16-18 上機嫌なイチノス


 現在、魔導師のイチノスは、西町の風呂屋で蒸し風呂を楽しんでおります。


 隣には一緒に風呂屋へ来たアルフレッドが座っており、互いに蒸し上がりそうな程に出来上がりつつあります。


 仕事を終えて、こうして風呂屋を楽しむのは良いものです。

 今回は、古代遺跡の探索という仕事を終えての風呂屋ですから、尚更に良い感じです。


「なあ、イチノス」


「ん?」


 隣に座るアルフレッドが、何気なく問い掛けて来ました。


「開拓団っていつ頃から来るんだ?」


 はいはい。

 アルフレッドが聞きたいのは、月曜に行われたウィリアム叔父さんの公表の件でしょう。

 魔導師のイチノスは、久しぶりに風呂屋へ来れて機嫌が良いので素直に答えます。


「その話か、具体的な時期については何にも聞いてないんだ。すまんな、こんな返事しか出来なくて」


 知らないものは『知らない』としか答えれません。

 調査隊で一緒だったアルフレッドですが、この言葉で我慢して貰いましょう。


「そうか、イチノスでも聞いてないんだ。実はさっき家によって荷物を置いて着替えてきただろ。その時に義妹夫婦から問われたんだよ」


 アルフレッドは家業が宿屋ですから、良くも悪くも開拓団が来る時期や、その規模は気になるところなのでしょう。


 斯(か)く言う魔導師のイチノスも気にはなっているのが本音です。

 王都から来るという開拓団の方々が、このリアルデイルに住むならば、魔法円や魔石の需要が高まるのは目に見えているのですから。

 きっと、魔導師イチノスの店も開拓団の来訪で、それなりの賑わいを得ることになりそうな話です。


 アルフレッドとそこまで話したところで、蒸し風呂の出入口が開いて、遅れていたブライアンとワイアットが入ってきました。


「おう! イチノス、アルフレッド!」


「ようやく追い付いたな(笑」


 少し茶化すようなアルフレッドの答えを気にせず、ブライアンが隣へ座ってきました。

 これで、体格の良いアルフレッドとブライアンに挟まれて座る形となってしまいましたが、久しぶりの風呂屋で機嫌の良い魔導師のイチノスは気にしません。


 ブライアンが隣に座って直ぐに聞いてきました。


「なあ、イチノス」


「ん?」


「街道整備や西町の拡大っていつからなんだ?」


 これまたブライアンが聞いてきたのは、ウィリアム叔父さんの公表の件でした。

 左官業に通じるブライアンとしては、街道整備と西町の拡大は気になるようです。


「その件か。アルフレッドとも話したが、具体的な時期については何も聞いてないんだ。すまんな、こんな返事しか出来なくて」


「そうか、イチノスなら知ってると思ったんだが、知らされて無いなら聞いてもしょうがないな(笑」


 さすがは古代遺跡の調査へ一緒に行ったブライアンです。

 魔導師のイチノスが知らないと答えれば、素直に聞き入れてくれました。


「ブライアンも気になるのか?」


 先ほど聞いてきたアルフレッドが割り込んで来ました。


「俺よりも女房や親父がな。さっきも着替えに戻ったら『イチノスさんと会うなら聞いてきて!』って、うるさいんだよ」


「ククク ブライアンのところも同じか(笑」


 どうやら家業に勤しむ方々は、今回のウィリアム叔父さんの公表が、とても気になるようです。


「先に出るぞ!」


 魔導師のイチノスよりもアルフレッドが先に蒸し上がったようで、小走りに蒸し風呂から出て行きました。


 魔導師のイチノスも出来上がりつつあるので、蒸し風呂を出ることにしました。


 後から来た二人に軽く挨拶して、蒸し風呂から出たら水風呂で体を冷やします。

 いきなり水風呂へ飛び込む方もいるようですが、それは明らかなマナー違反です。

 ですので、魔導師のイチノスは行儀良く、水風呂から手桶で水を汲んで体に纏わりつく汗を流します。


 あぁ~

 冷たい水が蒸し上がった体に染み渡ります。


 少しずつ足先から水風呂へ入れば、蒸された体が冷めて行くのがわかります。

 この感じが、今の季節の風呂屋の楽しみ方の一つと言えるでしょう。


 さあ、この後は広い湯船で手足を伸ばして、もう一度、汗をかかない程度に軽く体を温めましょう。



 風呂屋を楽しんだら、次はお待ちかねのエールです。

 出来上がった体の求めるままに、至極当然のようにエールを求めて大衆食堂へと向かいます。


 魔導師のイチノスは、足取りが軽いです

 風呂屋で整った体へエールを注げるのです。

 足取りが軽くなるのも当然です。


