16-14 俺は戻ってきた


ガタンガタン


 馬車の揺れで目が醒めた。


 馬車の荷台に掛かった幌の後方から見える景色が、西の関に到達したことを告げている。


 西ノ川を越える付近までは記憶があったのだが、荷台の壁に身を委ねて目を瞑った途端、軽く寝てしまったようだ。


 体を起こし、眠気を覚ますために外の様子を確かめると、かつて空に輝いていた陽は西街道の先にある魔の森の奥に消えようとしている。


 更に幌から顔を出して周囲を見渡せば、西の関一帯が茜色に染まろうとしていた。


 淡いピンクと紫の雲が茜色の空に浮かび、落ち行く陽に照らされて輝いているようにも感じる。

 やけにその光景が美しく見えてしまい、俺は見惚れそうになってしまった。


 この後のギルドへの報告や明日からの日常の喧騒、その先のウィリアム叔父さんからの呼び出し、同席するであろうジェイク叔父さん⋯


 寝てしまう前に目を瞑って考えていたことが、沸々と俺の心の中で沸き直してきたが、そのどれもがどうでも良いように思えてくる。


 周辺を忙しそうに歩く人々。

 そんな人々の中に、この美しい夕景に気づく人が何人いるだろうか?


 そんなことを思っていると、馬車の速度が落ちていった。


 リリアの操る馬車の動きから、関の外の載荷場には向かわないように感じた。


 西の関の門へと真っ直ぐに向かって行き、俺達を乗せたままでリアルデイルの街中へ入るのだろうかと思っていると馬車が停まった。


 やはりここで降ろされるのだろうと考え直すと、御者席の方から会話が聞こえてきた。


「リアルデイルの騎士団として問わせて貰う。サカキシルとの定期便だな?」


「そうだ」


 どうやら、西の関に常駐する騎士団とリリアが話している感じだ。


「荷は何だ?」


「冒険者ギルドへ返すポーションの瓶だ」


 木箱から聞こえていたガチャガチャした音は、ポーションの空き瓶だったのか⋯


「それだけか?」


「今回は魔物肉は無しだな」


「そうか、この間のオーク肉は美味かったぞ(笑」


「ははは、また獲れたら持ってくるよ(笑」


 なるほど、サカキシル周辺で獲れたオーク肉は、リアルデイルへ運ばれることもあるのか。


「隣に座ってるのは⋯ 冒険者のブライアンだよな」


「そうだ」


 ブライアンが素直に答えている。


「魔物討伐か何かの帰りか?」


「まあ、そんなもんだな」


「リリア、いつもの相方のシンシアは後に乗ってるのか?」


「あぁ、後に乗ってるぞ」


「乗ってるのはシンシアだけか?」


「いや、シンシアを含めて4人乗っている」


「そうか。すまんが、これも規則なんで中を見せてもらうが構わないか?」


「シンシア⋯ ワイアット、アルフレッド⋯ 騎士団と街兵士の検分だ」


 リリアが俺達の座る荷台へ向かって声を掛けてくるが、そこに俺の名が無い。

 まあ、冒険者の名前だけ挙げたのだろう。


 ブライアンは相変わらず御者席の隣なので、先程の会話で騎士団からの検分は済んだことになるのだろう。


 そう思っていると、騎士団の兵士と街兵士の組み合わせが馬車の後部から中を覗きに来た。


 荷台に乗る俺達4人を見て行く騎士団の兵士と街兵士。

 その二人が、俺の顔を見た途端に目を見開いて固まった。

 固まった二人とも、俺が出発した日に冒険者達が利用するゲートで敬礼をしてきた二人だ。


 ちょっと待て。

 こんなところで、皆がいる前で王国式の敬礼なんて出すなよ。


 そう思う間もなく、二人が俺へ向けて王国式の敬礼を出して来た。

 仕方なく俺は荷台に座ったままだが、軽く二人へ敬礼を返す。


ん?


 今、街兵士が騎士団の兵士へ肘で合図したよな?


