23-12 シーラから見たサノスとロザンナ


 南町の製氷業者の氷室へ向かう貸切馬車の中で、俺はシーラに問い掛けた。


「シーラは何時頃に来たんだ?」


「12時ぐらいかな?」


「えっ? そんなに早くから来たのか?」


 シーラの返事に、俺は驚きの声しか返せなかった。


「うん。今日は朝から冒険者ギルドへ行く用事があったし、その後でお姉さまの所に行く用事もあったの」


 シーラの言う『お姉さま』は、東町街兵士副長のパトリシアさんのことだ。


 そのパトリシアさんの所へ行く用事とは、同居する準備か何かなのだろう。


「それでギルドの後にお姉さまの所に行ったんだけど、私の出番が無くて早いとは思ったけど、イチノス君のお店に行くことにしたの」


 おいおい、もしかして俺と殆ど入れ違いだったんじゃないのか?


「それで、イチノス君と一緒にお昼御飯を食べようと思って、少し早く来ちゃったんだ」


 シーラの話は、若干、言い訳にも聞こえる。

 もしかして、シーラはサノスとロザンナに興味を抱いて、時間前に来たんじゃなかろうか?


 とはいえ、シーラは約束の時間前に俺を迎えに来てくれたのだ。

 そんなシーラをサノスとロザンナが迎え入れ、その接待が良かったと思うことにしよう。


「けど、早く来て良かったかも?」


「ん?」


「イチノス君の可愛いお弟子さん達から、色々と聞けたから(笑」


 それまでの話から大きく舵を切って、シーラが思わぬ言葉を口にして来た。


 そうなんだよ。

 こうした話に至るのが嫌だから、俺は早めに店へ戻りたかったんだ。


 だが、シーラは俺とほとんど入れ違いで店へ来ていたんだ。

 これは防ぎようが無かったと言うことだよな?


 いや、キャンディスさんに捕まらなければ間に合ったのか?


「サノスさんには食堂で会ってたし、ロザンナさんは先生から聞いていたし⋯」


 シーラの言葉を聞きながら、俺は考えを改めて行く。


 シーラの言うとおりだ。

 既にシーラは、サノスとロザンナには接点を持ってるんだ。

 そうした状況では、俺が不在でもシーラが店を訪れることを想定するべきだった。


「あの二人と話してると、なんか学校の頃を思い出さない?」


「学校の頃? サノスやロザンナの二人とは歳が離れてるだろ?」


 サノスは来年に成人の16歳を迎え、1学年下のロザンナは再来年に成人だ。

 俺やシーラとは明らかに5歳の差がある。


「う~ん、イチノス君は男子だからそう言うのは無かったのかな? 女子の寄宿舎だと下級生があんな感じだったよ」


「そうか⋯ 確かにシーラの言うとおりに、寄宿舎の下級生に近い感じかもしれないな」


「イチノス君もそう思うでしょ?」


 それにしても、今日のシーラは実に朗らかで明るく、溌剌(はつらつ)としている。


『魔導師の役割は何か?』


 昨日、そんな哲学的なことを口にしていたシーラとは思えないほどだ。


「ロザンナさんは、ローズマリー先生のお孫さんなのよね?」


 ん?


