16-15 アルフレッドの宿屋


 結局、俺はリリアの操る馬車で店の前まで送って貰った。


 俺が店の前で荷物を背負って馬車を降りると、ワイアットが声を掛けてくる。


「イチノス、すまんが荷を置いたら早目にギルドへ来てくれるか? 戻った報告だけでも今日中に済ませたいんだ」


「わかった、皆はこのままギルドへ行くのか?」


 思わず俺が問い返すと、荷台に立つブライアンが答えてきた。


「リリアとギルドで荷物を降ろす約束をしたんだ。そのまま行くよ」


 どうやらブライアンが御者席の隣に座っている間に、リリアと色々と取り決めていたようだ。


「リリア、出してくれ!」


 アルフレッドの声が聞こえると馬車が動き出そうとした。

 俺は急ぎ御者席へ駆け寄り、リリアへ礼を告げる。


「リリア、シンシア、ありがとうな。助かったよ」


「おう、ついでの乗り合いだ。気にするな」


 御者席には手綱を握るリリアと、その隣にシンシアが座っていた。

 二人の座る御者席越しに幌の中へ目をやれば、アルフレッドとブライアン、それにワイアットが何かを話している感じだ。


 俺がそのまま馬車を見送ると、冒険者ギルドへ向かう道へと馬車が道角を曲がって行く。


 すると馬車の曲がり終えた角に、ガス灯で照らされた見馴れたものが見えた気がした。


 あれって⋯

 そう思って店へ振り返ると、街兵士達が店先へ建てた簡易テントが見当たらない。


 再び振り返って曲がり角へ目を戻せば、皆が乗った馬車は見えず、代わりにこの間まで店先に建っていた簡易テントが張られているのが見えた。


 あぁ、新たに作る予定の交番所の前に移動したんだ。

 俺はそう思いながら店へと入って行った。



 店には外鍵が掛けられており、既にサノスとロザンナは帰ったとわかった。


 陽も落ちた時間だから帰ったんだなと思いながら、作業場の自席へ荷物を置いて直ぐに冒険者ギルドへ行くかを少しだけ考えた。


 一杯だけでも御茶を飲みたい気分だが⋯


 どうせ冒険者ギルドへ行って皆で戻ってきた事を報告したら、その後に風呂屋へ行って食堂でエールを飲むんだよな?


 ならばここでの御茶は我慢しよう。


 冒険者ギルドでの報告をさっさと終わらせて、風呂屋でさっぱりしたらエールだ。


 より喉が渇いた状態でエールを飲んだ方が美味いよな?

 なんならそれまで水分は我慢するか?


