14-8 古代遺跡の入口
俺は白い壁の前に立って魔法円を見つめている。
アルフレッドは少し離れた場所で野営の準備を着々と進めている。
ブライアンはアルフレッドが設営した天幕の脇で火を焚き、昼食用に干し肉でスープを作り始めている。
ワイアットは立番で森を中心に周囲を見渡している。
「イチノス、どうだ? 開けそうか?」
「⋯⋯」
ブライアンが昼食のスープ作りで手が空く都度に声を掛けてくるのは、これで3度目だ。
「ブライアン、そう急かすな。明後日の朝に開いてれば良いんだ。まだ時間はあるだろ?」
ワイアットがブライアンを優しく嗜めるのも3度目だ(笑
「そうは言っても、ワイアットも早くお宝を拝みたいだろ?」
「気持ちはわかるが、今は昼飯作りに集中してくれ。皆がハラペコなんだ(笑」
そんな二人のやり取りを聞きながら、俺は魔法円を眺めて悩んでいる。
古代遺跡の入口らしき白い壁に目を戻せば、2枚の扉のような石壁が観音開きのような造りになっている。
右側で1枚、そして左側で1枚の石壁になっていて、それぞれの1枚が俺の店の出入口の扉より二回りほど大きな石壁だ。
石壁といっても、先ほど歩きながら見てきた古代遺跡の壁のように、石が積み上げられた物ではなく、左右それぞれが大きな1枚の石板のようだ。
試しに数回叩いてみたが、なんら音はせず、かなりの厚みを感じさせる代物だ。
石壁とか石板と表現してきたが、これは石扉と呼ぶのが相応しいかもしれない。
観音開きの石扉
この表現が妥当な代物だろう。
件の魔法円は、閉じられた左右の石扉を繋ぐように跨がって填め込まれた石板に刻まれている。
魔法円は全部で3枚。
左右の石扉が合わさった部分の上から下までを4等分する形で、上中下の3ヶ所に填め込まれている。
填め込まれている石板に刻まれた魔法円そのものは、3枚ともに同じ図柄で複合の魔法円だ。
魔法円そのものは、4ヶ所の魔素注入口へ同時に魔素を流せば、内円に描かれた『石化』の魔法円に効果が表れる複合式の魔法円になっている。
この内円に描かれた石化の魔法円の作用域を読み取って、俺は疑問が湧いてしまった。
上部、中央、下部と、縦3ヶ所に置かれた魔法円の全ての作用域が、左右の石扉が合わさる部分へ向かっている。
そうなると、この魔法円で観音開きの石扉を合わせた部分を、石化で閉じているように感じるのだ。
左右の石扉を閉じ、合わさった部分に石化の魔法円が描かれた石板で石化を施して繋げれば、石扉は開かないだろう。
実際に左右の石扉が合わさる部分を細かく見て行くと、古代コンクリートで繋げられている感じがする。
よくよく石扉を撫でてみると、石扉その物が古代コンクリート製な気もする。
俺の店の入口や書斎に設けた魔法鍵には2点の機能がある。
鍵であることから『閉める』と『開ける』の両機能があるのだが、目の前にある魔法円は『石化』で『閉じる』だけだ。
いわば観音開きの石扉が開かないように、石化で石扉を合わせ閉じる機能しか備えていないのだ。
この3ヶ所に置かれた魔法円は、本当に魔法鍵としての機能(開けると閉める)が目的で、石壁に填め込まれた石板に描かれているのだろうか?
先程も感じたとおりに、左右の扉を合わせて『閉じる』もしくは開かないように『塞ぐ』ために置かれている気がする。
ここまで歩きながら見てきた古代遺跡の石壁は、石を隙間無く積み上げる造りで、実に堅牢な趣を感じさせていた。
それに加えて、入口とおぼしきこの場で『塞ぐ』様子が伺える魔法円が現れたことから、俺は大いに疑問が湧いてしまったのだ。
これを『開ける』事が正しいのだろうか?
『開ける』機能を備えず、『閉じる』機能だけの魔法円で塞いでいる石扉を開けるのが正しいのだろうか?
