22-17 相席
「イチノス、相席でいいね」
婆さんの言葉は無言の圧力、いやこれは『有言の圧力』だな。
「どうぞ⋯」
俺がそう答えると、さも当然のように、ジェイク叔父さんは俺の向かい側へ座った。
俺は、ジェイク叔父さんの突然の出現に戸惑いを隠せなかった。
ジェイク叔父さんはいつも突然に現れ、何かを企んでいるような雰囲気を漂わせる。
そしてその裏側が見えてきた時に、その全てが明らかになった時に、それは為政者としての行動だと、納得できてしまうのだ。
可哀想なのは、ジェイク叔父さんと一緒に来た護衛であろう二人の男達だ。
ジェイク叔父さんを前後で挟むように、食堂へ入ってきた二人の男は、その様子から明らかにジェイク叔父さんの護衛だ。
後から大衆食堂へ入ってきた男は、見かけが若い感じだが、外の様子を伺った事からも中堅な感じがする。
先に入ってきた男は、顔を見るからに若手な感じで、もしかしたらアイザックと大して変わらない気がするな。
二人とも、ジェイク叔父さんに連れられて、こんな場所へ来て、どう護衛をすれば正解なのかを探っているのが明らかに分かる。
そんな二人が戸惑った末に決断したのは、俺の向かいへ座ったジェイク叔父さんの後ろに立つことだった。
まあ、護衛ならそれが当たり前だよな(笑
「ほら、あんた達も座んな」
そんな二人を、婆さんが座るように急かす。
「えっ?!」
「いや、私達は⋯」
それに少し抗うのが、ジェイク叔父さんの行動に慣れていない証拠だよな(笑
「ほら、ジェイの両脇が空いてるんだから座って。この店は立ち飲みは無しだよ」
今、婆さんが『ジェイ』と言ったよな?
婆さんの口にした『ジェイ』は、ジェイク叔父さんの愛称だ。
婆さんは、ジェイク叔父さんを愛称で呼べるような関係なのか?
「ここでは、お姉さんの言うことに従っとけ。お姉さんを怒らせると、エールが飲めなくなるぞ。ハハハ」
「うんうん、みんなエールでいいね」
ジェイク叔父さんの『お姉さん』呼びに婆さんが少し嬉しそうに頷き、飲み物の注文を仕切って行く。
「おう、イチノスもエールでいいな。全部で4つだ」
「ジェイク様、「私達は⋯」」
あらまぁ、護衛の二人は『ジェイク様』と呼んじゃったよ。
「いいから、座って飲め。エールの1杯ぐらい、君達なら大丈夫だ。ハハハ」
護衛の二人が言葉少なに抗ったのだが、ジェイク叔父さんは飛んでもないことを言っている。
ジェイク叔父さん、もっと自分の立場を考えようよ。
それは上司から部下への飲酒の強要と同じだよ。
あなたの部下は、あなたの行動のせいで職務に手一杯なんだよ。
そんな事を思いながら、気を紛らわすように俺は手にしたエールを飲み干した。
飲み干したエールジョッキを机に置こうとした俺の視界に、婆さんの手が差し出されている。
ん? 婆さんのこの手は⋯
まさか? 俺がエール代を払うの?
◆
結局、護衛の二人は、ジェイク叔父さんを背にして挟むように両脇へ座った。
ジェイク叔父さんの両脇で、周囲に警戒をしているのが明らかにわかる座り方だな。
そして護衛の二人は、俺やジェイク叔父さんに合わせて、4人で掲げたエールに一口だけ口を着けていた。
一方、俺とジェイク叔父さんは再会を祝って掲げたジョッキのエールを一気に飲み干した。
ドン ドン
互いに飲み干したエールジョッキを、机に置いた所で、ジェイク叔父さんが口を開く。
「イチノス、元気にしてたか?」
「それなりに元気にしてるよ。それより今日は急にどうしたの?」
俺は迷うことなく、ジェイク叔父さんが大衆食堂へ来た理由を問い掛けた。
「明日、イチノスがシーラと一緒に氷屋の魔道具を直しに行くと聞いてな」
「いや、観に行くだけです」
「俺は直しに行くと聞いたぞ?」
思わず反射的に答えてしまったが、どうしてジェイク叔父さんが製氷業者の件を知ってるんだ?
