11-5 御茶と棚と日当のお話し


「うん、ロザンナ。美味しいよ」

「あぁ、良い湯温だな」

「へへへ もう淹れ方を覚えました」


 ロザンナの淹れた食後の御茶は、朝と同様の味わいで満足できるものだ。

 俺とサノスが褒めれば、ロザンナが満足そうな顔で喜んでいる。


〉紅茶が多いわね


 昨日のイルデパンとローズマリー先生の言葉を思い出しながら、俺はロザンナに尋ねた。


「ロザンナは、普段は紅茶じゃないのか?」

「祖母や祖父と一緒にお茶をする時には紅茶が多いです」


「東国の御茶が合わなければ、ティーポットやマグカップ、それに茶葉を自分で準備するなら紅茶でも良いぞ」

「ありがとうございます」


「師匠、私も良いですか?」

「ん? サノスも紅茶が良いのか?」


「いえ、ハーブティーが飲みたい時があるんです」

「うんうん。私も飲みたいかも?」


 確かに、毎日、東国の御茶が飲みたいのは俺だけだしな。

 数日前にはサノスの作ったハーブティーの種も使っていたな。


「じゃあ、こうしないか? ティーポットやカップは各自で準備しよう。茶葉の代金は店から従業員経費で出すから、サノスとロザンナで相談して紅茶でもハーブティーでも好きなのを購入してくれ」

「「えっ! 良いんですか!」」


「別に良いぞ。但し、朝の一杯だけは俺の趣味で東国の御茶にしてくれるか? 他の昼食後や仕事の合間に飲むのは自分達の好きなお茶を楽しもう」

「師匠、ありがとうございます」

「イチノスさん、ありがとうございます」


 二人が笑顔を見せてくる。

 まあ、それほど高額な物でなければ良いだろう。


「おっと、あまり高いのは勘弁してくれよ(笑」

「値段で言うと、師匠の好きな東国の御茶が一番高いかも?」


「えっ、そうなのか?」


 そこまで東国の茶葉は高いのか?


「私やロザンナが普段飲んでる紅茶は、この東国の御茶の半分ぐらいですよ」

「サノス先輩、この東国の御茶ってそんなに高いんですか?」


「うん、それなりの値段がするよ」

「じゃあ、私たちの紅茶やハーブティーも⋯」


 おい、そこで二人でニンマリとした顔をするな。


 そんな話をしていると、ロザンナがチラリと棚へ目をやった。

 先ほどの薄紙への霧吹きを終えた『魔法円』を気にしているようだ。

 まるで数日前のサノスと同じだな(笑


 そう言えば、ロザンナにもサノスと同じ様に棚を与えた方が良さそうだな。


「なあ、サノス」

「何ですか?」


「サノスが使ってる棚はそこだよな」

「ギクッ!」


 俺が少し整理が行き届いていない棚を指差しながら問うと、サノスがティーカップを持ったままで固まった。


「ロザンナが店で働くなら、サノスと同じ様に棚があった方が良いと思うんだ。どうかな?」

「そ、そうですね⋯(ギクギク」


「サノスは今は何段分を使ってるんだ?(ニヤリ」

「さ、三段です⋯(ギクギク」


「確か二段は使って良いと言ったが⋯」

「はい! 勝手に使ってすいません!」


 サノスが思いっきり頭を下げてきた。

 まあ、今月に入ってからサノスが勝手に三段目を使っていたのを知ってはいた。

 空き棚だったから特に注意をしていなかったのも事実だ。


「サノスが三段なら、もう一段をサノスとロザンナに渡すから、仲良く一人『二段』で使ってくれるかな?」

「は、はい!」

「イチノスさん、私も棚が貰えるんですか?」


 ロザンナは自分の棚が得られるのが嬉しいのだろう。


「その『魔法円』のように作業中の物を置いておく棚が欲しいだろ?」

「えぇ、欲しいですけど良いんですか?」


 俺はロザンナへ向き直り、きちんと棚の使い方を説明することにした。


「ロザンナ、棚は与えるが私物置き場じゃない。これは守って欲しい」


 そこまで言うと、ロザンナも椅子に座り直して俺へ向き直った。


「俺からの指示でロザンナが作業をする。与えた棚に作業中の物を入れておけば、俺が作業の進捗を管理できる。いわば自分の作業の成果を俺に伝えるための棚だと思って欲しい」

