23-10 シーラが迎えに来ていた


「イチノスさん、他に指摘はありませんか?」


 キャンディスさんが、俺から更に聞き出すような問い掛けをして来た。


 キャンディスさんは『指摘』を求めているんだよな?


『指摘』という観点で考えればあるのだが、それを今日この場で述べるには面子が足りないし時間が無さすぎる。


「どうでしょうか、イチノスさん?」


 キャンディスさんが俺からの答を促すが、俺としてはここまで話したのだから、後は文官のカミラさんやレオナさん、それに商工会ギルドを交えて話し合って欲しいのだが⋯


「タチアナさん、文官のカミラさんは冒険者ギルドにいらっしゃいますか?」


 俺はキャンディスさんの問い掛けには答えずタチアナさんへ問い掛けた。


「カミラさんですか? 多分、今は研修所で昼食中だと思いますけど⋯」


 そう言いながら、タチアナさんが壁の時計へ目をやった。

 それに吊られて、キャンディスさんも時計を見た。


 よしこれは絶好の機会だ!


「キャンディスさん、カミラさんがまだ冒険者ギルドにいらっしゃるのなら、話し合っては如何でしょうか?」


「そうね、イチノスさんの言うとおりね」


 俺はシーラとの約束の時間である1時になろうとしている時計を指差しながら言葉を続けた。


「私はこの後の準備があるし、1時に店でシーラと待ち合わせてるんですよ」


 慌てた顔で二人が再び時計へ目をやった。

 よし。これでこれ以上は俺を引き留めないだろう。


「私はこれで退散させていただきますが、出来れば商工会ギルドのメリッサさんか、担当文官のレオナさんもいれば良いですね」


「レオナさんとメリッサもですか?」


 キャンディスさんが俺の指差す時計から目を戻して、二人の名が出たことに驚きを匂わせた。


「えぇ、とにかく全員で『受付』と『担当』の意味を話し合った方が良いとおもいますよ」


「わ、わかりました。タチアナさん、まずはこの後にタチアナさんも参加して、ニコラスさんとカミラさんで話し合ってくれるかしら? それとメリッサとレオナさんには直ぐに伝令を出して」


 俺の言葉を追いかけてキャンディスさんがタチアナさんに指示を出して行く。


「はい! お任せください! 直ぐにカミラさんとニコラスさんに伝えて、伝令を出します」


 元気に答えたタチアナさんが応接から立ち上がる。


「イチノスさん、ありがとうございました」


 お辞儀をしながらお礼を述べたタチアナさんが、執務室を飛び出して行った。


 そんなタチアナさんを見送ったキャンディスさんが息を吐く。


「ふぅ~。イチノスさん、ありがとうございます。これでニコラスさんも、少しは悩みが減ると思います」


「じゃあ、私はこれで失礼しますね」


「ちょ、ちょっと待ってくださいイチノスさん。タチアナさんも席を外したので、話を戻させてください」


「はい?」


 これで終わりだよね?

 まだ話が続くの?

 どこへ話を戻すの?