あの後、領主別邸へ戻ったシーラから聞いたのか?
シーラの話がジェイク叔父さんに伝わったのか?
そんな、どうでもよいことを考えてしまう。
止めよう。ここでそんなことを思案しても意味が無い。
「イチノスは、最近、海の魚の干物を食べたか?」
「それなりに食べてるよ」
俺はジェイク叔父さんの突然な言葉に戸惑ったが、何とか答えることができた。
ジェイク叔父さんが現れるまで、製氷業者の件で考えていた、ストークス産の干物の件が頭の片隅に残っていたからだろう。
「アジとかサバとか、美味しいよね」
「王都で食べたのか? リアルデイルに来てからはどうだ?」
何だろう。
なぜ、俺は、久しぶりに会ったジェイク叔父さんと干物の話を重ねているんだろう。
4月頃に食べた記憶があるが、5月に入ってからは食べた記憶が無いような気がする。
「ジェイ、お代わりは?」
静かに近寄ってきた婆さんが、俺とジェイク叔父さんの空になったジョッキを指差して聞いてきた。
「いや、すまんが次があるんだ。また来た時に貰うよ」
そんなジェイク叔父さんと婆さんの会話に、護衛の二人から少しだけ安堵した空気が漂った気がする。
「イチノス、また今度ゆっくり呑もう」
「そうですね」
俺の返事を合図にしたように、二人の護衛が席を立つ。
それに合わせて、ジェイク叔父さんも腰を上げたので、俺も席を立とうとしたが、手で制されてしまった。
「イチノス、明日は頼むぞ」
それだけ言い残して、ジェイク叔父さんは二人の護衛と共に席を離れてしまった。
俺は中腰のまま、ジェイク叔父さんの背中を見送ることしかできなかった。
ジェイク叔父さんと護衛の二人が消え行く大衆食堂の扉の先に、数人の街兵士の制服が見えた。
そうだよな、店の外に街兵士が立っていてもおかしくないよな。
ざわざわ ざわざわ
あれ? 急に食堂の中の話し声が増えた気がする。
(今のって⋯)
(ジェイク様だよな⋯)
そんなボソボソとした声が、あちらこちらの長机から聞こえてきた。
そうだよな、ここにいる冒険者の中には、ジェイク叔父さんと気が付くのがいても不思議なことじゃないよな⋯
ジェイク叔父さんも、護衛の二人も冒険者達に寄せた服装だったが、気が付く奴がいても不思議じゃないよな。
「イチノス、ブライアンは遅いねぇ」
婆さんが下げ物を手に聞いてきた。
「そうだな。ブライアンとムヒロエが風呂屋で来ると言っていたんだが⋯」
「どうする? 串肉を焼くのかい?」
「いや、婆さん干物ってあるかな?」
「干物かい? 残念ながら無いね」
「じゃあ、エールと串肉を頼めるか?」
変だな、俺は何で婆さんに素直に答えてるんだ?
今、婆さんと話すべきなのは、ジェイク叔父さんを愛称の『ジェイ』で呼んだ理由を問うべきだろう。
もしかして俺は、ジェイク叔父さんが急に現れた事で動揺しているのか?
婆さんにエールと串肉の代金を払い、木札を受け取りながら、俺は問いかけた。
「なあ、婆さん」
「なんだい?」
「今の『ジェイ』は、時折、ここへ来るのか?」
「来るね。時折だけど。イチノスは気になるのかい?」
「気になる」
「ブライアンにフラれて、ジェイが気になるのかい?(笑」
「⋯⋯」
「そんなんじゃ、明日はシーラにフラれるかも知れないねぇ(ニヤリ」
今日で一番の鬱陶しい顔を婆さんが見せてきた。
─
王国歴622年6月3日(金)はこれで終わりです。
申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。
書き溜めが終わり次第、投稿します。
─
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