16-10 いよいよ撤収です
残った焚き火を起こし直し、湯を沸かして皆で紅茶を楽しむ。
紅茶の茶葉は、今回もアルフレッドが出してくれた。
調査隊の皆で一緒に紅茶を楽しむのは、これが最後になるだろう。
この後、薄暗い通路を抜けて古代遺跡の外へ出たならば、周囲は魔物が出てもおかしくない魔の森だ。
必ず誰かが警戒に立つ時間がやってくるのだ。
天井の明かり取りから強く日が差し、大広間に積もった長年の埃を浮き立たせている。
なぜか、その様子に俺は強く心が惹かれている。
俺の注意というか、興味が強く大広間へ向かっているから、気になってしまうのだろう。
そんなことを思っていると、アルフレッドがしみじみと語り始めた。
「それにしても、本当にダンジョンが見つかるとはな」
「あぁ、お宝が楽しみだ」
「おいおい、ブライアンはもうダンジョンのお宝か?(笑」
「そりゃあ期待するだろ。手付かずのダンジョンだぞ」
そんな二人の会話へ、ワイアットが割り込んできた。
「まずはどんなダンジョンかの調査が先になるだろうな」
「ワイアットの言うとおりだな。また、調査隊を組む話しになるんじゃないのか?」
「その付近はギルドに報告してからだな」
アルフレッドの投げ掛けに、ワイアットが冒険者ギルドを持ち出して答えて行く。
それを聞いていたブライアンが、面白いことを口にする。
「そう言えば、ギルドとダンジョン発見の報酬を決めてなかったよな?」
「そうだ! 決めてない!」
ブライアンの話にアルフレッドが色めき立ち、ワイアットへ詰め寄る。
「ワイアット、そのまま報告するのか?」
「う~ん⋯ 確かにアルフレッドの言うとおりに、そこは上手くボカして追加報酬を引き出したいな」
ワイアットが答えつつ俺を見てきた。
それに合わせて、アルフレッドとブライアンも俺を見てきた。
アルフレッドとブライアンの二人は、冒険者ギルドからのダンジョン発見の報酬を考えているのだろう。
だが、ワイアットは、領主であるウィリアム叔父さんからの報酬を期待しているような気がする。
いや、3人とも領主であるウィリアム叔父さんからの報酬を期待しているのだろうか?
領主であるウィリアム叔父さんにしてみれば、自領でダンジョンが見つかると言うのは朗報だろう。
魔石の供給源が得られることは悪くない知らせだ。
ん?
もしかして、皆は俺とウィリアム叔父さんの繋がりに期待しているのか?
俺を介して、ウィリアム叔父さんからダンジョン発見の報酬を引き出したいのか?
だとすれば、ここでの俺からの返事は中庸な言葉が良さそうだ。
「わかった。俺からは何も言わないから安心しろ(笑」
「うんうん」「う~ん⋯」(ククク)
ブライアンは正直に頷くが、アルフレッドが少し悩み、ワイアットが笑いを堪えた。
ブライアンが俺の言葉に安心したのか話を続けてくる。
「ギルドから追加報酬を貰って、それで装備を整え直したいところだな」
そんなブライアンの思いにアルフレッドが答えて行く。
「ブライアン、良いことを言うな。確かに次回があるなら装備を考えないとな」
「縄梯子にロープだろ、松明用の油も多めに必要だよな」
そう答えたブライアンが俺に話を振ってきた。
「そうだ、イチノス。あの二つを売ってくれるか?」
「あの二つ?」
「ほら、砂にするやつと石にするやつ」
「あぁ、良いぞ。ここで渡すか?」
「いや、荷物が増えるから街へ戻ってから店へ顔を出すよ(笑」
そんな感じで、アルフレッドとブライアンがダンジョン発見に伴う、幾多の期待を次回の探索を絡ませて口にする。
彼等にとっては、今回のダンジョン発見は良いものなのだろう。
冒険者である3人は、冒険者なりのダンジョンへの思いがあるのは理解できる。
けれども魔導師である俺としては、今後のダンジョン探索には強い興味を抱いていないのが本音だ。
むしろ、今の俺は、目の前に見える大広間の黒い縁取りを確かめたい。
「さて、そろそろここも出ようぜ」
「そうだな。明るい内に帰りたいからな」
そう告げたアルフレッドとブライアンが立ち上がり、荷物の整理を始めようとした。
