16-16 ギルマスの溜め息


 アルフレッドと共に冒険者ギルドへ入ると、既にブライアンが待っていた。

 何をするでもなく腕を組み、受付カウンターに立つ二人の冒険者の背中を眺めながら、ブライアンが待っていた。


 アルフレッドが、そんなブライアンを見つけて声を掛ける。


「ブライアン、待たせてすまん」


「おう、早かったな。待ってないぞ。ニコラスが準備してるから、むしろそれ待ちだな(笑」


「リリアの荷物を任せてしまって、すまんかったな」


「いやいや、気にするな。アルフレッドの方は大丈夫だったのか?」


「俺の方は大丈夫だ。女房も二人が泊まってくれるって喜んでるぐらいだ(笑」


「そうか、それは何よりだ(笑」


「ワイアットはどうしたんだ?」


 受付カウンターやホールの中を見渡すが、アルフレッドの言うとおりにワイアットが見当たらない。


 その時、受付カウンターの方からオバサン職員の叱責する声が聞こえてきた。


「あんた達、依頼が終わったら直ぐにギルドへ来るのを忘れたの!」


「いや⋯」「その⋯」


 オバサン職員の声に思わず受付カウンターを見れば、水筒を背負った冒険者二人が少し頭を下げている。

 どうやら、あの二人がオバサン職員から叱られているようだ。


 そんなオバサン職員の叱責を他所(よそ)に、ブライアンが答えてきた。


「ワイアットならオリビアさんのところへ荷物を預けに行ったよ。直ぐに戻って来ると思うんだが⋯」


 そう答えたブライアンが手ブラなのが、俺は気になった。

 当のブライアンは荷物をどうしたんだろう?

 確か俺達と同じようにリュックを背負っていたはずだが⋯


「ん? イチノスどうしたんだ?」


 俺の視線に気がついたブライアンが聞いてきた。


「いや、ブライアンは荷物は⋯」


「あぁ、俺の家はギルドの裏なんだ」


 そう言ってブライアンが受付カウンターの奥を指差す。

 その指差す仕草に釣られて、受付カウンターの奥へ目をやると、衝立の陰からニコラスが現れた。


 ニコラスが小走りで俺達へ寄ると軽く頭を下げつつ、受付カウンター脇のスイングドアを指差した。


 それに応えて、アルフレッドとブライアンが受付カウンター脇のスイングドアを自分で押して、何の躊躇いもなく入って行く。


 俺も二人に続いて受付カウンターを越えようとすると、再びオバサン職員のお叱りの声が聞こえてきた。


「よく覚えときなさい。依頼が終わったらまずギルドへ顔を出す。そして報酬をもらってから、食堂でも風呂屋でもどこでも行っていいから。わかった!」


「「は、はい!」」


「反省してるようだから今日は説教で終わらすけど、今度やったら停止処分もあるからね」


 停止処分とは、なかなか厳しい説教だ。


 冒険者達は時により、冒険者ギルドから冒険者としての活動を停止されることがある。

 依頼に失敗して依頼者に多大な損害を与えたとか、素行が悪いとか、酒癖が悪いとか⋯


 とにかく、冒険者ギルドから冒険者としての活動に問題ありと判断されると、冒険者としての活動を停止されるのだ。

 停止処分を受けた冒険者に、冒険者ギルドは依頼を斡旋しない。

 いわば冒険者は金銭を稼ぐ手段を断たれるのだ。


「イチノス、行くぞ」


「お、おう」


 オバサン職員の叱責に、思わず俺は足を止めていたようだ。

 アルフレッドの声に改めてギルドの2階へと向かう。


 あのオバサン職員、息子がタチアナと同い歳だと言ってたよな。

 叱られていた二人の冒険者は、俺の見る限り、タチアナと同い歳ぐらいに見えた。

 オバサン職員は、自分の息子と同い歳ぐらいの冒険者のやらかしに、思わず説教に力が入ってしまったんだろう(笑


 陽が落ちガス灯の点るこの時間にギルドへ来て、ああしたお叱りの言葉をもらっていると言うことは、あの二人の受けた依頼の期限が日没だったのかも知れない。

 叱られていた二人は、空腹か何かを優先してしまって、ギルドへ来る前に食堂へ寄ってしまったのかもしれないな(笑


 タチアナなら、オバサン職員ほどは叱らないだろう⋯

 そう言えば、今日はタチアナはいないのか?


