16-11 西街道へ戻れました
古代遺跡を離れ、俺達4人は魔の森の森林へ足を踏み入れようとしている。
古代遺跡へ向かう際に、最初に『何かを越える』感じを受けた付近で、黒っぽい石が並んでいないかを探そうと思ったが諦めた。
アルフレッドが天蚕糸を巻き付けた石柱の付近は、若干、開けていた記憶があったので、直ぐに探せると思った俺の考えが甘かった。
多分だが、黒っぽい石は地面に埋まっていて、その上を草木や土が被ってしまい、単純に地面を眺める程度では見つけられないのだ。
石柱周辺で、行ったり来たりをして探そうかとも思ったが⋯
ワイアット達が魔の森を抜ける為に装備を直す様子を見て、俺は黒っぽい石を探すのを諦めた。
ここまで背負ってきたリュックの中には、黒っぽい石を含んだ瓦礫がある。
重いのを堪えてここまで運んできたのだ。
これを持ち帰って調べれば済むことだと考え直して諦めることにした。
皆の準備が整ったところでワイアットが声を掛ける。
「ここからは来た時と同じ並びで行くぞ。それとイチノス、森を抜けて街道に出るまで、お喋りは無しで頼むな」
「わかった」
「じゃあ、行くぞ!」
「「おう!」」
そうして俺達は魔の森へと足を踏み入れた。
◆
「は~」
魔の森の森林を抜けて西街道へ出たところで、俺は思わず膝に手をつき前屈みになって大きく息を吐いてしまった。
背中のリュックに入れた瓦礫が重すぎる。
どうして俺は、こんなものを持って帰ろうと思ったんだと、後悔してしまった。
「イチノス、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ。すまんな⋯」
膝に手をつき息を整える俺に、後ろを歩いていたブライアンが、気遣いの声を掛けてくれた。
この程度で息が切れる俺が、心許ない感じなのだろう。
アルフレッドに目をやれば、街道脇の石柱に天蚕糸を巻き付けている。
その脇では、ワイアットが周囲を警戒している感じだ。
天蚕糸を巻き付け終えたアルフレッドがブライアンへ問い掛ける。
「ブライアン、リリアとシンシアを待つのか?」
「いや、歩きながら行こう」
アルフレッドとブライアンの会話に、サカキシルからの定期便が通ることを思い出した。
正直に言えば、今直ぐにでも目の前に馬車に来て欲しい気分だ。
だが、既に通り過ぎている可能性もあるし、本当に今日、この時間に定期便の馬車が来る保証はどこにもないのだ。
そうした不確かなものを当てにして、待ち続けるわけにも行かない。
「イチノスは、歩けるよな?」
「あぁ、大丈夫だ」
「よし、ワイアット、行けるぞ」
アルフレッドの声を合図に、全員で西ノ川へ向かって歩き出した。
歩き出しはしたが、それでも定期便の馬車が来ないだろうかと、振り返ってサカキシル方面へ目を向けてしまう。
傾き行く陽が、今にも魔の森の森林に掛かりそうだ。
あの陽の高さなら、なんとか明るいうちにリアルデイルの街へ戻れると思う。
明るいうちにリアルデイルへ辿り着くには、何もせずに定期便の馬車を待つよりは、街へ向かって歩いて行くのが正解だ。
そう考え直し、リアルデイルの西の関、いや、まずは西ノ川へ向かって皆と一緒に歩いて行く。
ここへ来る際に、ワイアット達は周囲を見渡す事が多かったが今は違う。
それとなく魔物の出現に警戒しいている感はあるが、ひたすら西ノ川の方へ向かって歩いて行く。
ワイアットとアルフレッドが前を歩き、それに俺が続いて、後ろにブライアンの隊列で西街道を歩いて行く。
時折、前を行くワイアットとアルフレッドが何かを話している。
聞こえてくるのは、この後に風呂屋へ行ってエールを飲む話のようだ。
俺も同じことを考えていたので、後ろを歩くブライアンへ、この後の風呂屋を問い掛ける。
「ブライアン、街へ戻ったら風呂屋か?」
「おう! まずは風呂屋だな」
「その後は食堂でエールだよな?」
「そうだ⋯ いや⋯ アルフレッド!」
一時(いっとき)、肯定したブライアンだが、前を行くアルフレッドを呼び止めるように声を出した。
「どうした?」
「この後の風呂屋はどっちへ行くんだ?」
「それかぁ~ ワイアットと話してたが、今回は西町だな」
