16-9 石扉を閉めます


 アルフレッドとブライアンの二人がダンジョン突入を諦めた笑い声を出した所で、ワイアットが締めの言葉を口にする。


「よし、撤収するぞ」


「そうだな」


「今回は、ここまでだな」


 3人が撤収に同意したところで、ワイアットが聞いてきた。


「イチノスは⋯」


「安心しろ。俺も撤収に同意するから(笑」


「ハハハ」「カカカ」「ハハハ」


 俺の返事に皆が笑い声で応えた。


 皆に笑いが出たところで、ブライアンが『部屋』の入口の石扉を指差しながら、確認するように聞いてくる。


「イチノス、閉じる時には砂が必要なんだよな?」


「そうだな。砂に水を混ぜて扉の合わせ目へ塗る必要があるな」


「開ける時に出た砂だけじゃ足りないよな?」


「そうだな、出来れば多めに欲しいな。回収できていない砂もあるだろうから⋯」


 すると、ブライアンが消えかかった松明を、ダンジョン入口周辺に散らばる瓦礫の一つへ向けた。


 ん?


「この瓦礫も古代コンクリートだと思うんだ。あれを使えば、これで砂は作れるよな?」


 ブライアンの松明で照らされた瓦礫に俺は気になるものを見た。

 瓦礫の所々に黒っぽい石が入っているような感じがしたのだ。


「じゃあ、俺が見張るから二人で何個か運んでくれるか?」


「「おう、任された」」


 俺が瓦礫の黒っぽい石に目を奪われていると、ワイアットが瓦礫を運び出す提案をしてくる。


 その提案に二人が答えると、アルフレッドが俺に向かって松明を渡してきた。


「イチノス、すまんが足元を照らしてくれるか?」


「おう、そうだな⋯」


 俺は瓦礫から目を離し、手にしていた伸縮式警棒を縮めて腰へ差し、両手に松明を手にする。


 ワイアットは、近くの瓦礫へ松明を立て掛けると、そのまま例の腰を軽く落とした構えで警戒を始めた。


 アルフレッドとブライアンの二人掛で瓦礫を石扉の方へと運び始める。

 俺は両手にした松明で、二人の足元を照らして行く。


 二人の足元を照らしながらも、運ばれ行く瓦礫を観察すれば、やはり所々に黒っぽい石が入っている感じがする。


 何個かの瓦礫が石扉の外へ運ばれたところで、ブライアンが終わりを告げてきた。


「このぐらいで大丈夫だろう」

「おう、お疲れ」


 瓦礫運びを終える二人の声が聞こえたのか、ワイアットがダンジョン入口を睨みながら、石扉の方へ向かって後退りを始めた。

 そんなワイアットの元へ向かい、足元を照らして邪魔になる物が無いかを見て行く。


 後退りしながら石扉の付近まで戻り、黒っぽい石の並びを越えるが、やはり何も感じない。


 さっきと同じだ。


 入る時⋯ 入る?

