23-11 貸切馬車で出発

 

 カランコロン


 『水出しの魔法円』を片手に店の外へ出ると、先ほどの御者が水やり用の桶を置いて待ち構えていた。


 そんな御者は俺の姿に少し首をかしげ、俺の手にした『水出しの魔法円』へ目をやるが、直ぐに俺の出てきた店の扉へ目を戻した。


 きっと他の誰かが、桶か何かで水を運んでくると思ったのだろう。


 そんな御者の様子に、俺は少し微笑みながら水やり用の桶へ『水出しの魔法円』をかざし、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出す。

 取り出した魔素を『水出しの魔法円』へ流して行くと、途端に水が桶へと落ちて行った。


「おぉ~ これはたまげた。ご主人の木の板みたいなのから出てるのは、水だすよね?」


「そうだね、初めて見るかい?」


「初めて見ますよ。あたしゃあ田舎者なんで、こんなのは初めて見ましたよ。もしかしてこれが、魔法とか言うやつですか?」


「まあ、そんなもんだな(笑」


 この御者さんは、訛りを無理矢理直して喋っている感じだな。


「魔法ってのは随分と便利なもんですね。これなら水の心配がいらねえですね」


 御者が感心した声を出しながら、水の出る様子をじっと眺めている。


「飲んでみますか?(笑」


「いいんですか?」


 そう答えた御者が、桶へ落ちる水を片手に掬って口元へともって行く。


「うん、水だ。しかも、なかなか美味い水だすね。これならこいつも喜びまさぁ」


 ブルル


 御者の言葉が通じたのか、馬が早く水を寄越せと再び嘶き始めた。


 桶に3分の1ほど溜まったところで、俺は水を出すのを止めた。

 直ぐに御者が桶を持ち上げ、馬の前に持って行けば鼻先を桶に入れて飲み始めた。


「普段は馬の水はどうしてるんですか?」


「東西や南北の関へ行けば馬車を置けるし厩舎があるんですよ。今日は貸切なんで、どうするか迷ってたんでさぁ」


 俺が何気なく問い掛ければ、御者は気さくに答えてくれた。


 なるほどな。アンドレアはリアルデイルの四方の関に元からある厩舎を使う考えで、貸出馬車を始めたんだな。

 そうした利用方法なら新しく施設を作る必要もなく、厩舎を少しだけ建て増しする程度で済むな。


「じゃあ、そこで伝令を受け取って迎えに行く感じですか?」


「へい、魔法使いの旦那もご利用になりますかい?」


「そうだな、使うかもしれないな(笑」


 俺の呼び方が『ご主人』から『魔法使いの旦那』に変わったな(笑


「それなら、商工会ギルドで受け付けるそうなんで使ってやってくだせぇ」


 ブルルル


「おっと、旦那、残った水は道に撒いても?」


「あぁ、構わないよ。じゃあ、直ぐに支度をしてくるから」


「へい、お待ちしておりヤス」


 御者の返事を聞きながら、俺は店へと戻って行った。


 今度は『旦那』になったな(笑


 カランコロン


「は~い、いらっしゃいませ~」


 店へ戻れば、今度はロザンナが作業場から顔を出してきた。


「イチノスさん、おかえりなさい」


「おう、遅くなってすまんな」


「シーラさんがいらしてますよ」


 そう答えるロザンナに水出しを手渡すと、直ぐに作業場へと戻って行く。

 その後に続いて俺も作業場へ入ると、シーラとサノスが作業机に着いていた。

 やはり、シーラはいつも俺が座っている席に腰を下ろしている。


 これは俺の座る場所が無いな。


「イチノス君、おかえり~」


 俺の帰りを迎えてくれたシーラが軽く手を振る。

 その顔は血色が良く、その緑色の瞳は元気な感じで、何よりも笑顔なのが嬉しく思える。


 うん、今日のシーラは可愛いぞ。


 そんなシーラの服装は上下共に灰色の作業着ともいえる姿で、足元は短めのブーツだ。

 そして銀髪を馬の尻尾のように頭の後ろで1つに束ねている。


 これに似た装いを魔法学校時代に見た記憶があるな。いつだっただろうか?


 いずれにせよ、シーラのこの出で立ちは氷室を観に行くという現場作業を意識したものなのだろう。


 うん、今日のシーラの可愛らしさは正義だぞ。


 それにシーラがこの服装なら、俺が特に魔導師らしい服装に着替える必要はないな。


「シーラ、待たせてすまん。直ぐに出るよな?」


「そうね、そろそろ出た方が良いかも?」


 そう答えるシーラが壁の時計へ目をやる。

 時計は既に1時30分を過ぎていた。


「何か持って行った方が良いのはあるかな?」


「う~ん、今日は観るだけだよね?」


「そうだな。実際の修理は今日の依頼に入って無いからな」


「じゃあ、描き写す紙とペン。それと、もしかしたら試すかも知れないから、魔素インクがあれば十分かな?」


 シーラの言う『試す』は正直に言って考えていなかった。

 さすがは地元のサルタンで氷室を直した経験のあるシーラの言葉だな。


「それなら大丈夫だ。シーラは先に馬車に乗って待っていてくれるか? 俺も直ぐに準備を済ませるから」


「わかった~」


 そう答えたシーラが席を立った。


 俺は急ぎ用を済ませ、軽くなったところで作業場へ戻ると、サノスとロザンナもシーラもいない。

 シーラを送るために皆で外へ出たのだろう。


 俺は壁に掛けたカバンから、いつも入れている魔素インクの小瓶を取り出す。

 中の魔素インクが固まっていないかを確かめるために傾けてみると、やはり固まっていた。


 何かの時のために入れている小瓶だが、久しく使っていないというか、このカバンから取り出して使った記憶がないな(笑


 この固まった状態では、シーラが試すにも使えない。


 俺は棚の魔素インクを入れている箱を取り出して、固まっていないのを1瓶選んで、カバンへと放り込んだ。


 カバンを手に店舗へ行くと、案の定、開けきった店の出入口の向こうで、サノスとロザンナがシーラの乗り込んだ馬車の側に立っていた。


 俺も店を出て急ぎ馬車へ乗り込むと、御者が個室の扉を閉めながら声を掛けてくる。


「では、南町の氷室へ向かいますね」


「はい、お願いします」


 俺が答えると、御者が前後の車輪止めを外す動きが個室に伝わり、続いて御者台へ乗り込む動きが個室をわずかに揺らす。


「「「いってらっしゃ~い」」」


 サノスとロザンナ、それに女性街兵士の見送りを受けると、するすると馬車が動き出した。


 馬車の動きに落ち着きを感じた所で、個室の窓に掛かったブラインドを上げて外を見やれば見慣れた景色だ。


 流れ行く景色に洗濯屋が見えたところでシーラへ声を掛けた。


「シーラ、待たせてすまなかったな」


「ううん、私が勝手に早く来ただけだから」


 勝手に早く来た?


「シーラは何時頃に来たんだ?」


「12時ぐらいかな?」


「えっ? そんなに早くから来たのか?」


 シーラの返事に、俺は驚きの声しか返せなかった。

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