11-7 迎えの馬車は黒塗りで同乗の先客がいました
サノスとロザンナに見送られ、店先に停められた黒塗りの馬車へと向かう。
既に雨は上がり昼時の日が差し、雨上がりのせいか季節のせいか少し蒸し暑く感じるほどだ。
久しぶりに降った雨が街の空気までも洗ったのだろう、遠方の建物まではっきりと見える。
隣家の植木へ目をやれば、葉に残った雫がキラキラと輝き、まるで雨上がりを讃えているようだ。
店先から馬車へと向かうアプローチ、両脇に立った4名の街兵士は誰もが敬礼を出して来ない。
むしろ馬車へ向かう俺に背を向け、周囲の警戒をしている。
そんな中を歩む俺はローブを着ずに手にしていたのだが、馬車の個室(キャビン)の扉に手を掛けた従者服を着た中年の男性が囁いてきた。
「同乗の先客がおりますが?」
そう言って、俺の手にしたローブへ従者の目線が行く。
この中年の従者は気遣いがあるな。
馬車の個室(キャビン)に先客がいる場合、特に先客が正装の場合には後から乗り込む者は同様に正装が求められる。
たぶんにその事を気遣ってくてたのだろう。
もしかしたらこの従者は、どこぞの貴族に仕えた経験があるのかもしれない。
同乗先客への礼節を考えローブを羽織りながら、黒塗りの馬車の全体を眺めて思った。
俺はこの馬車を何処かで見たことがある。
個室(キャビン)には紋章が描かれておらず、むしろ外されたような跡が見える。
窓から同乗者を伺おうとするが、降ろされたブラインドで確認できない。
身支度を整えた俺が従者へ軽く頷くと、個室(キャビン)の扉を従者が開ける。
するとそこには東国の衣装を着た先客二人が向かい合って座っていた。
「よう!」
「ワリサダ!」
ワリサダは東国の衣装を纏い、ダンジョウも同じように東国の衣装だ。
二人とも手には『扇子(せんす)』らしき物を手にしている。
「それにダンジョウさんまで⋯ 『さん』で良いですか?」
「うむ⋯ それでお願い申し上げる」
「爺、固いぞ(笑」
「若、言葉遣いが乱れておりますぞ」
「ククク」「「ハハハ」」
俺達の笑い声に従者が動きだす。
「閉めさせていただきます。申し訳ありませんが安全のためブラインドは上げず、窓は閉めたままで願います」
幾分急かす従者の言葉に個室(キャビン)内の空き席を見れば、ワリサダの向かい側、ダンジョウの奥の席が空いているようだ。
だがよく見れば、その席には紺の布に包まれた何かが置かれている。
ワリサダもダンジョウも動く気配がないので、俺は扉から直ぐの席へと座ることにした。
前方
┌─────────┐
│ダンジョウ 紺の布│
扉 │
│イチノス ワリサダ│
└─────────┘
後方
俺が乗り込んだことを確認した従者が扉を閉めると、個室(キャビン)は闇に包まれた。
従者が個室(キャビン)の後ろに立ったのか、座った席が軽く沈むと馬車が動き出す。
「イチノスのそれは魔導師の正装か?」
「あぁ、これは魔導師服と言って王国の魔導師の正装なんだ」
「そう言えば、研究所の御茶会や王都での晩餐会で何人かが着ているのを見たな」
「ワリサダのは御茶会の時とは違うな、もしかしてそれが東国の正装なのか?」
パタパタ
「御茶会の時は『略礼装』というやつだな。今の俺や爺が着ているのが『正礼装』と呼ばれる奴だな」
個室(キャビン)内の闇に馴れ、ブラインドの隙間からの明かりでワリサダとダンジョウの装いを見れば、黒い羽織にグレーの『袴(はかま)』とかいう奴だ。
見るからに絹か何かで織られた物らしく良さそうなものだ。
何より羽織の黒の深さに、ふさふさした羽織留めの白さが映えている。
パタパタ パタパタ
馬車の個室(キャビン)内は若干の暑さを感じるからか、扉が閉められた途端にワリサダとダンジョウは手にした扇子で風を作って涼んでいる。
よりこの明るさに馴れた目で見れば、二人とも若干だが額が汗ばんでる感じだ。
俺もそろそろ熱がこもってきた。
ローブに備えた冷風の魔法円に魔素を流し、冷えた風をローブの中へ満たして行く。
パタパタ パタパタ パタパタ
ちょっと悪戯気味に、ローブの袖から冷風をワリサダへ送ってやると、ワリサダが気付いた。
「イチノス、もっと冷たい風をくれ」
「ククク 気がついたか?」
俺はローブを開き個室(キャビン)内に一気に冷風を広げる。
「おぉ~ これはありがたい」
「いいなぁこれ。イチノスの店で扱ってるのか?」
ダンジョウがありがたみ、ワリサダが店で売ってるのかと興味を抱いた。
二人が扇子で仰ぐ手を止めたところで、まずは俺から切り出してみた。
「ダンジョウさん、本をありがとうございました」
俺はダンジョウが届けてくれた『はじめての茶道』への礼を述べた。
「いえいえ、あのような物にイチノス殿から礼をいただけるとは恥ずかしい限りです」
「なんだ、爺はあの本を渡したのか?」
ん? ワリサダの言い方が微妙だな。
「若、我が国の茶道文化を王国へ広めることも某(それがし)の役目ですぞ」
「はいはい、頑張って広げてください」
「若! 若は茶道を王国へ広げるのは反対なのですか!」
おいおい、ダンジョウ。
個室(キャビン)内は狭いんだ。
大きな声でなくても聞こえるぞ。
「いや、反対はしていないが自身が書いた物を贈るというのはどうなのだ?(笑」
「えっ? あの本はダンジョウさんが書いたのですか?」
「そうなんだよ。しかも王国へ来ると決まって自分で翻訳までしたんだ」
おいおい、スゴいなダンジョウ。
そこまでやるのか?
