23-9 公表資料と質問状


 冒険者ギルドでの話し合いも進み、この後の予定もあるので、残った紅茶を飲み干して退席しようとした俺の手を、キャンディスさんが掴んできた。


「イチノスさん、最後に知恵を貸してください」


「は、はい?」


「ニコラスさんの苦労を減らす、良い知恵はありませんか?」


 そこまで告げたところで、キャンディスさんが手を離してくれた。


 そうした話しはギルマスのベンジャミンと話し合って欲しいんだが、俺の希望を受け入れてもらうためには、もう少し話した方が良いかもしれない。


「わかりました。ニコラスさんの助けになるかはわかりませんが、私から入れ知恵をします(笑」


「はい、お願いします」


 おいおい、キャンディスさん。

 そこはあなたの口にした『入れ知恵』に引っ掛けているんだから、少しで良いから笑ってくれよ(笑


「ここに公表資料と質問状、出来れば未記入の質問状はありますか?」


「はい、ありますよ」


 そう告げたキャンディスさんが立ち上がり、執務机から公表資料と白紙の質問状を持ってきた。


 応接机に置かれた白紙の質問状を手に取って眺めて行き、俺は改めて感じることがある。

 この質問状の形式と言うか書式は、王都の研究所に籍を置いていた頃に見たのと似ている。

 冒険者ギルドで独自に準備したとは思えない程に似ている感じがする。


 もしかして、王都の流行りを取り入れて冒険者ギルドで新たに作ったのだろうか?

 まあ、世の中、人の考えることは似ていると言うことだろうか?


「この質問状の形式というか書式は誰が考えました?」


 俺の問い掛けに、二人が顔を見合わせると、タチアナさんが答えてきた。


「確かそれは、領主別邸から文官の方が持って来たんですよね?」


「そうね。文官の方が持って来たと聞いております」


 タチアナさんに応じるキャンディスさんの答えから、この質問状はウィリアム叔父さんの文官達が作ったとわかった。

 それならば話が早くなりそうだ。


「まずは一番上の番号を見てください」


 そう告げて、二人へ向けて未記入の質問状を見せて行く。


 ■質問状

 ┌────────────────

 │対象頁 1 2 3 4 5 6

 ┌────────────────

 │質問事項

 │


「お二人は、この番号が公表資料の頁(ページ)番号を指しているのは、理解されていますよね?」


「えぇ、そこは理解しています」

「確か丸で囲うんですよね?」


 キャンディスさんに続くタチアナさんの言葉を聞いて、俺は問い掛けた。


「タチアナさん、誰が丸で囲うんですか?」


「「えっ?!」」


 キャンディスさんとタチアナさんが揃って驚きの声を上げた。


「質問状を提出する、質問者の方々に丸で囲わせていますか?」


「「⋯⋯」」


 二人が互いに見合うのを無視して、俺は言葉を続けた。


「この質問状の形式は王都の文官が好んで使う形式で、基本的に質問者や相談者が書き込んで提出する方式です」


「「⋯⋯」」


「ギルドで受け取ったら内容を確認して、記載に間違いがあったら『記載間違い』を指摘して再度書き直してもらって、それから正式に受付をする方式ですね」


 そこまで話すと、タチアナさんが前のめりに聞いてきた。


「イチノスさん、記載の間違いってどんなのですか?」


「簡単に言えば、番号を丸で囲っていないとか、複数を丸で囲っているとかですかね」


「タチアナさん、どうなの?」


 俺の説明を聞いたキャンディスさんが、タチアナさんへ問い掛ける。


「多いですね。ニコラスさんはそれでも悩んでますね」


「それは困ったものね」


 キャンディスさんが応えたところで、タチアナさんが話を戻してきた。


「イチノスさん、他の間違いは何がありますか?」


「そうですね⋯ 例えば公表資料で馬車軌道の敷設の件は何頁(ページ)でした?」


 パラパラ

 タチアナさんが資料を捲って行く。


「4頁(ページ)ですね」


「この質問事項に記されているのが馬車軌道についての質問ならば、この質問状を提出する方が『4』を丸で囲うことになりますね」


 タチアナさんとキャンディスさんが、公表資料と質問状を交互に見ている。


「そして、質問事項に書かれているのが馬車軌道に関する質問かを、ギルドは読み取れば良いんです」


「わかった⋯ わかった気がします! 質問事項に書かれているのが、馬車軌道以外だったら記入間違いで戻すんですね?」


 タチアナさんが理解を深めた声を上げてきた。


「タチアナさん正解です。そうした間違いがあったら指摘して書き直してもらって、再度、出してもらえばいいんです」


 そこまで告げると、今度はキャンディスさんが口を開いた。


「イチノスさん、そうは言っても何個も質問をしたい時には、質問状に沢山(たくさん)書いてきますし⋯」


「一枚の質問状では1件の質問のみを受け付けるんです」


「1件の質問のみですか?」


「はい、1件の質問のみです。そうですね、例えば下の特設掲示板に貼られている、開拓団に関しての質問などが良い例ですね」


 パラパラ

 タチアナさんが公表資料を捲って行く。

 その姿を眺めながら、俺は話を続けた。


「開拓団がリアルデイルへ到着するのはいつか?」


 そこまで告げて、俺は指を1本立てた。


「何人ぐらいで来るのか?」


 そこで2本目の指を立てると、タチアナさんが聞いてきた。


「イチノスさん、その2件を聞きたければ質問状は2枚ですか?」


「はい、2枚の質問状を出してもらいましょう」


 俺の返事を聞いたタチアナさんがキャンディスさんへ向き直った。


「キャンディスさん、質問状は受け付ける時に1枚で銀貨1枚ですよね?」


「そうね。それもあって、ここぞとばかりに書き込んでるのもあるみたいね」


「そうなんです、小さい字でビッシリと書いて来た質問状もありました」


 そうした会話をするタチアナさんとキャンディスさんへ俺から声をかける。


「あれも知りたい、これも知りたいと考えるのは質問する側の都合でしかありません。それらの全ての質問に答えて欲しいのならば、それ相応の対価を支払うべきです」


「ま、まあ、「確かに」」


 キャンディスさんの返事に何故かタチアナさんが嬉しそうな顔で被せてくる。


「私の知る商人さんは、開拓団の様子を知るために自ら冒険者を護衛に雇い、王都の状況を調べに行くほど資金を投入していましたね」


 冒険者を同行して、水出しと魔石を店へ買いに来た商人のことを思い出しながら、それとなく伝えて行く。


 商人に取って情報を早く得ることの重要性を俺は二人へ伝えたつもりなのだが、今ここではニコラスさんを救うことが優先だな。


「何より1枚の質問状で1件にしてもらえば、ニコラスさんも流れ作業で処理できますし、特別掲示板に貼り出せば皆からの理解も得られやすく、同じ質問は防げますよね?」


「確かに⋯ それは名案ですね」


 キャンディスさんが頷きと共に理解を示す返事を返してきた。


 質問状の受け付けを始めた頃は、皆の知りたいことは似ていたのだろう。

 だからああして『開拓団が到着するのはいつですか?』とか『開拓団は何人で来ますか?』などの質問に、冒険者ギルドとしての答を書き込んで晒すように貼り出すことも出来たのだろう。


 それが一周回って幾多の相談事が質問状に盛り込まれ始めたり、変に書き込んだ質問状を商人が持ち込んできて整理が付けられなくなって、ニコラスさんは苦しんでいるのだろう。


「イチノスさん、他に指摘はありませんか?」

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