16-17 報酬の受け取り


 ニコラスが再びメモを取り始めた。


 悩ましそうなギルマス=ベンジャミン・ストークスには目もくれずに、ニコラスがメモに何かを書いている。


 するとニコラスの様子に気が付いたギルマスが、メモを書き続けるニコラスへ目線を向けた。


 ギルマスの眉間に出していた悩ましげな印が消えて、意識して平静な顔つきでニコラスの軽く差し出すメモ書きを見ている感じだ。


 いや違うな。

 ギルマスはニコラスのメモ書きへ目をやってから、眉間の皺を消したんだ⋯


 そんな連携を見せた二人が視線を合わせると、ニコラスが口を開いた。


「皆さん、今回の古代遺跡の調査は本当にお疲れ様でした」


「「「おう」」」


「皆さん、今日は戻られたばかりですので、明日、詳しい報告をお願いしたいのですが宜しいですか?」


 ニコラスの口調が、微妙に丁寧な気がするのは俺だけだろうか?


「明日か? 出来れば昼過ぎが良いな」

「そうだな、俺もその方が良いな」

「俺も昼からなら大丈夫だ」


 ワイアット、アルフレッド、ブライアンが、それぞれ思い思いに昼過ぎが良いと口にする。


「では、明日の昼過ぎの2時に、再集合でお願いします」


 ニコラスがそこまで言うとギルマスが俺を見た。


「イチノス殿も良いかな?」


「明日の2時ですね」


 俺の返事を聞いたニコラスが締めの言葉を口にする。


「それでは皆さん、指名依頼の結果報告をありがとうございました。受付で今回の報酬を準備しておりますので、忘れずにお受け取りください」


「おう、お疲れ様」


 ワイアットが答えるとブライアンが立ち上がり、この後の行き先を告げてくる。


「次は風呂屋だよな?」

「イチノスも来るよな?」


 アルフレッドも立ち上がり、俺の参加を促してきた。


 俺が腰に下げていたタオルを取り出し、皆へ軽く見せると、ワイアットとアルフレッドが笑い声を上げた。


「カカカ イチノスは準備万端か」

「ククク さすがはイチノスだな」


「すまん、皆で先に行ってくれ。直ぐに追い付くから」


 場を締めるようなブライアンの言葉に全員が立ち上がると、ニコラスが会議室のドアを開けて皆の退室を促してきた。


 俺も立ち上がりドアへ向かおうと思うが、既に立ち上がったギルマスが邪魔で、直接はドアへ向かえない。


 仕方なく会議机を大回りするようにアルフレッドの後に続いてドアへと向かった。


 ニコラスの抑えるドアから出ようとするワイアットへ、ギルマスが手を出して握手を求めた。


「ワイアット殿、お疲れ様でした」「おう」


 ギルマスの握手にワイアットが応え軽く言葉を交わすと、ニコラスの抑える扉から退室していった。

 続いてブライアンとアルフレッドが、ギルマスと握手を交わしつつ、労いの言葉を交わして退室して行く。


 最後になった俺へも、ギルマスが手を差し出して握手を求めてきた。

 だが、ギルマスは前の3人と違う言葉を発してきた。


「イチノス殿もダンジョン探索に参加するつもりかい?」


「いや、俺は不参加でしょうね」


「ほぉ~ 何か思うところがあるとか?」


「いや、ダンジョン探索は魔導師の仕事じゃ無いですから(ニッコリ」


 俺は急なギルマスの問い掛けに、出来る限り冷静に自分の考えを伝えつつ作り笑顔を添えてみた。


ギュッ

 ギルマスの握る俺の手に微妙に力が加わる。


「なら、魔法技術相談役としての活動に専念できますね(ニッコリ」


 な、何だその笑顔は!

 それに気になる言い方だぞ!

 こ、こいつ、何を考えている?!


ギュッ


 おいおい、手を離せよ!

 俺が応えるまで離さない気か?!


「そ、そうですね。魔法技術相談役は領主命令ですから(ニッコリ」


 仕方なくそこまで応えると、ギルマスがあっさりと握手をほどいてきた。


「その言葉に安心しました。さすがはイチノス・タハ・ケユール様です」


 何でそこで俺のフルネームに『様』を付けてくる?!

 俺はギルマス=ベンジャミン・ストークスから、言質を取られるような事を口にしたのか?