例えばこれを開けるとすれば、内円に刻まれた『石化』の魔法円を『砂化』に描き直して魔素を通せば良い。
この大きさの魔法円ならば、内円の『石化』の魔法円を『砂化』に描き替えるのも容易だろう。
今となっては、最初にワイアットの描いた魔法円の紙を見せられた時、自分が早とちりをしていたのを少し後悔している。
魔素注入口が4つあるように見えたし、内円に魔法円らしき物も感じた事から、複合魔法円で魔法鍵だと思い込んでしまった。
それにしても、俺はこれを開けても良いのだろうか?
「お~い スープができたぞ~」
ブライアンが呼んでくる。
昼食を摂りながら、皆に相談するか?
腹の減った今の俺にできるのはそれだけだな。
◆
昼食は、干し肉を使ってブライアンがこさえたスープとパンになった。
アルフレドは先に済ませて、ワイアットと交代して立番をしている。
ワイアットとブライアンと俺の三人での昼食だ。
「イチノス、何度も聞いて悪いがどんな感じだ? 開けれそうか?」
これでブライアンが聞いてくるのは4度目だ。
そろそろ明確に答えた方が良いだろう。
「開けれる⋯ だが迷っている」
「開けれるのか!」
「迷ってる?」
「ああ、昼飯が終わったら、まずは1個を開けてみようと思っている」
「いやいや、遠慮せずに3個とも開けてくれよ(笑」
ブライアンが急かすように言ってくる。
そんなブライアンを制しながらワイアットが聞いてきた。
「イチノス、何を迷ってるんだ?」
「それなんだが⋯ 気になることがあるんだ⋯」
俺は自分の感じている懸念を正直に話すことにした。
けれどもその前に、ワイアットの経験とも照らし合わせたい。
「あの魔法円を調べて、開けるために何をすれば良いかはわかった。だがその前にワイアットに聞いておきたいことがあるんだ」
「俺に聞きたいこと?」
「ワイアットは以前に古代遺跡へ挑んで、類似の魔法円を見てるんだよな?」
「ああ、見てるぞ」
「その魔法円は、ここと同じ様に古代遺跡の入口にあったのか?」
「違うな。俺が見たのは既に開けられた古代遺跡だよ」
そこまでワイアットが答えると、ブライアンが幾分、申し訳なさそうに問い掛けてきた。
「ワイアット、聞いてもいいか?」
「ん? 何だ?」
「それって、何処の古代遺跡なんだ?」
「サルタン公爵領の古代遺跡だよ」
「サルタンの古代遺跡か! あれはもう入れないだろ?」
「あぁ、沈んだからな(笑」
沈んだ?
古代遺跡が沈んだってことだよな?
沈んだってことは、水の中ってことだよな?
古代遺跡って水没するものなのか?
この王国には古代遺跡が数ヵ所あるのは俺でも知っているし、その一つがサルタン公爵領にあることも知っている。
魔法学校の卒業論文を書く際に、俺は幾多の『神への感謝』が描かれていない魔法円を調べた。
その際に、サルタン公爵領の古代遺跡から発見された魔法円が紹介されているのを、何かの書物で見た記憶がある。
そう言えば、エンリットもワイアットと同じ古代遺跡へ行ってるんだよな?
「ちょっと待ってくれ。エンリットもそこへ行ってるんだよな?」
「あぁ、エンリット達が言うには水没する前に行ったらしいな。イチノスはそれが気になるのか?」
ワイアットの言葉で俺は話が逸れていることに気がついた。
「話を戻すが、この古代遺跡のように入口で魔法円を見たわけじゃないなら、古代遺跡の何処であの魔法円を見たんだ?」
そこまで問うと、ワイアットが俺に向き直った。
「イチノス、俺が入った古代遺跡なんだが、既に公爵の騎士団が調べた後だったんだ」
「「⋯⋯」」
ワイアットが以前に成果を上げた古代遺跡の経験を語り始める。
ブライアンも詳しく聞くのは初めてなのか、俺と同じ様に黙って聞き始めた。
「入口は騎士団の調査か何かで既に壊されていたから、そこに魔法円があったかを俺は知らないんだ」
ワイアットの語る経験は、ここの古代遺跡のように入口ではないと言う話で始まった。
そうなると、ワイアットはサルタン公爵領の古代遺跡のどこで魔法円を見たのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます