23-8 二人の経歴


 俺は二人へ問い掛けた。


「冒険者ギルドでは、商人からの相談事は受け付けないんですか?」


「受け付けてるわよ。けれども話が長かったり焦点が絞れなくて、ニコラスさんが苦しんでるのよ」


 キャンディスさんの答えに、なるほどと頷きそうになるのを堪える。

 何となくだが、ニコラスさんが苦しんでいる理由に思い当たる節があるからだ。


 商工会ギルドなら、メリッサさんが鑑定眼を使いながら商人と会話して相談事の焦点を絞れているのだろう。

 だが、ニコラスさんにはそれが無い。


 そう言えば、商工会ギルドのメリッサさんで思い出した。

 キャンディスさんと、商工会ギルドのメリッサさんの関係はどうなのだろう?


 あのキャンディスさんが『メリッサ』と呼び捨てにする姿勢に、違和感を覚えたんだよな。

 その付近も探りながら、俺の希望を話しておこう。


「では、あの二人の商人な方々からの質問状を装った相談事は、冒険者ギルドでは受け付けられませんか?」


「ですから、そうは言ってません。本音を言えば、ああした商人からの質問状を装った相談事は避けたいのです」


『質問状を装った相談事』


 俺の言葉に釣られてキャンディスさんが言い切ったな。


 やはりそうした感じで、商人が冒険者ギルドへ来ているんだな。


「商人なら、商工会ギルドで質問状を出して欲しいと言うことでしょうか?」


「ニコラスさんもそうした説得をしたようですが、何かと理由を付けて、冒険者ギルドで受け付けて欲しいと言って来てるんです」


 だとすると、あの二人の商人は商工会ギルドのメリッサさんと相対するのを避けているのだろう。


 鑑定眼を使うメリッサさんと相対するのを避ける商人が、冒険者ギルドへ流れている可能性もあるな。


 商人は往々にして、自分に都合の悪い部分を暈(ぼか)して話をする。


 ニコラスさんが疲弊していることから、商人たちが質問状を装った相談事を冒険者ギルドへ持ち込んで、ニコラスさんに無駄に長い話を繰り返している可能性が高いな。


「そうですよね。ニコラスさん⋯ 冒険者ギルドとしても、商人の方々を無碍(むげ)には出来ないですよね。商人な方々からの護衛依頼を冒険者の方々へ繋ぐ必要がありますからね」


「まあ、そうした視点もありますね」


 キャンディスさんは否定してこないな。

 どうやら、ニコラスさんが抱えている苦労はその付近にもありそうだな。


「あの二人の商人さんは、具体的にどんな相談事をされているのですか?」


「!!」

「⋯⋯」


 俺の言葉にタチアナさんの体が固まり表情が強張った。

 だが、キャンディスさんは表情も姿勢も崩さずに答えてくる。


「イチノスさん、申し訳ありませんが、それは口が裂けても言えません。誰がどんな相談や質問をしたかについては、ニコラスさんも公言しない誓いを立てて職務に就いています。それを私たちから口にするわけには行きません。それは相談役であるイチノスさんも同じですよね?」