「この花を贈ってくれた商人の方々には、どうすれば良いかしら?」


 いや、それは⋯


 キャンディスさん個人への贈り物ですから、キャンディスさんが考えてください


 とは思ったが、俺は何も言わずに残った紅茶を飲み干し、わずかに微笑んで応接から立ち上がった。


 ◆


 キャンディスさんのすがるような見送りを丁寧に断り、俺は急ぎ足で執務室を後にした。


 キャンディスさんを振り切る際に改めて時計を見たが、時刻は既に1時に迫ろうとしていた。


 これは雑貨屋に寄る時間も無いし、何よりもシーラを待たせてしまうかも知れない。


 そう思いながら階段を駈け降りるように冒険者ギルドの1階へ行き、ギルドの職員が事務仕事をする脇を早足ですり抜け、スイングドアを越えたところで声を掛けられた。


「イチノスさん!」

「えっ?! イチノスさん?」


 声の主を求めて振り返れば、大衆食堂で絡んできたオークな商人とゴブリンな商人だ。


 俺は近寄ろうとする二人を軽く制するように手を出し、絡まれないように急ぎ足で冒険者ギルドを後にした。


 だが、ギルドの外へ出て足が止まる。


 この時間だと、冒険者ギルド前の通りは我が物顔で歩道へテントが貼り出され、その下には露店のように品を並べている店だらけだ。


 しかも、ご丁寧に椅子とテーブルまで歩道に置いて、しかもお客さんまで座っている喫茶店まであるじゃないか。


 これは通り抜けるのに速足では無理だろうし、そんな賑わいの中を速足や駆け足で抜けていくのは正直に言って恥ずかしいぞ。


 そう思いながらも、俺は急ぎ足で通りを抜けて行き、元魔道具屋で今は交番所の街兵士には軽い敬礼で応えて行った。


 カバン屋の角を曲がり、ガス灯の角を曲がって店の前の道へ出たところで足が止まった。


 俺の目に飛び込んできたのは、店の前に停まった黒塗りの馬車だ。


 これは既にシーラが迎えに来ている証だ。

 出来ればシーラが来る前に店には戻っていたかった。


 息を整えながら黒塗りの馬車へ歩み寄る。

 馬車全体を見て明らかに昨日の馬車と同じだとわかる。


「イチノスさん、お帰りなさい」


 いつの間にやら店を出る前に挨拶をした女性街兵士の一人が背後におり、声を掛けられた。


「はい、無事に戻りました。警戒をありがとうございます」


 軽い王国式の敬礼で帰宅の挨拶を交わしたところで、女性街兵士が告げてきた。


「お客さんがいらしてるみたいですよ」


「そうですか。ありがとうございます」


「イチノスさんは、この後も出られるんですか?」


「えぇ、直ぐに出ると思います。度々ですいません」


「いえいえ、お任せください」


 そこまで応えて立ち話を打ち切るように王国式の敬礼を出せば、きれいな姿勢で応えてくれた。


 敬礼を解き、店へと向かおうとすると、昨日と同じ御者が馬の世話をしながら会釈をしてくる。

 それに俺も応えながら財布から銀貨を1枚取り出して渡しておく。


「待たせてすまんね」


「いえいえ、心遣いに感謝します。今日はこの後に南町の氷室でよろしいのですよね?」


「そうだね。直ぐに支度をするからもう少しだけ待ってください」


「はい、今日は貸し切りと聞いておりますので⋯」


 ブルルブルル


 貸出馬車を貸し切りですかと思った時に馬が嘶き始め、御者が慌てて馬の世話に戻って行った。


 そんな馬へ目をやればボタボタと馬糞受けへ落としている。


 そうなんだよな。

 馬車を使うとこうした世話があるんだよな。


「すいません、水があればもらえませんか? こいつ、喉が乾いたらしいんですよ」


 馬を撫でて落ち着かせようとする御者が願ってきた。


「水ですね。少しお待ちください」


 俺は急ぎ店の扉を開ける。


 コロンカラン


「は~い いらっしゃいませ~」


 俺が店へ入ると作業場から出てきたのはサノスだった。


「師匠 おかえりなさい。シーラさんがいらしてますよ」


「遅くなってすまん。店の前の御者さんが馬に水をやりたいらしいんだ。水出しを持ってきてくれるか?」


「はい、わかりました~」


 そう応えるなりサノスが作業場へと戻って行った。

 それを追うように俺も作業場へ行くと誰もいない。


 あれ? ロザンナは?

 シーラもいるはずだよな?

 そう思っていると台所から声が聞こえる。


(ロザンナ、水出しは~)


 サノスの声を聞きながら、カバンを壁に掛け、作業机の上を見ると何も置かれていない。


 だが、俺がいつも座っている席には、見掛けた事のあるコサッシュが掛けてあった。

 これは昨日シーラが使っていたのだよな?


 どういう事だ?

 シーラは用でも済ませに行ってるのか?


(センパイ、どうしたんですか?)


(師匠が水出しが欲しいんだって、ロザンナは使わないよね?)


(はい、大丈夫です)


 ロザンナの応える声と共に、サノスが水出しを片手に台所から戻ってきた。


「あっ、師匠、これで良いですか?」


「おう、すまんな。シーラが来てるんだよな?」


「はい、いらしてますよ。裏庭で薬草を見てます」


「そうか、直ぐに済ませてくるから、すまんが相手をしていてくれるか?」


「はい、お任せください」


 サノスの返事を聞いて俺は水出しを片手に外へと向かった。


 カランコロン

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