16-13 ワイアットの溜め息


 西街道の端を歩く俺達を、黒塗りの馬車が追い抜いて行く。


 なんの躊躇いもなく追い抜いて行くその馬車には、ジェイク叔父さんの紋章が掲げられていた。

 そして馬車の従者台には、騎士服を着た者が2名立っていた。

 騎士の装いに目をやれば、やはりジェイク叔父さんの紋章が見て取れた。


 先鋒に騎乗した騎士、従者台に二人の騎士を乗せ、しかも紋章まで掲げた黒塗りの馬車。

 ますます、ジェイク叔父さんが乗っていることが確定して行く感じだ。


 前を行くアルフレッドとワイアットは足を停めて脇に退け、黒塗りの馬車をやり過ごしている。


 アルフレッドは黒塗りの馬車を見送るように視線を向けているが、ワイアットは顔を伏せつつ馬車を見ないようにしている感じだ。


パカパカ ガラガラ


 黒塗りの馬車に続いて、2頭立ての小綺麗な幌馬車が俺達を追い越していった。

 小綺麗な感じの幌馬車であることから、前を行く黒塗りの馬車に乗った者達の荷物を運んでいるのだろうと伺える。


ガラガラ パカパカ


 まだ馬の足音と馬車の音がして思わず振り返ると、後ろにこれまた2頭立ての荷馬車が3台見えた。


 3台の荷馬車は、先に俺達を追い抜いた2台とは違って、そのどれもが埃を纏って汚れている感じがする。

 追い抜いて行く3台の荷馬車は、荷馬車であることから荷台の積み荷が外から丸見えで、どれもが黒一色だ。


 これは石炭を運ぶ石炭馬車か?

 サカキシルの向こう、ジェイク領の石炭街から石炭を運んできた石炭馬車のようだ。


ん?


 その後ろに見える2頭立ての幌馬車は、サカキシルの定期便じゃないのか?


 御者席に座って手綱を持っているのは、間違いなく西ノ川で顔を合わせた女性冒険者のリリアさんだ。

 だとすれば、あの幌馬車は間違いなくサカキシルとの定期便だ。



 結果的に、西街道の道幅が広くなる馬車停まりで、俺達4人はサカキシルの定期便に拾ってもらえることになった。


 追い抜いて行った黒塗りの馬車と、それに続く幌馬車は馬車停まりに寄ることなく、西ノ川へと向かって行った。

 3台の石炭馬車も、そんな2台を追うように西ノ川へと向かって行った。


「シンシア、ありがとうな」

「リリア、助かったよ」


 アルフレッドとブライアンが、冒険者姉妹の二人へ礼を述べながら馬車の荷台へと乗り込んで行く。


「二人とも、ありがとうな」


 ワイアットも、アルフレッドとブライアンの尻馬に乗るように、お礼の言葉を告げて乗り込んだ。


「リリアさん、シンシアさん、助かりました」


「「?!」」


 最後に俺が乗り込んで二人へ礼を告げると、リリアさんとシンシアさんが、二人揃って微妙な顔を見せてきた。

 俺は、何か失礼な言葉でも口にしたのだろうか?


「ククク イチノスさん。私も『さん』付けで呼んだ方が良いかい?(笑」


あっ?!


「リリア、シンシア。助かったよ(笑」


「ククク 私らはその方が気が楽だよ(笑」

「私もそれがいいです(笑」


 リリアの指摘に慌てて言い直せば、二人ともニッコリと笑ってくれた。

 どうやら姉のリリアも妹のシンシアも『さん』付けが気になっただけのようだ。


 冒険者同士は呼び捨てが当たり前だから、男だろうが女だろうが関係ないんだな⋯


「姉ちゃん、行こう」

「おう、後(うしろ)は頼むぞ」


 妹のシンシアの声に応えた姉のリリアが、御者席から馬へ手綱で合図を送ると馬車が動き始めた。


 乗り込んで早々に、ブライアンは御者席の隣へ座り、リリアとお喋りを始めている。


 荷台後方では、アルフレッドとシンシアが後方の外を警戒しながらお喋りを始めた。


 荷台に置かれた積み荷は木箱が3つ。

 その木箱からガチャガチャと音がする。

 馬車が揺れる毎に陶器がぶつかるような音がする。

 多分、ガラス瓶か何かが入ってるのだろう。


 その音を聴きながら、俺は荷台に胡座をかいて座り込んだ。

 すると、俺と同じ様に荷台に座り込んだワイアットが話し掛けてくる。


「なぁ、イチノス」


「ん?」


「さっきの黒い馬車だが⋯ ジェイク様が乗ってるよな?」


 いきなり、考えたくない事をワイアットが口にした。

 まさかとは思うが、ワイアットは俺とジェイク叔父さんの関係を聞き出したいのだろうか。

 ここは出来うる限り冷静に応えた方が良さそうだ。


「多分、乗ってるな。護衛の騎士もいたから、まず間違い無いだろうな」


「はぁ~」


んんん?


