」


「フェリス様なら来たことがある⋯ みたいよ?」


 そうだな、サノスは母(フェリス)が来たことを知ってるんだよな。


 若干、朝から盛り上がる二人をなだめるように、俺は声を掛けて行く。


「二人とも落ち着いて聞いてくれ」


「はい、「何でしょう?」」


「ウィリアム様やジェイク様、それにフェリス様がいらっしゃるのがあらかじめわかっていたら、申し訳ないが、二人には店を休んでもらうつもりだ。だから、そんなに心配するな(笑」


「「⋯⋯」」


 あれ? どうして二人は黙るんだ?

 しかも、少し残念そうな顔をしていないか?


「もしかして二人は⋯ お茶を出すとか考えてるのか?」


「「うんうん」」


「護衛が多数付いてくるから、二人が相手をするのは無いと思うぞ(笑」


「まあ⋯」

「そうですよね⋯」


「もしかして、サノスとロザンナは、ウィリアム様やジェイク様、それにフェリス様と会ってみたいのか?」


「えぇ⋯」

「少しは⋯」


 そう答えた二人は、互いに顔を見合わせて軽く頷いた。


「ククク その内、機会があれば会えるだろうから、楽しみにしてたらどうだ?(笑」


「「そうですよね」」


 俺の言葉で、二人は少しだけ笑顔を浮かべた。


「さて、朝の御茶も飲み終わった。店を開けて作業に入ろうか」


「「はい!」」


 元気に返事をした二人が、テキパキと朝の御茶の片付けを始める。

 ロザンナは洗い物を両手持ちのトレイへ乗せて台所へ向かい、サノスは店を開けるために店舗へ向かう。


 そのサノスがすぐに戻ってきて、作業場を抜けて台所へ向かおうとしたので、俺から呼び止めた。


「サノス、ちょっといいか?」


「はい? 何ですか?」


「オリビアさんから、ブライアンの話を聞いてるか?」


「ブライアンさんですか? 聞いてないですけど?」


 聞いてないか⋯

 あの後、夕食を食べ終えてもブライアンとムヒロエは現れなかった。


 結局二人は大衆食堂に現れず、諦めて帰ったんだが、何もなければ良しとするか。


「すまんな、変なことを聞いて」


「そうだ、師匠」


「ん?」


「魔石と魔法円を数えますか?」


 魔石と魔法円を数える?

 あぁ、すっかり忘れていた。

 サノスが言わんとしているのは、魔石と魔法円の棚卸しだ。

 いつもなら、俺がポーションを作っている月末に、サノスに頼んでいる作業だ。


「そうだな、今回はサノスに頼んでいなかったな」


「えぇ、先月は月末にポーションを作らなかったから、すっかり忘れていました」


「いや、俺もサノスに言わなかったのが悪かったな」


「どうします? 数えますか?」


「頼めるか? 俺も魔石を何個か持ち出しているから、2階から持ってくるよ」


「はい、今日中に終わらせますね。ロザンナ~ 洗い物が終わったらやるよ~」


 ロザンナへ声を掛けながら、サノスが台所へと向う。

 どうやら、サノスは前もって、魔石と魔法円を数える棚卸し作業をロザンナに話していたようだ。


 今月は納税も無いから特には急がないが、月の〆として棚卸しは済ませる必要がある。

 それに、店の従業員として、ロザンナが棚卸しを覚えるのも悪くない。


 そんなことを思いながら、サノスの後を追うように、俺も2階へと向かった。


 2階に上がって真っ直ぐに寝室へ向かう。

 ベッドの枕元に置いた伸縮式警棒の持ち手に入れたゴブリンの魔石を取り出して、少し考えた。


 昼過ぎの製氷業者へ出向く際に、こも警棒は持って行った方が良いのだろうか?


 今日の昼過ぎに訪問する製氷業者の氷室は、南町との壁を隔てた直ぐ側にあるはずだ。

 どちらかと言えば、治安の良くない区画にあると言えるだろう。


 俺は以前にその区画に出向いた覚えがあり、周辺には不穏な雰囲気が漂っていた記憶がある。

 南町という歓楽街が直ぐ側にあることや、ストークス領出身の人々が多く、気性が粗めな連中が多かった記憶が残っている。


 そうした事を考えながら、服装にも悩み始めてしまった。

 昨日の製氷業者との打ち合わせは私服の外出着だったが、今日は魔導師としての指名依頼を受けて行くのだから、魔導師らしい装いが必要なのか?


 例えば魔導師ローブを着て行くことが正解なのだろうか?


 俺だけ魔導師らしい装いでシーラが軽装なのも変だし、逆も避けるべきだよな。

 昨日のシーラと別れる際にそうした事を打ち合わせて置くべきだったと軽く後悔した。


 いや、待てよ。

 迎えに来たシーラの装いに合わせて、魔導師ローブを着るのも手だよな?


 うん、その時に考えよう。

 そう決めて、この場で衣装に悩むのはやめることにした。


 それよりも、今日の製氷業者への訪問で魔道具を直せるかどうかだ。


 昨日の帰り道で、俺はジェイク叔父さんの言葉を何度か振り返った。


 〉イチノス、明日は頼むぞ


 ジェイク叔父さんの言葉は、明らかに俺とシーラが、製氷業者の魔道具を今日の昼過ぎに直すことを期待している言葉だ。

 あの言葉の裏側には、幾多の想いが添えられている気がしたし、その想いに応える必要性を帰り道で俺なりに考えた。


 店に戻ってから、寝る前にも考えたが、最後は考えるのをやめた。

 俺が一人で考えるより、製氷業者の魔道具を一緒に観に行くシーラと考えようと、そのまま眠りについたのだ。


(カランコロン)

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