 これだから貴族のやり方は嫌いなんだよ⋯


 俺が急ぎ会議室から出ると、静かにドアを閉めながらニコラスが俺の顔を見てきた。

 その顔は俺へ何かを告げたそうな顔にも見えるが⋯


「イチノス殿⋯ ジェ「ニコラス、伝令を頼みたい!」」


 ニコラスの言葉を遮るように、会議室の中からギルマスの呼ぶ声が強く響く。


 その声と共に会議室のドアが音も立てずに閉まって行った。


 今、ニコラスは『ジェ』まで言ったよな?

 ジェイク叔父さん?

 やはりジェイク叔父さんが、リアルデイルの街へ来ているのか?

 その事をニコラスは俺に伝えようとしたのか?

 ジェイク叔父さんがリアルデイルへ来ているにしても、どうしてその事を冒険者ギルド職員のニコラスが知ってるんだ?

 しかもジェイク叔父さんが来ていることを、どうして俺へ伝えようとしたんだ?


 俺の考え過ぎか?


 そんなことを思いながら階下へ降りて行くと、受付カウンターの前でアルフレッドが一人で待っていた。


 受付カウンター脇のスイングドアを越えてアルフレッドの元へ行く。


「イチノス、遅かったな。ギルマスに捕まったのか?(笑」


「いや、ちょっとな(笑」


 アルフレッドの投げ掛けに曖昧に応えると、オバサン職員の俺を呼ぶ声がした。


「イチノスさ~ん、報酬が出てますよ」


 オバサン職員の言葉に慌てて受付カウンターへ行く。

 財布の中身を思い出しながら、この場での受け取りを幾らにしてようかと考え⋯


 えっ?


 俺が考える間もなく、銀貨と銅貨の乗ったカルトンが受付カウンターに差し出された。


 なに? これ?

 今回の調査隊同行の報酬は、もっと多いはずだけど?


 差し出されたカルトンに俺が半分固まっていると、オバサン職員が口を開いた。


「あぁ、イチノスさん。皆、一緒だよ。アルフレッドもワイアットもブライアンも一緒だよ。これから皆で風呂屋へ行って飲みに行くんだろ?(笑」


「は、はい?」


「大金を持って飲みに行くと散財するでしょ?」


「は、はぁ⋯」


「残金はギルドで預かりにするからね」


「は、はぁ⋯」


「さあ、受取にサインして。イチノスさんが最後だから、これでようやく締めれるわ」


「は、はぁ⋯」


 オバサン職員の勢いに押され、俺は受取にサインをしてしまった。



 冒険者ギルドを後にして、アルフレッドと共に風呂屋へと足を向ける。


 ワイアットとブライアンの二人は後から合流するとの事で、俺とアルフレッドの二人で風呂屋へ向かうことになった。


 風呂屋へ向かう道中の空に月は見えない。

 ガス灯の明かりで照らされる道を二人で並んで歩いて行く。


「ククク⋯」


 隣を歩くアルフレッドが笑いを漏らしてきた。


「あのオバサンは相変わらずだな⋯ ククク」


「相変わらず? もしかして前からなのか?」


「ん? もしかしてイチノスは、あのオバサンから報酬を受け取るのは初めてか?」


「考えてみれば初めてだな。いつもはキャンディスかタチアナから報酬は受け取っているから」


「そういえば、今日はキャンディスは居なかったな⋯」


「アルフレッドは知らないのか⋯ キャンディスは今月一杯は休暇らしいぞ」


「タチアナも居なかったよな?」


「そうだな、さっきギルドで見渡したがタチアナは見当たらなかったな」


「イチノスは、あのオバサンから報酬を受け取るのは初めてか⋯ ククク」


 再びオバサン職員の話しに戻ると、再びアルフレッドが笑いを漏らしてくる。


「あんなんで、皆は納得するのか?」


「ククク 色々だな。だが女房持ちには喜ばれるらしいぞ(笑」


 女房持ちには喜ばれる???


「昔の話だが、ギルドで報酬を貰うと南町に駆け込む奴らが多かったんだよ(笑」


「何だよそれ(笑」


「そいつらの嫁さん達が、揃ってギルドに訴えたんだよ(笑」


「ハハハ⋯ もしかしてギルドで預かった報酬の残金は⋯」


「そうなんだよ、後で嫁さん達が取りに来るんだよ(笑」


「それは⋯ 嫁さんが喜ぶだけだろ(笑」


「おっと、そうだな。『女房持ちが喜ぶ』じゃなくて『女房が喜ぶ』だったな。ハハハ」


 そうした話をしながら俺達は風呂屋へと向かった。

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