「先生から聞いてはいたけど、そうした繋がりをイチノス君が大事にしているとは思わなかった」


 う~ん、何だろう。

 シーラの言葉に随分と含みを感じてしまう。


「どうだろう? 正直に言うが、ロザンナが先生のお孫さんと言うのを、俺は最初は知らなかったんだよ」


「そうなの? それは私が驚くとこ?(笑」


「ククク 驚いて良いぞ(笑」


「それでもイチノス君は、ロザンナさんを雇ったんでしょ?」


 確かにシーラの言うとおりだ。

 俺はロザンナがローズマリー先生とイルデパンの孫だと知っても雇うと決めた。


「二人から聞いたけど、サノスさんがお弟子さんでロザンナさんが従業員よね? イチノス君は弟子と従業員の違いってどうしてるの?」


 シーラの言うとおりに、ロザンナには魔素の扱いや魔素循環の切っ掛け、それにポーション作りまで俺は教えている。


 弟子と従業員という違いを俺は立てたはずだが、正直に言って二人の違いを曖昧にしているのは俺自身のような気がしてきた。


「シーラ、その付近は今は問わないでくれるか? 俺も模索中なんだ」


「フフフ わかった、聞かない(笑」


 シーラが素直に退いてくれた。


 弟子と従業員の違いについては、俺自身がきちんと考えを深めて行く必要があるな。


「それにしても、二人とももったいないよね」


「もったいない?」


「あの二人の素質と言うか能力からしたら、魔法学校で学べばもっと知識を深めて、二人とも魔導師や魔道具師を目指せると思わない?」


「シーラはそう思うか?」


 なかなかシーラは面白いことを言ってくるな。


「サノスさんなんて明らかに見えてるよね?」


「シーラもわかるのか?」


 サノスが魔素を見える話しをシーラはしているんだよな。


「うん、お店にお邪魔して奥に案内されて座って、少し話をした後にうっかり二人の前で回復魔法を使っちゃったの」


「珍しいな、シーラが人前で使うなんて」


「私もうっかりしてた。二人が寄宿舎の後輩に思えて二人の前で使っちゃたの」


「もしかして、サノスに聞かれたのか?」


「うん、ジーッと見つめられて『何をしました?』から始まって回復魔法だと正直に答えたら『もう一度お願いします!』って頼まれて断れなくって⋯」


 なるほどな。


 目の前で魔導師であるシーラが回復魔法を使ったので、サノスには魔素の動きが見えたのだろう。


 ましてや、サノスとロザンナは独学で回復魔法を学ぼうとしているのだ。


 それを目の前でシーラが使ったら、あの二人が興味を抱くのも仕方がないな。


 だが、少し考えさせられる部分もある。


 あれほど他人の魔素の動きを問い掛けるなとサノスには説いたのだが、通じなかったのか?


「もしかして、サノスから回復魔法のことを聞かれたのか?」


「うん、聞かれた。二人して学校の教科書を出してきて、お昼御飯を食べながらずっと回復魔法の話しを聞かれまくったわ(笑」


「ククク、それは災難だったな(笑」


「それこそ寄宿舎で下級生に教えた時にそっくりよ(笑」


「迷惑だったろう?」


「うぅん、楽しかったから大丈夫」


「一応、サノスには他人の扱う魔素の動きが見えても口にするなとは教えてるんだが⋯」


「イチノス君」


「はい?」


 急にシーラが声を低くして問い掛けてきた。


「今日の事でサノスさんやロザンナさんを叱ったらダメよ」


 シーラが低い声で嗜めるようなことを言ってきた。


「あの年頃は、むしろ褒めて伸ばすのが良いと私は思うの」


「はぁ⋯」


「自分の興味を持ったことに近付いているんだから、足枷になるような忠告をすると踏み込むべき所で止まっちゃから」


 なるほどな。

 シーラの考えにも一理あるな。


 そう思った時に馬車の速度が落ち、何となくだがぐるりと回っている感じだ。


 中央広場を回っているのだろうか?


 そう思って個室の窓から外を見れば、中央広場を囲う道を回っていた。


 俺がリアルデイルの街に移り住んで1年、店を構えて4ヶ月。

 この中央広場には幾度か歩いて来たことがあるが、こうして馬車の個室から眺めるのは⋯


 そう言えば、昨日もシーラが使うこの馬車から中央広場を眺めているし、数日前にアキナヒの貸出馬車に同乗して店へ戻った時にも眺めてるな。

 ここ数日内に何回も馬車の個室から中央広場を眺めることになるとは、不思議な感じだな。


 この回り行く動きが元に戻れば、間も無くリアルデイルを南北に走る大通りだ。


 それをしばらく進めば、南町の市場へと入って行く。

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