22-16 なんでここで来るの?

 

「そのシーラと一緒に、明日の昼から氷屋へ行くんだよ」


「そうかい、そうかい。随分と仲が良い話だねぇ(ニヤリ」


 俺の目に映る婆さんのニヤリとした顔が鬱陶しい。


 それを打ち消すように、手にしたジョッキに残ったエールを一気に飲み干し、お代わりを頼んで行く。


「お代わりを頼む」


「はいよ。いつもの串肉はどうする?」


「いや、二人が来てからにするよ」


 そう告げて、差し出された手に代金を払った時、婆さんの後ろにエールジョッキを手にしたオリビアさんの姿が見えた。


 普段の俺の注文を知っている二人の連携だ。


 そしてこれは、俺からシーラの話を聞き出そうとする、二人の魂胆のようなものを何となくだが感じるぞ。


 ここでオリビアさんにまでシーラの話が詳しく伝わると、後々にサノスにまで伝わりそうな予感がする。


 ちょっと話題を変えるか⋯


「婆さん、それにオリビアさん。ちょっと教えて欲しいんだが良いかな?」


 そう伝えて周囲を見るが、特に婆さんとオリビアさんを呼ぶ客はいない感じだ。

 これならこのまま二人と話しても大丈夫だろう。


「なんだい、急に?」

「??」


「今日、商工会ギルドで氷屋=製氷業者の二人と話したんだが、二人とも似た感じの方言と言うか訛りがあったんだ」


「あぁ、あの方言だろ?」

「あれはストークスの方言ね」


 婆さんの言葉を追いかけたオリビアさんが、手にしていたお代わりのエールジョッキを長机に置きながら割り込んできた。


「ストークス領って言うと、南街道の先だよな?」


「そうだね。ギルマス=ベンジャミンの実家だね」


 俺の問い掛けに婆さんが答えてくる。


「冒険者ギルドのギルマスからは、方言とか訛りは全然感じないよな?」


「氷屋の二人はストークスでも漁師の出身だからだろ」

「そうそう、あの二人は義理の兄弟なんですよね」


 オリビアさんから、問い掛けてもいない思わぬ話が飛び出してきた。


 この感じなら、シーラの話には戻らないだろう。


「義理の兄弟?」


「奥さんが双子の姉妹で、義理の兄弟なんですよね?」


 俺の言葉に反応したオリビアさんが、婆さんへ問い掛け、それに婆さんが応じて行く。


「オリビアもよく知ってるね。その嫁さんの実家も氷屋なのは知ってるかい?」


「聞きましたよぉ~ 大きな氷屋なんですよね」


 これはまったく俺の知らない話だし、これは良い感じだ。

 これだけシーラの話題から遠ざかれば、もう戻ることも無いだろう。


 俺も意識を製氷業者=氷屋の件に戻しても良さそうだな(笑


 氷屋の件は、事の始まりは婆さんからで、あの連行された魔道具屋の主が絡んでいたような事を言っていたよな?


 その付近を少し確認しておくか。


「婆さん。確か、氷屋の件に連行された魔道具屋が云々とか言ってたよな?」


「おや、イチノスが覚えてるなんて珍しいね」


 おいおい。

 俺でもそれなりに覚えているぞ。


「あの捕まった奴は、どうでもいいけどね。むしろあいつが何もしなかったから、氷屋が困ったんだよ」


 婆さんの口調に怒りが隠ってるように感じるのは、気のせいだよな?