 まあ『部屋』へ入ったのだから『入る』が妥当だな。

 今の俺は『部屋』から『出る』ことになるんだな⋯


 やはり『部屋』から『出る』時には何も感じなかった。


 俺とワイアットが『部屋』を出るのを、ブライアンとアルフレッドが開いた右側の石扉に手を掛けて待っていた。


「イチノス、俺とアルフレッドで閉めるから、良さそうな所で合図してくれ」


「おう、任された(笑」


「ククク 任したぞ(笑」


 二人を真似た俺の返事に、アルフレッドが軽く笑うと、ブライアンが石扉を閉める合図を送る。


「よし、押すぞアルフレッド!」

「うっしゃぁ~」


 二人で声を掛け合い、そのまま石扉を押し始めた。


 閉まり行く石扉の前にワイアットが立ち、軽く腰を落とし腰の魔剣をいつでも抜ける姿勢を取る。

 俺は開ける時と同じ位置まで下がり、3人の邪魔にならない所から皆の作業を見守る。


 アルフレッドとブライアンが石扉を閉じる声に力が入る。


「うぉー」「押せえー」


 二人の力む声と共に石扉が閉じて行く。

 ワイアットの肩越しに観音開きの隙間が狭まって行く。


 ワイアットはその隙間からダンジョン入口を睨み続け、俺も閉まり行く石扉の隙間を見続けた。



「アルフレッド、もう少し固くしてくれ」


 観音開きの合わせ目へ塗るセメントの硬さに、ブライアンが注文を付けている。


 俺とブライアンにアルフレッドが組んで石扉を閉じる作業組となった。


 当初はアルフレッドが昼食作りを申し出たのだが、ワイアットやブライアンがそれほど腹が空いていないとのことで、3人で石扉を閉じる作業をしているのだ。


 そうした作業を俺達がしている間もワイアットは警戒を怠らない。

 腰を落とした構を解いてはいるが、その目線と注意は石扉の隙間から逸れることはない。


 一方の俺は『部屋』の中から持ち出した瓦礫を『砂化の魔法円』で砂化して、砂を作っているのだが、面白いことに気が付いた。


 持ち出した瓦礫は古代コンクリート製で問題なく砂化できるのだが、黒っぽい石の部分は砂化が成されないことに気が付いたのだ。


 『砂化の魔法円』から届く魔素が黒っぽい石を通るだけで、砂化の魔法事象が発動しないのだ。

 試しに黒っぽい石の部分へ指を添えて、直接、少しだけ魔素を流してみると、何の抵抗もなく、スルスルと魔素が流れることが分かった。


 魔素が通る物質は世の中には多数ある。

 魔法円を描く際に使う魔素インク等は魔素の通りが実に良い。


 あの襲撃を受けた霧雨の夜。

 オリビアさんから借りた傘も魔素が通った。

 傘と言えば、雑貨屋で手にした傘も魔素が通ったな。


 あの傘の骨は、何とかコウモリという魔物の骨だと言っていた。

 俺の腰に着けている伸縮式警棒も、魔物の骨を使っているので魔素の通りが良い。


 往々にして魔物由来の品は魔素が通ることが多い。

 この黒っぽい石も魔物由来の品なのだろうか?


 うん、この黒っぽい石は面白いぞ。

 やはり持ち帰って調べたい。


「イチノス、どうしたんだ?」


 急にアルフレッドが聞いてきた。


「えっ?」


「さっきから、ニヤニヤしてるぞ(笑」


「そ、そうか?(笑」


 何か顔に出ていたのか?

 面白そうな物を見つけた喜びを、アルフレッドに気付かれてしまったのか?


 よくよく考えてみれば、この黒っぽい石が、今回の調査隊へ参加した魔導師としての俺の成果だ。


 アルフレッドとブライアン、それに警戒を続けるワイアットには、ダンジョンの入口が見つかった事が成果だろう。


 更に俺としての成果を求めるなら、この作業が終わったら大広間の黒っぽい石の縁取りを越えてみよう。


 あの大広間へ足を踏み入れて、同じ様に『何かを越える』感覚があれば、この黒っぽい石に何かがあると考えられる。

 やはり、この黒っぽい石を持って帰って調べてみよう。


 そんなことを考えていると、ブライアンが声を掛けてきた。


「よし、これで十分だろう」


 その言葉を合図に、アルフレッドとブライアンが石扉の取っ手に手をそえる。


「よし、押すぞ!」


 ブライアンの言葉を合図にアルフレッドとブライアンが石扉を閉めて行く。


 無事に石扉が閉まりきった所でワイアットが軽く深呼吸をした。


「はぁ~」


「ワイアット、お疲れ」

「ありがとうな」


 アルフレッドとブライアンが警戒を続けたワイアットを労うと、真っ直ぐに俺の元に来て聞いてきた。


「イチノス、これで魔素を流せば閉めれるんだな?」


「そうだ。あの右上以外に流せば石化がされてこの扉は閉まるな」


「よし、さっさと終わらせよう」


「「おう!」」


 ワイアットの誘いにアルフレッドとブライアンが応えると、開けた時と同じ並びで魔素注入口へ手を添える。


「流すぞ!」


「「おう!」」


 魔法円に魔素が流れ、暫くすると石扉が少し動いた。


 一瞬、石扉向こうのダンジョンから魔物が出たのかと思ったが、どうやら石化に伴って石扉が動いただけのようだ。


「閉まったみたいだな。お茶でも飲むか?」


「おう⋯」「「ふぅ~」」


 俺が3人へ声を掛けると、皆が緊張を解き、魔素注入口から手を離しながら軽く息を吐く。


 ワイアットとアルフレッドは石扉の前から離れようとするが、ブライアンだけが残った。

 徐に腰から短剣を抜いて石扉の合わせ目へ差し込もうとする。

 だが、石化が成されているらしく短剣が入って行かない。


「大丈夫そうだな(笑」


「まあ、大丈夫だろう(笑」


 そうブライアンへ応えると、嬉しそうな顔で親指を立てて、サムズアップを出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る