「はい、元々、魔導師を名乗っていますから、お客様からの相談事を口外することはあり得ないですね」


 ギルドではきちんと守秘義務も考慮して、質問状での相談事を受け付けているんだな。


 それにしても、キャンディスさんがこの問い掛けに顔色を変えないのは彼女の意思の強さの現れだな。

 ギルマスのベンジャミンがキャンディスさんをサブマスに昇進させたのは、こうした面も考慮してのことなのだろう。


「商工会ギルドの質問状は、メリッサさんが受け付けてますよね?」


 そう告げて、俺は自分の右目の下へ人差し指を沿えてみた。


「え、えぇ、メリッサさんが受け付けていると聞いてます」


 一瞬だが、キャンディスさんが俺の仕草に目をやって返事を詰まらせた。


 これは、メリッサさんが鑑定眼を有していることを、キャンディスさんは知っているな。

 ますます、キャンディスさんとメリッサさんの関係が気になって来たぞ。


 俺は軽く次の展開を考えながら壁の時計へ目をやれば、既に12時を過ぎている。

 シーラが迎えに来る1時に間に合わせるには、そろそろ心切り上げ時だな。


「では、私の本音と言うか考えをお伝えしますね」


「はい、是非ともお聞かせてください」


 キャンディスさんの促す声に応えて、俺は自分の思いを伝えていった。


「私としては、先程のような商人の方々からの個別な突撃は避けたいのです」


「「⋯⋯」」


 キャンディスさんもタチアナさんも黙って聞いている。


「個別に商人の話を聞いていたら、切りがありません。私としては、質問状に乗せた相談事は必ずどちらかのギルドを通したいんですよ」


「なるほど、そうした考えですか⋯」

「⋯⋯」


 キャンディスさんが答えて、タチアナさんが黙った。


「キャンディスさんとタチアナさんは、私の店に商人が訪れて街兵士に連行された話しはご存じですか?」


「それならサノスさんから聞きました」


 タチアナさんが意気揚々と割り込んできた。

 そんなタチアナさんにキャンディスさんが片眉をピクリとさせるが、直ぐに表情を戻した。


「先ほど食堂でも伝えましたが、商人な方々からの個別の突撃を受けていては、私はギルドに来ることすらままなりません」


「イチノスさんはおっしゃってましたね」

「⋯⋯」


「冒険者の方々からは突撃を受けていませんから、その付近は冒険者ギルドのご尽力だと考えております」


「「⋯⋯」」


「ですが、先程のように商人な方々からの突撃は無くなっていません」


「「⋯⋯」」


「私としては、そうした商人な方々を減らして行くためにも、両ギルドで質問状を装った相談事は受けて欲しいのです」


「「⋯⋯」」


 俺の願いを全て語ったのだが、キャンディスさんとタチアナさんは黙ったままだ。

 上手く伝わっただろうか?


 二人が押し黙ってしまったので、再び時計へ目をやろうとすると、キャンディスさんが口を開いた。


「イチノスさん、そうした方々を完全に失くすのは難しいと思いますよ」


「キャンディスさん、完全じゃなくても良いんですよ。そうした商人な方々が減って行き、極僅(ごくわずか)かになってくれれば良いんです」


「極僅(ごくわずか)かですか⋯」


 もう一息で、キャンディスさんは理解を示してくれそうな気がするな。


「冒険者の方々は、冒険者同士で縦や横の繋がりがあります。それが一種の自浄作用を担っていて、変な行動に出る冒険者の方はいないと私は思っています」


「うんうん」

「⋯⋯」


 キャンディスさんが頷くが、タチアナさんは反応が薄いな。

 さすがにタチアナさんには難しい話だろうか?


「例えば、素行が良いとは言えない冒険者の方は、他の冒険者の方々とはどうしても疎遠になると聞いたことがあります」


「⋯⋯」

「!!」


 ククク、タチアナさんの理解が追い付いたな。

 頭の上に感嘆符が浮いているぞ。


 すると、俺の言葉を先に理解したキャンディスさんが口を開いた。


「イチノスさんの考えが理解できてきました。そうした商人な方は、行く行くは商人仲間から淘汰されるだろうと言うことですね?」

「!!」


 タチアナさんが驚きの顔でキャンディスさんを見たが、直ぐに逸らした。


「はい。さすがにキャンディスさんは理解されていますね」


「ええ、私も昔はランドルの商工会ギルドに居りましたから、そうした商人な方々の傾向は理解できますね」


 えっ?!

 キャンディスさんが以前は商工会ギルドに居たの?

 しかも、俺の生まれ故郷であるランドル領の?

 いやいや、少し落ち着こう。

 キャンディスさんが自ら自分の経験を口にするのは驚きだ。


 ん? 待てよ?


「キャンディスさん、もしかしてメリッサさんもですか?」


「あら、イチノスさんは勘が鋭いですね。メリッサはその時の私の後輩なんですよ」


 おいおい、キャンディスさんとメリッサさんが先輩後輩の仲なのは驚きだぞ。


 ここはもう少し聞き出したいところだが、今日はここまでだな。


「そろそろ時間なんで、私は店に戻りますね」


 ガシッ


 そう告げて、残った紅茶を飲み干そうと伸ばした手を掴まれた。

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