23-7 冒険者ギルドへの連行
仁王立ちのキャンディスさんが口を開く。
「イチノスさん、食後のお茶はどうですか? お話ししたいことがあるんですよ」
キャンディスさんが微笑みながら告げてくるが、その瞳には笑いが宿っておらず、むしろ怒りが宿っている気がする。
俺は内心戸惑うが、真っ直ぐに俺を見やるその瞳に圧された。
これは絶対に断れない。
キャンディスさんの言葉に従う以外の選択肢は、この場には無いと即座に理解した。
「はい、ご一緒させていただきます」
それしか答えられない俺は、感情の全てを捨ててキャンディスさんの提案に従う決意をした。
◆
キャンディスさんに連れて行かれたのは、道を挟んだ大衆食堂の向かいにある冒険者ギルドだ。
大人しくキャンディスさんの後に続いて、冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
俺の前を歩く彼女は一切の躊躇いもなく、冒険者ギルドの奥へと進んで行く。
その迷いを知らない歩みに、俺も続くしかなかった。
特設掲示板の前では、ニコラスさんが質問状を見詰め続け、受付カウンターにはタチアナさんが座っていた。
幸運なことに、商人らしき人物や俺の知る冒険者や見習い冒険者は、誰一人といない。
そんな冒険者ギルドの中を進み行くと、前を行くキャンディスさんが俺の名を呼ぶ。
「イチノスさん、こちらへ」
その言葉に従って受付カウンター脇から案内されて行くと、前を歩いていたキャンディスさんが急に歩調を緩め、タチアナさんへ声を掛けた。
「タチアナさん、イチノスさんに紅茶をお願いできるかしら?」
「はい」
受付カウンターで事務仕事をしていたであろうタチアナさんが背筋を伸ばし、緊張した声で答えると、そのまま俺を見て直ぐに目線を逸らした。
一瞬、タチアナさんへ声を掛けて挨拶しようと思ったが、俺はキャンディスさんに連行されている身だから、それも許されないだろう。
そのまま俺はキャンディスさんに続いて階段を上がり、冒険者ギルドの2階へと連れて行かれた。
最終的に俺が連れて行かれたのは2階の廊下の突き当り。
そこは以前にも来たことのあるギルマス=ベンジャミンの執務室の前だ。
キャンディスさんは俺とベンジャミンをここで会わせるつもりなのか?
彼女の目的や意図が俺には理解できないまま、ノックもせずにキャンディスさんが扉を開けた。
「イチノスさん、入って」
扉を押さえるキャンディスさんに案内されるまま、ギルマスの執務室へ足を踏み入れると、そこは花畑だった。
いや、違うな。
花畑は野外に広がる花が咲き誇る場所を指すんだ。
ここは花を美しく配置し、整えた庭園の一部にすら思える。
花園?
それも屋外だから、俺の語録ではこれは『花屋』と表現するのが精一杯だ。
執務室の中にはズラリと大小のお祝い花が並んでおり、その花が出す香りが執務室を満たしている。
花屋の扱う花の半分が、ここに集まっている気がするぞ。
「ここ数日、花が届き続けてるの。これってイチノスさんの入れ知恵?」
プルプル
俺は全力で首を振って答えた。
「滅相(めっそう)もありません」
俺はキャンディスさんの問い掛けに、変な言葉遣いで応えてしまった。
「さっき、イチノスさんは花を贈るとか言ってたわよね?」
執務机の脇で腕を組んだキャンディスさんの声が怖いぞ。
「いえ、あれは一つの例(たとえ)です⋯」
「ふーん イチノスさんが原因じゃあ無いのね?」
俺は右手を振って自分ではないと意思を示す。
「はぁ。まあいいわ、イチノスさんの入れ知恵じゃあ無いのね?」
「はい、信じてください」
重ねて念を押すキャンディスさんにそう答えて、俺はようやく落ち着きを覚えた。
ククク、俺が考える以前に商人達は行動に移していたんだな(笑
「イチノスさんはまだお時間ありますよね? たしかシーラさんと氷室へ行かれるのは2時よね? タチアナさんに紅茶をお願いしたから、世間話でもしましょう」
有無を言わせぬキャンディスさんの言葉遣いと、執務机前の応接へ着席を勧める仕草に、俺は従うしかないよな?
