16-12 黒塗りの馬車


 俺達4人は、後ろから迫る黒塗りの馬車の邪魔にならないよう、西街道の端を再び歩き始めた。


 それでも黒塗りの馬車にジェイク叔父さんが乗っている気がして、振り返りはしないがチラリと見てしまう。


 考えてみれば、ジェイク叔父さんがリアルデイルの街へ来ても、何もおかしくはない。


 ウィリアム叔父さんとジェイク叔父さんは兄弟な上に、隣合った領主同士なのだ。

 それに、こうして歩いている西街道には、近い将来、アンドレアの提案で馬車軌道を通そうとしている。


 国王の勅命で街道整備の話が出ているぐらいだから、そうしたことも含めて、領主同士で擦り合わせのための話し合いもあるだろう。


 俺が面倒くさいと感じるのは、ジェイク叔父さんとウィリアム叔父さんが一緒になって、俺を呼び出して来ることだ。


 俺はついこの間、ウィリアム叔父さんの呼び出しを断っている。


 下手に叔父さん達の呼び出しに応えてしまうと、二人とも、領主の仕事を手伝えと言い出す可能性が高いからだ。

 只でさえ、この間のウィリアム叔父さんの公表で、俺は来月から訳のわからない『相談役』に任命されているのだ。


 思い返せば1年前、母(フェリス)を頼ってリアルデイルの街へ来る途中、ウィリアム領の領都でウィリアム叔父さんに顔を見せに寄った。


 その際に、ウィリアム叔父さんから、とんでもない打診をされたのだ。


『リアルデイルの街の領主代行をしないか?』


 あの時、俺はウィリアム叔父さんの気がふれたのかと思ったほどだ。


 この王国で領主代行を務めるということは、政(まつりごと)の世界へ足を踏み入れることを意味する。

 そして政(まつりごと)の世界へ足を踏み入れるということは、貴族の世界へ足を踏み入れることも意味する。


 俺はその場でウィリアム叔父さんの誘いを固く断った。


 貴族の継承権を放棄したハーフエルフの俺が、リアルデイルの街で領主代行を務めるなんて、とんでもない事だと固く断ったのだ。


 そんなことを俺が受け入れたら、領主代行を命じたウィリアム叔父さんの貴族としての評判に、傷を付けてしまうと考えたからだ。


 俺は貴族で人間の父親(ランドル)とエルフの母親(フェリス)の間に生まれたハーフエルフだ。

 格別にハーフエルフとして生まれたことに恨みを抱いているわけではない。


 けれども、この王国には根強い人種差別の意識があり、それが貴族の中には深く根を張っているのだ。


 今の国王の政策で、ワイアット達の年代ぐらいから、どうにか別け隔て無く人種を意識せずに接して貰える。


 それでも人間種族以外が政(まつりごと)に関わるのを、人間種以外が貴族の世界に足を踏み入れるのを認めないと言い出す貴族連中は、腐るほどいるのだ。

 その事を、俺は魔法学校時代に強く感じたしハッキリと学んだ。


 俺はウィリアム叔父さんへ、そうしたことを切々と話し、何とか理解してもらい、領主代行の話は諦めてもらったのだ。


 俺を登用してくれる気持ちは確かに嬉しかった。


 けれども、忙しかった父(ランドル)に代わって、幼い頃から俺を可愛がってくれたウィリアム叔父さん。

 そんな恩のあるウィリアム叔父さんの貴族としての評判に、俺の領主代行への登用で傷など付けたくない。


 最後にそうした思いをハッキリと伝えたことで、ウィリアム叔父さんは折れてくれた。


 あの時の俺は、魔導師がいないリアルデイルの街で、何物にも縛られずに魔法や魔法円を研究しながら過ごそうと思っていた。


 その後、実際にリアルデイルの街へ来て、穏やかに過ごすことができた。

 そんな穏やかな日々も、ジェイク叔父さんの登場で終わりを告げた。


 急にウィリアム叔父さんが領都からリアルデイルの街へ来て、これまた急に訪れたジェイク叔父さんを迎えた。

 当時の俺は、母(フェリス)の住まいであるウィリアム叔父さんの領主別邸で過ごしていたので、叔父さん二人から逃げることは叶わなかった。


 1年前のあの時、ウィリアム叔父さんがリアルデイルへ来たのは母(フェリス)に会いに来たのだろうと思っていたが、ジェイク叔父さんが俺に会いに来たのには驚いた。


 更に驚いたのは、ジェイク叔父さんまで、俺を自領の街の領主代行にしたいと言い出したことだ。