 どうしてワイアットが溜め息をつくんだ?

 明日からの事を考えると、俺の方が溜め息をつきたいのだが⋯


 それでもワイアットの溜め息を珍しく感じた俺は問い返してみた。


「どうしたんだ? 何か気になるのか?」


「う~ん この後、ギルドへ報告に行くだろ?」


「まぁ、行くんだよな⋯」


「そこでの話し次第なんだが⋯」


 そこまで言ったワイアットが御者席のリリアヘ目をやり、続けて後方を警戒するシンシアへ目をやった。


 なるほど。

 俺達が古代遺跡の調査で魔の森へ入ったことは、リリアとシンシアには聞かせない方が良いというわけだ。

 ましてやダンジョンの入口が見つかった話しなんて、二人には聞かせられないというわけだ。

 これはそうした事にも気づかって、言葉を選びながら会話する必要があるな。


「ワイアット、すまんが何をどう話すかは、俺はワイアット達に任せるぞ」


「そうか⋯ はぁ⋯」


 俺としては無難な答えをしたつもりだが、ワイアットが再び溜め息を漏らして黙り込んでしまった。


 ワイアットが、再びリリアとブライアン、そしてアルフレッドとシンシアを見た気がする。


 いや、違うな⋯

 ワイアットは、ブライアンとアルフレッドを見ているんだ。


 そう思った時に、再びワイアットが口を開いた。


「イチノスは、ウィリアム様に呼び出されると思うか?」


 な、何を言い出すんだ!

 俺が一番避けたいことを聞いてくるんじゃない!


「ほら、今回の件をギルマスへ話すだろ?」


「ま、まあ⋯ そ、そうなるよな⋯」


「追加を出させるためにも話すだろ⋯」


「そ、そうなるよな⋯」


「するとだ、その話しが届くと呼び出されるよな⋯」


 あ、あり得る話だ⋯


 それでも俺は逃げるぞ。

 皆には悪いが、俺は無理矢理にでも用事を作って逃げるぞ。


「明日はないと思うが、早ければ明後日には呼び出されるだろうな⋯」


 ワイアット! 具体的な日程まで言い出さないでくれ!

 ダメだ、自分で自分が動揺しているのがわかる。

 まずは、落ち着こう。


スゥー ハァー


 軽く深呼吸して、今、何を考えるべきかを考えよう。

 ワイアットの言うとおりに、ウィリアム叔父さんからの呼び出しがいつになるかだ。


 今日は⋯ 5月28日(土)だよな?


 5月29日(日)明日

 5月30日(月)明後日

 5月31日(火)⋯


 確か、31日は魔石の入札で商工会ギルドへ行く必要があったよな?

 この日なら逃げる口実が整いそうだ。


 明日と明後日だと何も口実が立たない⋯

 やはり何か口実を作る必要があるぞ。


「はぁ⋯」


「う~ん⋯」


 思わずワイアットの溜め息に合わせて悩んでしまった。


「二人ともどうしたんだ?」


 するとアルフレッドが声を掛けてきた。


「いや、さっきの黒塗りの馬車を見ただろ?」


 ワイアットがアルフレッドへ応えて行く。


「あぁ~ あれか?(ククク」


「どう見ても、ジェイク様が乗ってる気がするんだ」


「確かに、馬車にジェイク様の紋章があったな(ククク」


 なんだ?

 アルフレッドが笑いを堪えているぞ?


 すると、アルフレッドと共に後方を警戒していたシンシアが、話しに混ざってきた。


「ジェイク様がどうかしたの?」


「「⋯⋯」」


 ワイアットと二人で思わず黙ってしまった。


「シンシア、ワイアットがジェイク様が気になるらしいんだ(ククク」


「あの馬車の事?」


「そうだ、シンシアならわかるかな?」


「ジェイク様の何が気になるの?」


「昨日の夜、サカキシルにジェイク様は来てたのか?」


 そうか!

 リリアとシンシア姉妹はサカキシルの宿屋の娘だ。

 ジェイク叔父さんがサカキシルで宿を取ったかどうかを知ってる筈だ。


「う~ん⋯ 言えない!」


「おっ! さすがは宿屋の娘だな(笑」


 アルフレッドが褒めると、シンシアは後方の警戒へと戻ってしまった。


 そうだよな⋯

 アルフレッドの家は宿屋だし、シンシアの家も宿屋だ。

 宿屋の者が、誰が泊まったかを口にするわけがないな。

 しかも、シンシアも冒険者としての活動をしているなら、余計に口が固いはずだ。


 だが、シンシアの様子からして、ジェイク叔父さんがサカキシルに宿を取ったのは丸わかりだな(笑


「はぁ~」


(ククク)


 再びワイアットの溜め息が聞こえ、それに笑いを堪えるアルフレッドの声も聞こえた。

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