そんな二人へワイアットも続こうとするが、俺はそれを呼び止めた。
「ワイアット、ちょっと頼まれてくれるか?」
「ん? なんだ?」
「あの大広間⋯ まあ、俺が『大広間(おおひろま)』と勝手に呼んでるんだが、そこにも黒っぽい石が見えるだろ?」
「黒っぽい石? あぁ⋯ イチノスは、あれでも試したいのか?」
「そうだ、すまんが頼めるか?」
「良いぞ。跨ぐだけだろ? 簡単なことだ」
ワイアットと二人で大広間へ歩み寄る。
大広間は、周囲よりも小上がり程度の一段高いところにあり、白い大理石が敷き詰められている。
そしてその縁取りに黒っぽい石が填められており、俺の目的は、この黒っぽい石の縁取りを跨いでみることだ。
まずはワイアットへ跨いで行く順番を伝えて行く。
「今度は俺から入るから、後に続いてくれるか?」
そう告げて、俺は神経を研ぎ澄ましながら、黒っぽい石の縁取りを跨いで大広間へ足を踏み入れた。
やはり感じる。
この感じは、あの『何かを越える』感覚だ。
「イチノス、どうだ?」
「おう、ワイアットも頼む」
俺の声に誘われて、ワイアットも黒っぽい石の縁取りを跨いで大広間へ足を踏み入れた。
ワイアットは何かを感じただろうか?
「どうだ?」
「いや、何も感じないぞ?」
「そうか⋯ すまんな。変なことにつきあわせて」
「気にするな、それより荷物を纏めようぜ」
そう告げたワイアットは、何事も無かったように自分の荷物へと向かって行く。
そして埃の積もった大広間には、俺とワイアットの足跡だけが残った。
◆
皆で協力して通路入口に張られた罠を片付け終えると、松明を片手にワイアットが告げてきた。
「並びは入ってきた時と同じで俺が先頭で次がアルフレッド、そしてイチノス、殿(しんがり)がブライアンで行くぞ」
ワイアットの言葉に従った順番、入ってきた時と同じ順番で、薄暗い通路へと入って行く。
カラカラ
アルフレッドの手にする糸車の音が通路に響いて行く。
ザシュザシュ
皆の足音も通路へ響いて行く。
暫く進めば、薄暗い通路の向こう側、開け放たれた石扉からの明かりが見えてきた。
ワイアットが最初に出てアルフレッドが続いて行き、俺も注意しながら黒っぽい石の並びを越えるが何も感じない。
むしろ外の明るさがありがたくかんじてしまう。
俺が外に出た途端に、後ろを歩いていたブライアンが直ぐに俺を追い越し、ワイアットと並んで周囲を見渡して行く。
「ワイアット、また警戒を頼めるか?」
「おう、任された」
ワイアットの答を得たブライアンが振り返って告げてくる。
「イチノス、アルフレッド、ここも直ぐに閉めるぞ」
先ほどと同じ組分けで、石扉を閉めるための準備を始めた。
◆
アルフレッドとブライアンが石扉を押して閉め始め、俺は直ぐに水と砂を混ぜてセメントを作って行った。
古代遺跡入口の石扉には、上段、中段、下段の3ヶ所に石板に刻まれた魔法円がある。
ブライアンが石扉の合わせ目や石板の裏へセメントを塗り込み終えたところで、石扉を閉め直し、魔法円へ魔素を流していった。
下段と中段の魔法円は、俺とアルフレッドとブライアンの3人で魔素を流した。
二人とも俺と組んだからか、きちんと胸元の魔石から魔素を流していた。
残る上段の魔法円に魔素を流す段階で、アルフレッドとブライアンには警戒に当たってもらい、俺とワイアットで流すことにした。
ワイアットと二人でそれぞれ台の上に立ち、魔素注入口へ手を添える。
「流すぞ!」
「おう」
ワイアットの合図に応えて両手で魔素を流して行く。
中段や下段と同じ様に、魔法円が刻まれた石板が石扉へ向かって張り付くように動いて行く。
何事もなく、無事に3ヶ所の魔法円へ魔素を流して石化を終わらせ、古代遺跡の入口を閉じ直すことができた。
後は魔の森を抜けて、西街道をリアルデイルへ向けて歩いて行くだけだ。
空の日は真ん中を越えている。
これなら何とか明るい間にリアルデイルの街へ戻れそうだ。
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