「なんだよ、南町じゃないのか?(笑」
「ククク ワイアット、ブライアンが南町を希望らしいぞ?(笑」
ドカドカ
ドカドカ
そんな話をしていると、後ろから馬が走ってくる音がした。
その音に慌てて振り返ると、がたいの良い、騎馬隊が使いそうな馬が俺達の方へ向かって走ってくる。
しかも、その馬には騎士服を着た者が乗っている。
それに気が付いたブライアンが声を出す。
「イチノス、道を空けろ!」
ブライアンの声に道の脇に寄ると、走ってきた馬が速度を落として俺達の側で止まった。
馬に乗ったままで、騎士服を纏った男が大きな声で問い掛けてきた。
「どこの者か!」
騎士服を纏った男の声がキンキンと頭に響くのと、その口ぶりにムカつく自分を感じる。
騎士服の男の口調が、かなり慇懃無礼に感じてしまったのだ。
領主に支える騎士だからと、こうした口調で庶民へ問い掛けるのは、何かを履き違えていないかと感じてしまう。
それでもブライアンは怯まず、強い口調で応えた。
「リアルデイルの冒険者だ!」
「ここで何をしている!」
ブライアンの返事に負けずに応える騎士服の男の言葉が、更に耳に障る。
あぁ⋯ ますます嫌な口調だ。
未だにこうした、何かを勘違いした騎士がいるんだなと嫌気が差してくる。
それとなく顔を見れば若い感じがする。
もしかして、アイザックのように新卒(しんそつ)で新任(しんにん)で新着(しんちゃく)の騎士だろうか?
ウィリアム叔父さんの騎士団に就いたばかりの騎士の一人かも知れない。
ウィリアム叔父さんの騎士団の一人だとすれば、ワイアット達一般庶民へ慇懃無礼な口調で問い掛けるのはやめて欲しいぞ。
そう思って騎士服の男の胸元に見える紋章に目が行き、俺は軽く固まってしまった。
ジェイク叔父さんの紋章
おいおい、ジェイク叔父さんのところの騎士なのか?
この騎士はサカキシルの方から来たからあり得ないことじゃ無い。
ジェイク叔父さんの抱えている騎士だとしたら、お願いだから、恥ずかしい行動や物言いは尚更やめて欲しい。
ここはウィリアム叔父さんが治めるウィリアム領だ。
確かにウィリアム叔父さんとジェイク叔父さんは兄弟だが、それでも他の領主の土地だぞ。
他の領主の土地で、騎士団の団員が他領の領民へ無礼をはたらくのは感心しないんだが⋯
そんなことを思っていると、ブライアンと騎士服の男のやり取りが終わったようだ。
「魔物討伐、ご苦労である」
ブライアンが騎士服の男と、上手く話をまとめてくれたようだ。
それにしてもこの騎士服の男の声が大きい。
ブライアンの声が聞き取れないのに、騎士服の男の声だけが、キンキンと頭に響く感じだ。
「これから通る馬車の邪魔にならぬようにせよ!」
騎士服の男がそう告げると、馬の向きを戻して今来た方へと戻ろうとしたが、一瞬、男の視線が俺へ向かった気がする。
その視線から逃れるように、思わず俺は軽く顔を背けてしまった。
嫌な予感が沸き上がる。
ここでジェイク叔父さんが現れたりしないよな?
そんなことを思いながら後ろへ目をやると、西街道の向こうから黒塗りの馬車がこっちへ向かって来るのが見えた。
しかもその馬車を引く馬が4頭で、その馬が明らかに質の高そうな気がする。
あぁ⋯
明らかに貴族が使いそうな馬車だよ。
「イチノス⋯」
「ん?」
「あの騎士ってジェイク様の紋章を着けてたよな?」
あぁ⋯ ワイアットは気が付いたのね⋯
「そうみたいだな」
「もしかして後ろから来てる馬車に、ジェイク様が乗ってるのか?」
いや、俺は知らないんだが⋯
「おいおい、あの馬車にジェイク様が乗ってるのか?」
ブライアン、お願いだから俺に聞かないでくれ。
「もう少しで馬車停まりだ。そこまで行けば道幅も広くなる。とにかく、邪魔にならないように脇を歩こうぜ」
うんうん。
アルフレッドの言うとおりだ。
もう少し行けば、西ノ川の手前で街道が拡がる場所だ。
俺達は西街道の脇を、後ろから来る黒塗りの馬車の邪魔にならないように歩いて行くことにした。
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