 あの時は、同じ様な領主代行の話を俺が断ったいきさつを、ウィリアム叔父さんがジェイク叔父さんへ話してくれた。

 言わばウィリアム叔父さんがジェイク叔父さんを説得した形で、何とかジェイク叔父さんも納得してくれた。


 納得はしたが諦めきれないのか、ジェイク叔父さんが信じられない提案を出して来た。

 その提案とは、ジェイク叔父さんの、お抱え魔導師はどうかと言うものだった。


 これには、一瞬、俺も心が揺らいだ。


 ジェイク叔父さんの治める辺境領には、まともな魔導師が一人もおらず、俺からの協力が欲しかったらしい。


 だがその話し合いの中で、ウィリアム叔父さんが言い切ったのだ。


『イチノスはリアルデイルで店を持つ予定だ』


 確かにあの時、俺が店を持つ話は母(フェリス)から出ていて、その場しのぎな話ではなかった。


 そして、リアルデイルの街で俺が店を構える話が出た事で、ジェイク叔父さんとウィリアム叔父さんの二人が言い争いになりかけたのを思い出す。


 確かにジェイク叔父さんもウィリアム叔父さんと同様に、忙しかった父(ランドル)に代わって俺を可愛がってくれた。


 そんな二人に、俺の事で言い争いはして欲しくなかった。


 一年前のあの時の事を思い出すだけで、何故か俺はモヤモヤした気持ちになる。


 二人が俺を登用したいという気持ちは正直に言って嬉しい。

 それを無下に断るのは、誉められることではないのもわかっている。


 それでも人間種以外である俺を、政(まつりごと)へ登用しようとする二人の考えに、俺は二の足を踏んでしまう。


 それに俺は、魔法や魔法円への研鑽を重ねたい思いが強いのだ。


 実際に魔法研究所を退所したのも、研究所が産業化へ大きく舵を切り、魔法や魔法円への研究に時間を割けなくなり始めたからだ。


 この後、リアルデイルの街へ戻って、ジェイク叔父さんとウィリアム叔父さんが揃った場になど顔は出したくない。


 二人が揃って蒸し返すように、政(まつりごと)へ関わる要請を言い出す気がしてならないのだ。


 ましてや俺は、領主であるウィリアム叔父さんの命令で、訳のわからない『相談役』に任命されている。

 その事をジェイク叔父さんが知ったら、かなり荒れそうな気がする。


 二人が揃えば確実に酒を飲むだろう。

 そんな場で二人が言い争う姿など見たくもない。


 それに、ウィリアム叔父さんもジェイク叔父さんも、少々、酒癖が悪い帰来がある。


 何度か一緒に酒を飲んだが⋯

 二人とも酒が進むと、一緒になって俺に絡んで来るのだ。


『小さい頃からイチノスを可愛がったのは俺だよな、イチノス』


『いやいや、兄さんより俺の方が可愛がったよ。なあ、イチノス』


 そんな感じで二人の酒の肴にされつつ、返事に困る話を持ち出されるのは避けたい気分なのだ。


 そんな二人、俺の事で言い争いを始めるかも知れない二人だが、決して仲が悪いわけではない。

 むしろ俺の知る限り、仲が良すぎる兄弟だと俺は感じている。


 何よりも二人ともに自領の発展だけを望むような領主ではない。

 兄弟と言うこともあるとは思うが、互いに手を組み互いに手を取り合い、各々の領土を発展させ、そこに住まう庶民の幸せ考えているのを強く感じるのだ。


 今の俺には、リアルデイルで始めた暮らしが整いつつある。


 ワイアット達のような冒険者達との交流も出来てきたし、魔導師としてサノスの弟子入りも引き受けている。


 皆と一緒に暮らすリアルデイルでの日々は、俺の心の平穏の基礎に成りつつあるのだ。

 そんな平穏な日々に別れを告げて、政(まつりごと)に関わる一員に転じる姿を、交流のある皆に見せたくない思いもある。


 もう今の俺は、出自が貴族だという義務だけを背負った、一般的な庶民なのだ。

 そしてエルフの血筋であることから、その長いであろう人生を、一人の魔導師として送りたい思いが湧いているのだ。


 そんなことを考えていると、俺達を黒塗りの馬車が追い抜いて行く。


 なんの躊躇いもなく追い抜いて行くその馬車には、ジェイク叔父さんの紋章が掲げられていた。

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