 そう思った途端に、緊張した声で騎士団の兵士が声を上げた。


「い、イチノス殿、申し訳ありませんが規則ですので、同行者のお名前を教えてください」


 その声に最初にワイアットが応えた。


「冒険者のワイアットだ(クク」

「同じくアルフレッドだ(クク」


 お前ら、笑い声が漏れてるぞ。


「シンシアです⋯」


 そこまで言ったシンシアが俺を見てくる。

 う~ん⋯ シンシアに物珍しそうな顔で見られている気がする。


 全員が名乗りを終えた。

 サカキシルとの定期便なのだから、ここはシンシアが締めるのが妥当だろう。

 だが、俺の名を出して問いかけてきたから、俺が締めるのか?


 仕方なく俺が締めの言葉を口にする。


「お勤めご苦労様です。同行者はこれで全てです」


 俺が締る言葉を口にすると、騎士団の兵士が追いかけるように聞いてきた。


「に、荷がポーションの瓶と聞きましたが⋯」


 その言葉に空かさずシンシアが応えた。


「これです」


 シンシアの指差す先は、ガチャガチャと音をさせていた木箱だ。


 すると、それまで黙っていた街兵士が騎士団の兵士の耳元へ何かを囁いた。

 それに騎士団の兵士も応じて、二人で後ろを向いて何かを話している。


(⋯ 大丈夫じゃないか?)

(俺もそう思う⋯ )


(⋯ あらためるか?)

(いや 大丈夫だろう⋯ )


 そんな言葉が聞こえたかと思うと、話し合いが終わったのか二人が振り返り、再び揃って王国式の敬礼を出してきた。


「「これで検分を終わります!」」


 それに応えて俺も敬礼をして労いの言葉を掛ける。


「街の安全はお二人のおかげです。ありがとう」


「「ハッ!!」 ありがとうございます」


 俺が王国式の敬礼を解くと荷台に座る全員の視線を感じた。

 シンシアに至っては微妙な顔で俺を見てくる。


ん?


 御者席からも視線を感じるぞ。


 敬礼を解いて、振り返るように御者席を見れば、リリアとブライアンが慌ててニヤついた顔を隠した。



 馬車が動き出すと、途端に御者席の隣に座るブライアンがシンシアを呼んだ。


「シンシア、リリアが呼んでるぞ」


 それに応えてシンシアが御者席へと向かった。


 シンシアが姉のリリア、それにブライアンと何かを話すと、戻ってくるなり笑顔で告げてきた。


「イチノス⋯さん、姉さんが店の前まで送るって」


 う~ん⋯

 シンシア、その笑顔は少しぎこちないぞ。


 それでも、幾多の疲労を感じている俺としてはありがたい言葉だ。


 だが、何か引っ掛かるぞ(笑


「ありがとう。良いのかい?」


「検分が早く済んだ御礼だって(笑」


((ククク))


 シンシアの言葉にワイアットとアルフレッドが笑いを堪えている。

 まったくこいつらは、俺を面白おかしく見ている気がするぞ。


 まぁ、それでも店の前まで馬車で運んで貰えるのはありがたいことだ。


 そう思い直していると、シンシアがアルフレッドの隣に座り何かを話している。

 シンシアが、アルフレッドへ『ウンウン』と頷きつつ、時々、俺へ視線を向けてくる。

 これはアルフレッドと話しているのが、明らかに俺の話題なのだろう。


 騎士団の兵士と街兵士が揃って俺に向かって敬礼を出してきたのだ。

 多分、その事でアルフレッドがシンシアへ何かを話しているのだろう。


 それにしても、シンシアは何歳なんだろう。

 見るからに、サノスやロザンナよりも年上に感じるのだが、どこか幼い感じもする。


 ヴァスコやアベルよりも歳上だとは思うが⋯

 まあ、その内、知ることになるだろう。


 そう思いながら荷台の後から外へ目をやれば、西町幹部駐兵署の前に立つ街兵士が見えた。


 ガス灯の明かりの中での仁王立ちは、やや厳(いか)つい感じもするが安心感もある。


 あぁ、俺はリアルデイルの街へ戻ってきたんだ。


 魔物が出るやも知れぬ魔の森へ入り、古代遺跡を開け、魔物が湧き出るダンジョン入口を見つけた。


 俺はそれらから無事に帰って来ることができたのだ。

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