11-6 正装したら二人に褒められました


コロンカラン


 出入口の窓ガラス越しに店を出て行く街兵士を見れば、軽く敬礼しながらも駆け足だ。

 立番の街兵士へ敬礼をしつつ、他の会合参加者への先触れに向かったのだろう。


 作業場へ戻ると、ロザンナはサノスの使っている棚の中を雑巾か何かで拭いていた。

 作業机の上に積まれた本は先程より増えている気がする。

 サノスはメモ書きの選別をしているのか?


 どんな本があるんだと手に取れば、以前に探したが見当たらず、2階の書斎も探した本が含まれていた。

 サノスが割り当てられた棚へ入れていたのか⋯

 これは、このところサノスの成果を見ていなかった俺にも非があるな。


「サノス、今後はロザンナも読むから必ず戻してくれるか?」

「はい!」

「イチノスさん、私が読んで良いんですか?」


 棚を拭き終えたロザンナが聞いてきた。


「サノスは暇な時には読んでいるから、ロザンナも本棚に置いてある本は自由に読んで良いぞ」

「ありがとうございます」


「そうだ、近い内に俺が魔法学校で使っていた教科書も届くだろうから本が増えるな。普段から本棚は整理整頓してくれるか?」

「それなら、私に本棚の管理をさせてください」

「ロザンナは教会でもやってたよね」


 メモ書きの整理をしながら、サノスがロザンナとの会話に割り込んできた。

 教会でもということは、初等教室の頃の話か?


「それは初等教室の時か? よし、ロザンナに任せよう」

「フフフ サノス先輩、覚悟してくださいね(笑」

「そ、そうね⋯」


 ん? ロザンナが含みのある笑いをしたら、一瞬、サノスが固まったな。

 初等教室の時に何があったかは考えないことにしよう。


 壁にかかった時計を見れば12時を回っていた。

 少し早いが仕度を始めるか。


 俺はお手洗いで用を済ませ2階に上がり寝室へ向かった。

 外光を入れようと窓にかかったカーテンを開ければかなり明るい感じだ。

 もう雨も止んだのだろう。


 クローゼットから1年前にウィリアム叔父さんを訪ねた際の濃紺の簡易礼服を取り出す。

 続けて魔導師の正装である『魔導師服』を取り出して並べてみる。

 どちらも開店時に着て洗濯屋に出して戻ってきたままで、何処にも汚れや解(ほつ)れがないことを確認した。


 さて、どちらを着て行くかだが⋯

 昨日の領主別邸での会合なら簡易礼服だが、今日の俺は魔導師としての会合への参加だよな。


 仕方がない『魔導師服』を着て行こう。

 如何にも魔導師な感じがして俺は好きじゃないが、今日の俺の立場を示すためにも仕方がないな。


 魔導師服を着込みブーツも履き替える。

 これで仕上げにローブを羽織るのだが、この時期は直ぐに熱が籠り始める。

 ローブに備えた冷風の魔法円に魔素を流すと、冷風が行き届き直ぐにローブ内が快適になって行く。

 よし、冷風の魔法円も機能するのがわかった。


 ん? 待てよ?

 俺がここで魔導師服に着替えてローブまで着込んで1階へ降りると、サノスやロザンナにその姿を見せることになるよな。

 店を開けた時、サノスには魔導師の正装として見せているから問題ないと思うが⋯


 ロザンナに見せて良いのか?

 ロザンナの亡くなった母親は治療回復術師だったから、治療回復術師の正装は見ていると思う。

 だが魔導師の正装は見ていないんじゃないか?


 ここで俺が変に魔導師の正装をロザンナに見せて良いのか?

 ロザンナの魔導師になりたいという気持ちに先入観を与えたりしないか?


 見せない方が良いな。

 サノスの時は開店した時に店に入ってきたサノスが、


『そのローブ、カッコいいです!』


 目をキラキラさせてそんなことを言ってたよな(笑

 まさか、あれもサノスが魔導師を志す切っ掛けになったりしてないだろうな?


 俺はローブを着こんだ姿はロザンナに見せない方が良いと判断して、ローブを一旦脱ぐことにした。

 それにこの季節に冷風の魔法円を使ってまで魔導師のローブを着込むのは、魔素の無駄遣いな気がする。


 魔導師の正装としての杖を手にして再び迷った。

 俺の場合は特に杖がなくとも魔法を発動できるので手ぶらでも良いのだが、昨夜の襲撃を考えると何かの武具を手にしていたい。


 だが俺の杖には魔石を仕込んでいるので、襲撃に魔法で応戦することを考えると必要な気がする。

 けれども物理攻撃となると昨夜の傘と変わらず、剣戟を躱すか受けるかの防御用となる可能性が高い。

 こちらからの物理攻撃まで想定すると、杖では昨夜の傘と大差が無いようにも思えてきた。


 それならいっそのこと帯剣してしまうか?