「昔の魔道具屋が夫婦でやってたのを、イチノスは知ってるよね?」


「あぁ、それは知ってる」


「あの夫婦もストークス出身で、氷屋と一緒にこの街へ来たんだよ」


 そう言った婆さんが、とうとう俺の向かい側に座ってしまった。


 そんな婆さんへオリビアさんが目配せすると、俺の飲み干したジョッキを片手に、厨房へ向かって行ってしまった。

 多分、シーラの話が聞けないと諦めたのだろう。


 それを見送った婆さんが、懐かしむように語り始めた。


「魔道具屋の夫婦が頑張って、氷を作れるようにして、南から届く干物を隣のダマサイルまで届けれるようにしたんだよ」


「ダマサイルまで、干物を届ける?」


 婆さんの言うダマサイルとは、このリアルデイルの東方にある、ウィリアム領の領都だ。


「ストークスで海の魚が獲れるのは、イチノスも知ってるだろ?」


「それは知ってる」


「ストークスでは、獲れた魚を干物にして、氷を敷き詰めた箱に乗せてダマサイルまで運ぶんだよ」


 なるほど、干物を運ぶための氷か。


 ん? 待てよ? そうなると⋯


「じゃあ、あの氷屋はストークスでは奥さんの実家が氷で商売して、この街ではあの二人が氷でやってるのか? いわば一族が氷で商売をしている感じなんだな?」


「そうだね。けれども、魚だけじゃないよ。リアルデイルから肉を運ぶのだって、それこそこの街の肉屋だって氷が必要なんだよ」


 その時、隣の長机から婆さんを呼ぶ声が届いた。


「婆さん! エールのお代わりだ」

「おう! 俺も頼むぞ」

「俺もだ!」


「はいはい、エールが3つだね」


 そう言って婆さんが立ち上がり、声を掛けてきた隣の長机に座る3人の元へ向かった。


 その様子を見ながら、俺はシーラがサルタンの肉屋で氷室を直した話を思い出した。


 隣の長机の注文を受けて、厨房へと向かう婆さんの背中を眺めながら、自分もシーラも、製氷業者の件を軽く考えている気がしてきた。


 あの方言で話して来た二人の製氷業者は、南方から来た干物を、ウィリアム領の領都であるダマサイルへ届ける重要な役割の一端を担ってるんじゃないのか?


 ストークス領は海産物が大事な商品だ。


 その海産物の一つである干物を、リアルデイルを経て、ダマサイルまで届けれるようにしたのが、あの製氷業者と魔道具屋を営んでいたご夫婦なんだ。


 そんな大役を、俺とシーラが担うのか?


 この先暑くなる季節、俺は製氷の魔法が使えるから困らないとか、そういう簡単な話じゃ無いぞ。


 うーん、これは軽々しく考えない方が良さそうだ。


 製氷業者が氷を作れないとなると、リアルデイル周辺の畜産業も影響を受ける可能性がある。


 それに、この街の肉屋も多大な影響を受けるだろう。


 あの訛りが強かった二人の製氷業者は、このリアルデイルで食品の保存に不可欠な役割を果たしている。


 氷の提供が滞れば、食品の品質が保てず、街の経済に大きな打撃を受ける可能性まである。


 いや、この街、リアルデイルの経済だけでは済まないだろう。


 ストークス領からの干物という産物だけじゃなく、逆にストークス領へウィリアム領から送られる畜産物へも影響を及ぼすだろう。


 製氷業者の問題が解決されなければ、幾多の領民や産業が深刻な危機に直面する気がしてきたぞ。


 これじゃあ婆さんの勘違いじゃないが、明日はその場で直すことも意識して挑む必要があるんじゃないのか?


「いらっしゃ~い」


 店内に給仕頭の婆さんの声が急に響き渡った。


 その声が明日の製氷業者へ思慮する気持ちから、今この大衆食堂へ俺の心を一気に引き戻した。


 ブライアンとムヒロエが来たのだろうと思いながら振り返ると、3人の男の姿が目に入った。


 最初に入ってきた男は若く、眼光鋭く周囲を見渡している。

 彼の動きには警戒する様子がありありと観てとれる。


 中ほどの男は⋯

 はぁ~


 なんでこんなところにいるんだよ!


 すると最も後ろの男が店の外へ目をやり、静かに出入口を閉めた。

 その動作からも周囲を警戒しているのが、ありありとわかる。


 3人は冒険者のような衣装を身にまとっていたが、その装いにはどこか違和感があった。


「おやぁ~ 懐かしい顔だねぇ」


 婆さんが中ほどの男に平然と声をかけている。


 婆さんは知ってるのか?


 その冒険者に寄せた衣装を纏ってるのは、ジェイク・ケユール辺境伯だぞ?!

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