 衝立の手前で振り返って受付カウンターの中を見渡すが、タチアナの姿は見当たらない。

 多分休みなのだろう。


 そんなことを考えながら、皆の後に続いて俺は2階へと上がって行った。



 階段を上がり切ると、ニコラスが俺達を会議室へと案内した。


 ニコラスが俺達を会議室の奥へと座らせようとするので、それに従ってアルフレッドとブライアンが座って行った。

 ニコラスは遠慮するように入口を背に座った。


 席に座ろうとするアルフレッドを見て、既に着替えていることに気が付いた。

 ブライアンを見れば戻ってきた時と同じ格好だ。


 俺も席に座ると、会議室の外の廊下に人の気配がする。


コンコン ガチャリ


 ノックと共にドアが開き、ギルマスとワイアットが入ってきた。


「待たせてすまん!」


 開口一番にギルマスが告げつつ、皆の顔ぶれを見て俺の隣へと座る。

 ワイアットはさも当然のように、ニコラスの隣へと座った。


  アルフレッド イチノス

 ┌───────────┐

ブ│           │ギ

ラ│           │ル

イ│           │マ

ア│           │ス

ン│           │

 └───────────┘

  ワイアット  ニコラス

          │入口│


 全員が着席した所でニコラスが立ち上がる。


「皆さんの無事の帰還を何よりも嬉しく思っております。早々ですが古代遺跡の調査結果の報告をワイアット殿からお願いします」


 ニコラスの言葉を受けてワイアットが立ち上がった。


「結論から言う。金銀財宝は無かった。おかげでイチノスが火魔法で俺達を焼き殺すこともなく無事に帰ってこれたよ(笑」


「ククク」

「カカカ」「ハハハ」


 思わず笑ってしまった俺に、アルフレッドとブライアンが続くとギルマスが口を開いた。


「皆さんご苦労様でした。今回の調査隊では、古代遺跡に金銀財宝は発見出来なかったという結論ですね?」


「そうだな」

「生憎と金銀財宝は無かったな」

「あると思ったんだが残念だ」


 ギルマスの投げ掛けに、ワイアットは素直に答えるが、アルフレッドとブライアンは微妙な言葉で答えている。


 3人の答えにギルマスが一歩踏み込んだ問い掛けをしてきた。


「それなら冒険者の方々へ、今後の古代遺跡探索の許可を出しても大丈夫だろうか?」


 ギルマスの言葉にワイアット達が互いの顔を見合った。

 アルフレッドとブライアンがワイアットへ向かって頷いた。

 その頷きにワイアットが答える。


「今の段階で冒険者全体への探索許可は出さない方がよいだろう。少なくとも、もう一度はギルドで調査隊を組んで⋯」


 そこまで言ったワイアットに対して、ギルマスが手を上げて続くであろう言葉を制した。

 それに応じてワイアットが言葉を止めると、ギルマスが悩ましげに告げてきた。


「もう一度、調査隊を組むのか?」


「あぁ、今度は最低でも5人は必要だろう」


 ワイアットが答えた人数に、ギルマスが驚き混ぜた顔で俺を見て問い掛けてきた。


「5人とは、随分と大人数だが?」


 そこまで言ったギルマスが、何かに気が付いた顔をして、静かに呟いた。


「まさかとは思うが⋯ ダンジョンを見つけたのか?」


 ギルマスの言葉に、メモをしていたニコラスが手を止め、ギルマスとワイアットの顔を見る。


 アルフレッドとブライアンはギルマスの言葉に口角を上げた。

 ワイアットも二人に負けじと口許に笑みを浮かべた。


 会議室に静寂が訪れる。

 誰も何も言おうとしない。


「はぁ~」


 その静寂を切ったのは、ギルマスの溜め息だった。

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