 そうすれば、大衆食堂で飲むエールが更に美味くなる気がするぞ。

 いやいや、そこまですると体に悪そうだな(笑


 そんなことを思いながら、台所で自分のマグカップへ水を出して口に含むと、なぜかやたらと美味く感じる。


 もう一口と思う誘惑を風呂上がりのエールのために振り切ったら、2階の寝室へ上がって着替えを済ませた。


 やはり普段の外出着が楽だな。


 今回の調査隊への参加では、魔の森の中へ入ることや野営することを考えて、普段は着ない装いだった。

 俺はその服装から、一時でも早く着替えたかったのだ。


 マントと伸縮式警棒を片付け、護身用のナイフを枕元に戻す。

 適当にタオルを手にして階下に降りたら、作業場を抜けて店を出る事にした。


 店の入口で外鍵と魔法鍵鍵を掛け、少し早足で冒険者ギルドへと足を向ける。


 移設された簡易テントへ目を向けると、二人の街兵士が立っているのが見えた。

 その二人が、俺の顔を見るなり王国式の敬礼を出してきた。


 俺も敬礼で応えながら二人の顔を確かめる。

 一人は店へ魔法円を買いに来てくれた若い街兵士とわかるが、もう一人は見たことのない顔だった。


「イチノス殿「お疲れ様です」」


「おう、お疲れ様。テントを移したのか?」


「はい。水回りが整ったので、今日の日中に移設しました」


 若い街兵士が笑顔で答えると、もう一人の街兵士が直立不動で王国式の敬礼をしながら口を開いた。


「イチノス殿には、我が同僚が大変に感謝しております!」


 顔を知っている若い街兵士の方は、既に馴れが出始めて固さが抜けているが、再びの敬礼を出してきた方は固い感じだ。

 どうやらこの街兵士は俺と面するのは、始めてのようだ。


 この固い街兵士が言わんとするのは、店でサノスやロザンナと御茶をしていた女性街兵士達の事だろう。

 そして若い街兵士が言う『水回り』とは、多分だがお手洗いの事を含んでいるのだろう。


「こちらこそ店を守ってもらい、サノスやロザンナがお世話になりました。感謝しているとお伝えください」


「はい! ありがたき御言葉!」

「ありがとうございます」


 固い方の街兵士が再び直立不動で王国式の敬礼を出してくるが、若い街兵士の方は笑顔で済ませてくれた。

 そんな二人へ俺は軽めの敬礼で応えて簡易テントの前を後にした。


 戸の降ろされたカバン屋の前で右に曲がり、冒険者ギルド前の通りを眺める。


 陽の残る時間なら、我が物顔で歩道に張り出されているテントも全てが片付けられ、冒険者ギルド前の通りはひっそりとした感じだ。


 野営の準備をしてくれた雑貨屋も、陽が落ちたこの時間では戸が閉められている。


 そのままガス灯で照らされる歩道を歩いて行けば、誘蛾灯のように道の両脇に殊更に明るい一角が見えてきた。


 俺の歩く右側の歩道の先に見える明かりが冒険者ギルドで、道を挟んだ反対側の明かりは大衆食堂だ。


 そのまま冒険者ギルドへ向かって数歩進んで足が止まった。


 あれ?

 魔道具屋の交番所への改装はどうなったんだ?


 振り返ってみるが、特に明るかったガス灯が見当たらない。

 この付近だよなと振り返りながら魔道具屋の看板を探すが、そんなものが残っているわけも無い。


 すると、脇の路地から出てくる人影が見えた。


 一瞬、再びの襲撃かと思ったが、その人影が声を掛けてきた。


「イチノス!」


「えっ?!」


 俺の名を呼んだのはアルフレッドの声だ。

 声の主がガス灯の明かりの下へ進むと、アルフレッドが片手をあげて現れた。


「意外と早く来れたな(笑」


「あぁ、待たせちゃ悪いと思ってな」


「俺も部屋の手配を済ませて向かうところだよ。丁度よかったな(笑」


 そうした会話をしながらも、共に足は冒険者ギルドへと向かって行く。


 アルフレッドの口にした『部屋の手配』の言葉と、彼の家業が『宿屋』であることが繋がって行く。


「戻ってくるなり家業とは熱心だな(笑」


「いやいや、リリアとシンシアに泊まって貰うためだよ(笑」


 そこまでのアルフレッドの言葉と、現れた路地で幾多の記憶が思い起こされて行く。


「二人には西街道で拾ってもらっただろ?」


「あぁ、あれには助かったな。俺は店の前まで送ってもらったしな(笑」


「その御礼で家(うち)に泊まって貰うことにしたんだ」


 アルフレッドが出てきた路地って⋯

 ヘルヤさんを宿屋へ送る際に入った路地だよな?


「アルフレッド」


「ん?」


「聞いて良いか?」


「何だよ? 急に⋯」


「アルフレッドの家業の宿屋って⋯ 『リア・ル・デイル』なのか?」


「そうだが?」


 アルフレッドの家業の宿屋は、ヘルヤさんが泊まっている宿屋だった。


〉ウィリアム様からいただいた話を

〉是非とも聞いてもらいたいのだ

〉私の部屋で一杯呑みながら話さんか?


 俺はつくづく、あの時にヘルヤさんの誘いを断って良かったと強く思った。

 そもそも、ヘルヤさんの泊まっている部屋で二人で酒を飲むなど、とんでもないことだ。


 ましてやその宿屋がアルフレッドの家業で営んでいる宿屋なのだ。


 そんなところへノコノコと顔を出したりしたら、要らぬ噂があっという間に広まり噂の火元がアルフレッドになってしまう。


 俺はあの時の判断が正しかった、一緒に歩くアルフレッドの宿屋へは、今後は近づくまい、そう強く思いながら冒険者ギルドへ足を踏み入れた。

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