俺は半分諦めて勧められた応接へ座った。
キャンディスさんが向かい側に座ったところで、俺から切り出す。
「ここって、ギルマスの執務室ですよね?」
「引っ越したのよ」
「引っ越した? ギルマスがですか?」
「『この部屋使って良いから後は頼むよ』それだけ告げて、研修所の2階に勝手に引っ越したの」
おいおい、ベンジャミン。何をしてるの?
「急な引っ越しは無理だと反対したんだけど、家からメイドや従者を連れてきて、あっという間に引っ越したのよ」
「ククク、それは災難でしたね」
「まったく、困ったもんだわ」
なるほど、道理で以前に来た時よりも調度品が少ないわけだ。
まあ、その分お祝いの花が置けている感じだな。
多分だが、ギルマスのベンジャミンは王国西方再開発事業に専念するために、この執務室をサブマスのキャンディスさんに渡したんだな。
コンコン
「どうぞ~」
「失礼します」
執務室の扉をノックする音に、キャンディスさんが応えると、タチアナさんが紅茶の支度を乗せたワゴンを押して入ってきた。
応接机へ、タチアナさんが紅茶を出してくれるのを眺めていると、キャンディスさんが口を開く。
「それで、イチノスさん」
「はい、何でしょう?」
「どうして、あの商人の相談事をギルドへ任せたの?」
先ほどの件だな。
これはキャンディスさんには具体的に話しておくか。
出来るならば実際に質問状を受け付けているニコラスさんがいれば最良だが、そうした実務担当者への理解や啓蒙はギルドに任せるべきだな。
「迷惑でしたか?」
「えぇ、迷惑ね」
ハッキリ&キッパリと、キャンディスさんが応えるが、俺は掘り下げて行く。
「何処(どこ)が迷惑ですか?」
「あんな商人の依頼まで受けていたら、ニコラスさんは倒れちゃうわよ」
「ククク、まだまだ大丈夫じゃあないんですか?」
「⋯⋯」
俺の切り返しに、キャンディスさんは応えない。
これは、キャンディスさんとしてもニコラスさんが倒れる寸前なのをわかっているからだろう。
「私からも聞いて良いですか?」
「「どうぞ」」
おっと、キャンディスさんの返事と、タチアナさんの紅茶を勧める声が被ってしまったな。
「ありがとうね」
空かさず、キャンディスさんがタチアナさんへフォローを入れると、タチアナさんがお辞儀して退室しようとした。
そんなタチアナさんに、キャンディスさんが縄を付ける。
「そうだ、タチアナさん。一緒にイチノスさんの話を聞いてくれる?」
「えっ?!」
「さっき、ニコラスさんに絡んでた商人の相談事を、イチノスさんがギルドで受け付けろと言い出したの」
「あぁ、それでニコラスさんが捕まってるんですね」
どうやら、あの二人の商人は、今まさにニコラスさんに絡んでいるのだろう。
俺とキャンディスさんが食堂を出てから、たいして時間は過ぎていない。
あの二人はそんなに早く昼食(ランチ)を食べ終ったのか?
そう思っていると、タチアナさんが応接へ座り、キャンディスさんが口を開いた。
「それで、イチノスさん、あの商人の相談事をギルドで受け付けろと言った理由は?」
「いただきます」
俺はキャンディスさんの問い掛けには答えず、タチアナさんが出してくれた紅茶へ手を伸ばした。
一口含むと、素晴らしい香りと味わいが口に広がる。
やはり、タチアナさんの淹れる紅茶は良い味を出している。
トリッパの後の紅茶も良いものだな。
そんなことを思いながら、俺は二人へ問い掛けた。
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