「わかりました。棚はそうした使い方ですね」


 ロザンナが棚の使い方を理解してくれたようなので、俺は小さくなっているサノスへ向き直る。


「棚については、サノス先輩の使い方で学んでくれれば良いからな(ニッコリ」


「御茶を飲んだら片付けます⋯」

「そうだな、サノスは棚の準備で忙しいから、洗い物はロザンナに頼むぞ」

「はい!」


 皆が御茶を飲み終わり、俺の指示どおりにロザンナが洗い物をするため台所へ向かった。


「サノスは、棚の中身を一旦机の上に出そうか?」

「はーい⋯」


 バツの悪いサノスが棚の中身を全て作業机へ出して行く。

 幾多の私物や意味不明なメモ書きに混ざって、本来は本棚に入っているべき本も見受けられた。

 俺はそれらの本を机の脇に積んで行く。

 サノスが棚の中身を全て出し、俺が積まれた本を確認していると、洗い物を終えたロザンナが作業場へと戻ってきた。


「サノスは棚の整理を続けてくれ。ロザンナは店で話せるか?」


 俺はロザンナへ日当の話をするためにサノスへ指示を出し、ロザンナを店舗へと誘導した。

 チラリとサノスが俺を見たが、それは無視する。

 一方のロザンナは、何の話だろうかと言う顔をして店舗へと足を向けてくれた。


 二人で店舗へ出ると、降ろされたブラインドの隙間から日が射し込んでいる。

 どうやら昨夜から降っていた雨はすっかり止んだようだようだ。


「さて、ロザンナ。日当の話をしたい」

「はい、祖母からもイチノスさんとするように言われてます」


「まず今月は無給になる。これは試用期間と考えて欲しい」

「はい、それも祖母から言われました」


「来月からだが、一日銅貨5枚の日当で頼めるだろうか? 再来月は来月のロザンナの成果で改めて話をしたい」

「そんなに貰えるんですか?!」


 えっ?

 ロザンナは何かを気遣ってるのか?

 見習い冒険者でどのくらい稼いでいいるんだ?


「今の見習い冒険者で得る利益よりは少ないと思うがどうだろう?」

「いえ⋯ 同じか多いです」


「同じか多い?」

「はい、薬草採取は半日で多くて3枚か4枚ぐらいです。採れないと日当無しですから⋯」


 確かに毎日薬草が採れるとは限らないからな。


「昼からの伝令は取れれば3枚は貰えますが、毎日伝令があるとは限りません。無い時にはギルドで半日待つこともありますし、届け先が不在だと空振りになります」


 なかなか、見習い冒険者の伝令事情は厳しそうだな。

 これならキャンディスや若い女性職員が伝令依頼を喜ぶのは頷ける。


「それに、今日のように雨が降ると薬草採取には出れません。むしろ安定して日当を貰えるのは助かります」

「そうか⋯」


 そうなるとサノスには払い過ぎなんだな⋯

 かといって今さら下げられないし⋯


「イチノスさん、銅貨5枚と言うことはサノス先輩の半分ですね。それも納得できます」

「えっ?」


 思わず俺は声を出してしまった。

 ロザンナはサノスの日当を知ってるのか?


「サノス先輩は食堂で働いてましたし、お父さんが冒険者です。冒険者の方々の扱い⋯接し方をよく知っています」

「まあ、そうだな。俺の店に来るお客さんは冒険者が多いからな」


「ですので、その金額は妥当だと思います」

「はぁ⋯ じゃあ、それでお願いします⋯」


 なんで俺はロザンナにお願いしているんだ?


コンコン


 その時、店の出入口の扉がノックされた音がした。

 誰が来たのかと思わずロザンナと顔を見合わせてしまった。

 店の出入口の窓ガラス越しに街兵士の制服が見える。

 俺とロザンナが店舗に出ているのが見えて、立番の街兵士が挨拶にでも来たのだろうか?


「じゃあ、ロザンナ。それで頼むな、サノスを手伝いに戻ってくれるか?」

「はい、イチノスさん、ありがとうございます」


コンコン


 ロザンナとの話を打ち切り作業場へと戻ってもらうと、再び店の出入口の扉がノックされた。


コロンカラン


 店の出入口の扉が開けられ街兵士が入って来るなり、王国式の敬礼を出してくる。


「イチノス殿、本日の約束の先触れで伺いました」


 見知らぬ顔の街兵士の敬礼に応えるため俺も敬礼を返す。


「イチノスが先触れを受ける」

「はっ! 予定時刻に伺うとの事です」


「わかった。イチノスが先触れをしかと受けた」


 そう告げて敬礼を解くと街兵士も敬礼を解いた。


「雨の中、先触れをありがとうね」

「いえいえ、もう止んでますよ」


 そう告げた街兵士は踵を使って綺麗なターンをして店を出ていった。

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