6-20 来月の話より明日の話


 俺は唖然としてしまった。


 ギルマスとイルデパンから、リアルデイルの街兵士とストークス家の関わりの深さを聞かされ、唖然としてしまった。


 何も言葉を返せない俺にイルデパンが話を続ける。


「イチノス殿、話を続けても良いでしょうか?」

「あ、はい、お願いします」


 イルデパンの言葉で、俺はようやく自分を取り戻せた。


 考え直してみれば、リアルデイルの街兵士とストークス家の関係は、俺が知らなかっただけだ。

 それを、今、知らされたのだと考えれば済む話だ。うん、そう納得しよう。


「ウィリアム様とフェリス様の警護に関しては、パトリシア殿指揮の元、東町が主として行います」

「そうだね。貴族街はパトリシアの担当だからそうなるだろうね」


 イルデパンが話を続けてギルマスが肯定して行く。


「残るはイチノス殿の警護ですが、これは私が担当して行きます」

「私の警護?」


 ウィリアム叔父さんと母(フェリス)の警護だけじゃなく、俺の警護?


「えぇ、表立っては行いませんがイチノス殿に協力して欲しいことがあります」

「俺に警護が必要なのですか?」


「イチノス殿、先ほどの魔道具屋の件です。魔道具屋の後ろに人種に拘る連中が見えてきたのです」

「⋯⋯」


 その言葉で、昼前にイルデパンを訪ねた際の話に思いが返って行く。

 あの時にイルデパンは『愚かな人間』という言葉で人種差別を問い掛けてきた。

 そうか⋯ そうした事をイルデパンは俺に伝えようとしていたのか。


「そこでイチノス殿へのお願いとは、最低限、西町から出ないでいただきたいのです」

「さすがは西町を預かるイル師匠だ。西町ならばイチノス殿の安全を約束できると言うことだね?」


「ええ、西町での連中の拠点も掃除ができましたから、西町についての安全はかなり高いと自負しております」


 西町での拠点⋯

 魔道具屋の事か!


「掃除か、私としても目の前をハエに飛ばれて煩かったからね。イル師匠には礼しか言えないな(笑」

「いえ、これは街兵士としての職務ですから(笑」


 はぁ~ ため息しか出ない。

 この二人、ギルマスとイルデパンはそこまで連携していたのか⋯


 いやいや、これも俺の知らなかっただけの話だ。

 それが俺の知らないところで解決に向かっているだけの話だ。

 俺が二人の話を聞いて驚くことではない。うん、そう納得しよう。


「イルデパンさん、わかりました。西町からは出ないようにします」

「イチノス殿、大丈夫かい? 西町から出れないとなると、南町に気軽に遊びに行けないよ?(笑」

「ククク」


「ギルマス、私は南町には特に興味は無いので(笑」

「イチノス殿、冗談だよ。時にイチノス殿も南町に出向くこともあるだろう。その時については私からの願いを聞いて欲しい」


「今度はギルマスからのお願いですか?(笑」

「あぁ、南町に出向く際には、まずはギルドで私かイル師匠に伝令を残す。それと出来れば冒険者の誰かを連れて行って欲しいんだ」

「うんうん」


 ギルマスの俺への願いにイルデパンが頷く。


 伝令を残す件は理解できる。

 俺を警護するために、俺の所在を掴んで置きたいのだろう。

 冒険者の誰かと言うのは⋯ 護衛と言うことか。


 思い出した!

 イルデパンを訪ねた時に『協力者』の話をされた。

 今の俺では『協力者』が誰かはわからない。

 もしかしたら、冒険者ギルドに入った時にヤジを飛ばした奴らの中に、イルデパンの言う『協力者』がいるかも知れない。


 待てよ⋯

 『協力者』が一人とは限らない。

 複数の『協力者』がいて、交替で俺を警護しているのかも知れない。


 そして南町に行く際には、その『協力者』が護衛になると言うことか⋯


「ククク」

「「⋯⋯」」


 思わず笑いが漏れてしまった。

 そんな俺を二人が見てくる。


「あ、いや、笑ってしまって、すいません。ギルマスの提案を受け入れます」

「ありがとう。変な願いだから、イチノス殿が受け入れてくれるか心配だったんだ」

「イチノス殿。ご理解いただき、ありがとうございます。南町に行く際にはギルマスを誘っても良いですよ」


 ギルマスが安堵の顔を見せ、イルデパンがあっさりと冗談を告げてくる。


「おいおい、イル師匠。妻に聞かれたら大変だ(笑」

「いえ、冗談ではなくイチノス殿とギルマスがご一緒なら私は安心できます」

「ハハハ」


 今度は声に出して俺は笑ってしまった。


コンコン


「サノスさんとワイアットさんがお見えになりました」


 応接のドアがノックされ、若い女性職員の声がした。


「おう! 直ぐに行く」


 ギルマスが応じ、俺と共に席を立とうとするとイルデパンが制してきた。


「イチノス殿それにギルマス、まだポーションの話が済んでいません」

「そうだった。すまんすまん」


「イチノス殿、端的に言おう。来月からポーションの増産を願いたい。イル師匠のところに納めたいんだ」

「えっ?」


 どういう事だ?

 イル師匠の所に納めるって⋯

 もしかして街兵士もポーションを使うと言うことか?


「イチノス殿、ギルドに納める分や冒険者に販売する分とは別に増産をお願いしたいのです」

「いや、私としては嬉しい話ですが⋯」


「ただ、金額や受け渡し、支払いの方法で別途にイチノス殿に相談したいのです」

「イチノス殿、どうだろう? 悪い話じゃないと思うが?」

「わかりました。来月からですね。それなら日を改めて打ち合わせをしましょう」


「よし、決まりだ! 来月のポーションより、明日のポーションだな(笑」


 ギルマス、それって冗談ですか?

 ちょっと笑えない冗談ですよ。


 ほらほら、イルデパンが目を細めた顔で見てますよ。


「ささ、イチノス殿。ワイアット殿とサノス殿を待たせては申し訳ない」


 ギルマス、今、イルデパンの顔を見たよね?

 見たけど、目線をそらしたよね?


「(はぁ~)」


 イルデパン、今、溜め息をついたよね?

 ギルマスの誤魔化しを許しちゃうの?


 3人で応接室から出ると、廊下向かい側の会議室からキャンディスが出てきた。


「イチノスさん、サノスさん達は1階の掲示板脇の別室で待ってます。ギルマス、ワイアットさん達はこちらの会議室に案内しました」

「じゃあ、悪いけど私はここで」

「そうですね、それでは後程」


 そう告げた途端にギルマスはキャンディスと共に会議室に消えて行った。


 俺とイルデパンで階段へ向かおうとするとイルデパンが話し掛けてくる。


「イチノス殿、下は騒がしそうなので私は裏口から消えようと思います。後日に詳しい話をしましょう」

「そうですね」


 そう告げた途端に、イルデパンが上がってきた階段脇の踊り場に向かう。


 あんなところに裏口なんてあるのかと思っていると、イルデパンがなれた手付きでドアを開けた。

 途端に周囲に陽が差し、バタンと扉の閉じる音と共に再び周囲が薄暗くなった。


 一人残された俺が階段を降りて行こうとすると、イルデパンの言うとおりに階下から多数の話し声が聞こえてきた。

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