 今の魔導師のイチノスは、とても機嫌が良く、エールを飲めるのがとても楽しみです。

 きっと後ろを歩く皆さんも、この後にエールを飲めるのが楽しみでしょう。


 風呂屋から大衆食堂へ向かう通りの角、いつものガス灯の下に簡易装備の人影が見えてきました。


 ここは街兵士達がいつも立っている場所です。

 今夜も街兵士が二人で立っています。


「「イチノス殿!」」


 二人の街兵士が、揃って王国式の敬礼をしながら声をかけてきます。


 御二人の顔を見れば何処かで会った気がします。

 きっと店の前で立ち番をしてくれた方々か、どこかで敬礼を交わした方々でしょう。


 機嫌の良い魔導師のイチノスは、二人へ軽く挨拶の言葉を掛けます。


「巡回、ご苦労様です」


「「はっ! ありがとうございます」」


 この御二人が街兵士の巡回班ならば、一応、行き先を伝えておいた方が良いでしょう。


「これから大衆食堂で『エール』です」


 おっと気持ちが出てしまいました。

 ここは『エール』ではなく『食事』と言うのが正解でしょう。


(((ククク)))


 後ろを歩く方々から笑い声が漏れているのがわかります。

 けれども、間違ってはいないのですから、機嫌の良い魔導師のイチノスは気にしません。


「「はい、了解しました(笑」」


 街兵士の御二人も、言葉尻に笑いが入っていますが、機嫌の良い魔導師のイチノスは気にせず労いの言葉を掛けます。


「皆さんのおかげで、リアルデイルの人々が安全に過ごせます。頑張ってね」


「「あ、ありがとうございます!」」


(((ククク)))


 後ろを歩く皆さんから再び笑い声らしきものが聞こえますが、機嫌の良い魔導師のイチノスは気にしません。


 そうこうして、エールが飲める大衆食堂へと足を踏み入れました。



 一刻も早くエールを飲みたい、機嫌の良い魔導師のイチノスが、先陣を切って大衆食堂へと足を踏み入れます。


「はぁ~い イチノスさん! いらっしゃ~い」


 いつもの給仕頭の婆さんが、一刻も早くエールを飲みたい魔導師のイチノスを、気持ち良く迎え入れてくれます。


 店内を見渡せばいつもの大衆食堂です。


 給仕頭の婆さんの声で、魔導師のイチノスが入ってきたとわかったからでしょうか、店内で座っていた何人かの方々がガタガタと席を立ち上がりました。


 けれども、機嫌が良く一刻も早くエールが飲みたい魔導師のイチノスは、そんなことは気にしません。

 今はそんなことを気にするよりも、早くエールを体に注ぎ入れる方が大事なのです。


 一緒に風呂屋を楽しんだ一行が座った長机は、いつもの長机です。

 まるでこの時に来るのがわかっていたかのように、いつも座る長机が空いていました。


 さて、注文です。

 魔導師のイチノスの早くエールを飲みたい思いが伝わったのか、皆が一杯目に頼んだのは全員がエールでした。


 うんうん。

 皆も風呂屋で出来上がった体にはエールですよね。


 皆が同じものを頼んだのですから、出てくるのが早いです。


「「「「お疲れ~」」」」


グビグビ プハ~


 あぁ~ 美味い!


「「「「もう一杯!」」」」


 次のエールを頼む皆の声が揃いました。

 これはとても良いことだと魔導師のイチノスは思いました。


 その時に、魔導師のイチノスは、あることに気が付きました。

 先ほど席を立ち上がった方々全員が、色鮮やかなベストを着ているのです。


 給仕頭の婆さんは、お代わりのエールを受けて、代金を受け取ると木札を渡して来ます。

 そんな給仕頭の婆さんの後ろへ、色鮮やかなベストを着た方々が一列に並ぼうとしています。


 色鮮やかなベストを着た方々は、給仕頭の婆さんに用事があるのでしょうか?


 すると、木札を渡し終えた婆さんが色鮮やかなベストを着た方々へ諭すように言いました。


「みんな、ようやく会えたね。大人しくしないと、昨日みたいに騒いだ奴は街兵士に連れてってもらうからね」


 どうやら色鮮やかなベストを着た方々は、昨日もこの大衆食堂へ来ていたようです。

 そして、騒がしくして街兵士に連れて行かれた方がいるようです。


 振り返った婆さんが、機嫌の良い魔導師のイチノスへ言いました。


「イチノス、この商人達が『ウィリアム様の公表』とやらで話が聞きたいって、もう三日も通ってるんだ。話だけでも聞いてやってくれないか?」


 こうして、機嫌の良い魔導師のイチノスは、三日も待ち伏せをしていた複数の商人に襲われる事になりました。

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