とはいえ俺からするとあの本は、何故だか眠気を誘う本なんだよな⋯
「イチノスから見て変なところはなかったか?」
「いや、特には⋯ 感じないぞ」
「ハハハ 本人の前では言えないか?」
「そういうワリサダは読んだのか?」
「俺か、俺は王国語への翻訳を手伝っただけだな」
「ククク それでか⋯」
「「それで?」」
「いや、気にしないでくれ(笑」
「イチノス、何かおかしいのか?!」
「イチノス殿、変な点があれば指摘してくださらんか?!」
書いた本人と翻訳の監修をした当人を前に『眠気を誘う本です』と言えるわけがないだろ。
俺は二人を落ち着かせる為に、あの本から離れた話題へ切り替える。
「それよりもどうですか? このリアルデイルは?」
「そうだ、イチノス。この街の話し以前に聞いておきたい事があるのだ」
俺の話題の切り替えよりもワリサダが聞きたいことがあるという。
「前の王国訪問でも感じたのだが、王国では女性を要職に就けるのは当たり前の事なのだな」
ん? 女性が要職に就く?
もしかして冒険者ギルドのキャンディスの事を言ってるのか?
「若、その件は某(それがし)も王都で考えを改めました」
あら? ダンジョウさんも?
それに王都でと言うことは、冒険者ギルドのキャンディスに限った話じゃないと言うことだな。
それに考えを改めたと言うのは何だろう。
「ダンジョウさんは、王国訪問は今回が初めてですよね?」
「そうです今回が初めてです。今回の訪問に備え、若や以前の訪問団より王国の文化を聞いてはいたのですが、これ程までに女性の登用が成されているのには正直、驚きました」
「ハハハ 思い出すぞ。最初に爺が揉めたのは港の検閲官だよな(笑」
「若、勘弁してくだされ。あれは某(それがし)、一生の不覚です」
「一生の不覚? その不覚が何度も起きるのか?(笑」
「いやいや、それもあれも一生の不覚です」
何だろう?
ワリサダとダンジョウの話から、入港した際の検閲官が女性だったのは察しがつく。
その後にもダンジョウは女性絡みで何かをやらかしたのか?
「とにかくイチノス殿、これ程までに女性が要職に就くのは王国の文化なのですか?」
「王国の文化と言われても⋯ 私はこれが当たり前だと学んでいますから」
「そこなんだよ、爺も思うだろ?」
「思います。まずは出会った女性の容姿を褒めることが当たり前。さらにはその職務での働きぶりを女性だからと口にしない」
「うんうん」
「こうした王国の文化は素晴らしいことだと思います」
うんうん、ダンジョウの言うとおりだ。
ワリサダも頷くぐらいだ。
二人の話しぶりから、東国では女性が要職に就くことは稀だと伺える。
東国の女性はその事をどう感じているのだろうか?
そこまで考えた時に、馬車の速度が落ちた気がした。
「若、以外と早く着いたようですね」
俺と同じように馬車が止まろうとしているのをダンジョウが感じたようだ。
「うむ、この街から出るとは思えんから、さほど時間は掛からなかったな」
「一時はこの暑さに、如何(いかが)するものかと思いましたが、イチノス殿のお陰で助かりました」
ダンジョウが礼を延べながら隣に置いた紺の布へと手を伸ばす。
紺の布はどうやら細長い何かを包んでいるようで、ダンジョウがそれを膝の上に渡らせるとその形状がハッキリとわかった。
「ダンジョウさん、それは東国の『刀(かたな)』ですか?」
「イチノスは気になるのか? 魔物討伐じゃないんだから不要だと言ったが、爺は帯刀(たいとう)を譲らんのだ」
「若、これは武人の魂ですぞ。公務であれば帯刀(たいとう)するのは当たり前です」
「はいはい。また預かると言われて揉めるなよ(笑」
「若!」
どうやらダンジョウが揉めたというのは、東国の『刀(かたな)』を預ける件のようだ。
それにしても東国では『帯剣(たいけん)』ではなく『帯刀(たいとう)』と言うんだな。
まさしく『刀(かたな)』を持つ表現なんだな。
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