 いや、領主主催の会合へ参加するのに帯剣するのは賢い選択ではないな。

 剣を預かられてしまうと無手になるのと同じだ。

 それにイルデパンの警護を考えれば、自衛のためとはいえ帯剣は相応しくない。


 仕方なくベッドの枕元に置いている伸縮式警棒を手に取る。

 これならローブの中に隠せるし、持ち手に入れた魔石も使えるな。

 それに物理攻撃性を考えれば、杖よりは有効だろう。


 ウィリアム叔父さんや他の参加者への警護はイルデパンが固めてるだろうから無手でも良いかもしれない。

 いや、昨夜の事もあるから⋯

 やめよう、俺が迷ってもしょうがない。


 伸縮式警棒の持ち手を開いて中の魔石を確認すると『魔石光(ませきこう)』が乏しい感じがする。

 1階に降りた際に、作業場に置いてある『ゴブリンの魔石』と入れ換えておこう。


 さて、他に忘れ物は無いよな?


 俺は寝室のカーテンを戻して1階へ行くことにした。



 ローブと伸縮式警棒を手にして1階の作業場へ戻ると、サノスが型紙作りの続きをしており、ロザンナはさっそく本を読んでいた。


 手にしたローブを自席に掛けて警棒を机に置くと、ロザンナが俺に気が付いた。


「イチノスさん⋯ その服って⋯」

「ククク この姿が珍しいか?(笑」


「もしかして魔導師の正装ですか?」

「まぁ、そんな感じだな」


 ロザンナが目をキラキラさせながら見てくる。

 この姿でもロザンナには刺激になってしまったか⋯


「はじめて見ました。カッコいいです」

「ククク ありがとうな」


「ん? なんですか? あれ? 魔導師服! しかも正装ですか!」


 集中を解いたサノスが俺の服装に気が付いた。


「先輩もカッコいいと思いますよね!」

「うん、前に見た時もカッコいいなぁ~と思ったんだ」


「えっ、イチノスさんは時々、着るんですか?」

「いや、前に見たのは開店した時かな? あれ? 師匠、今日はローブは無しですか?」


 サノス、そこでローブの話を出すのか?


「そうだ! 魔導師といえばローブですよ。イチノスさん、ローブは⋯ それ、ローブですよね?」

「なんだ、師匠。あるならちゃんとローブも着てくださいよ~」


 二人が俺の自席に掛けたローブに気が付き着ろと言ってくる。


「ダメだ、この時期にローブまで着込むと暑いんだよ」


「イチノスさん、やっぱり魔導師のローブは暑いんですか?」

「あぁ、この時期にローブを着ると熱がこもるんだ。今日は勘弁してくれ」


 そこまでローブの話をして、俺は『ゴブリンの魔石』を入れ換えることにした。

 まずは棚から使用済みの魔石を入れる箱を取り出すと、箱の中で魔石がゴロゴロとする。

 そんな箱を作業机の上に置き蓋を開けると、それなりの数の魔素の切れた魔石が入っている。

 その箱を覗き込んでロザンナが呟いた。


「イチノスさん、これは?」

「これは魔素の切れた魔石だな」


「これ全部が魔石なんですか?」

「ロザンナは初めて見るの?」


 俺がロザンナへ答えると、魔石の事なら私の出番とばかりに、サノスが口を出してきた。


「えぇ、こんな数の魔石を見るのは初めてです」

「師匠はこうした魔石から他の魔石へ魔素を集めるの」


「魔素を集めるって?」


 どうやらロザンナは魔石への魔素充填は知らないようだ。


「ロザンナは魔石に魔素充填をしたことは⋯ 無いよな?」

「無いです」


「魔石は使って行くと内部の魔素が減って行くんだ。そして最後に魔素切れ状態になるんだ。そうした魔素が減ったり切れた魔石から魔素を絞り出して一つに集め、魔石を甦らせるのも魔導師の仕事の一つだな」


「へぇ~ 初めて知りました。魔石って魔素が切れるんですね」

「えっ?」「はい?」


 ロザンナの言葉に思わずサノスと声が重なってしまった。


「ちょっと待って、ロザンナの家にも魔石はあるよね? 魔素が切れたことが無いの?」

「ん~ どうなんだろ? 台所に魔石は有るけど、私が使っててそうしたことは経験が無いです」


 サノスの問いかけにロザンナは台所の魔石の魔素が切れたことがないと答える⋯

 さすがはローズマリー先生だな。

 普段から体内魔素を魔石に魔素充填しているんだな。


 それでもローズマリー先生がロザンナに魔石と魔素の関わりを教えていないことが気になる。

 魔法学校へ進ませるなら、そのぐらいの事は教えているものだと思うのだが⋯


 いや、これは俺の基準での解釈か?

 それともローズマリー先生に何かの思惑があるのだろうか。


「師匠! ロザンナの家の魔石って変ですよね?」

「別に変じゃないぞ」


 俺は伸縮式警棒の持ち手を開いて中の魔石を箱に入れ、直ぐに蓋をして棚へ戻した。

 続いて『ゴブリンの魔石』が入った箱を手にすればこれも中で魔石がゴロゴロとする。

 作業机へ箱を置き蓋を開ければ先ほどと同数ぐらいの魔石が顔を出す。

 こちらはそれなりに『魔石光(ませきこう)』を放っている。


「ロザンナは魔石の仕組みが正しく理解できていないな。今日家に帰ったらお祖母さんに教えてもらうと良いぞ」

「は、はい!」


「それとサノス、自分が知らないことを『変です』の一言で片付けて俺に聞くな。魔導師を目指すなら『不思議』な感じがしたなら、まずは自分で考えようか」

「は、はい⋯」


 俺は選んだ『ゴブリンの魔石』を警棒の持ち手に入れて蓋をしながら二人を諭した。

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