11-8 なんと会合の場所はあそこでした


 明らかに馬車の速度が落ちて行き止まろうとしている。

 個室(キャビン)の後ろに立つ従者が降りたのか、個室(キャビン)全体が揺れたかと思うと馬車が止まった。

 目的地に着いたのだろう。


コンコン


「到着しました」


 個室(キャビン)の扉がノックされ先程の従者の声が到着を知らせてくる。

 それに応えて、開けるなと言われた窓に掛かったブラインドを上げると、そこは見覚えのある場所だった。


 西町幹部駐兵署


 ククク ここで会合を開くのか。

 確かにここなら警護としては万全だな。


 俺がブラインドを上げたのに応じるように従者が扉を開けてくれた。

 開かれた扉から見える西町幹部駐兵署までの歩道には、先ほどの店先と同じように、左右それぞれに2人の街兵士が背を向け周囲を警戒するように立っている。


「お疲れ様です」


 従者の言葉を合図に、乗り込んだ順番とは逆に、まずは俺から馬車を降りた。

 続けてワリサダが降りてきて、最後に降りてきたダンジョウの手には、紺色の布に包まれた『刀(かたな)』が大切に握られていた。


 俺に続いて降りたワリサダへ囁く。


「『刀(かたな)』は東国の武人にとっては大切なものなんだろ?」

「イチノスは見てみたいのか?」


「興味が無いと言えば嘘になるな。それよりも預けることに問題は無いのか? 多分、会合前に武具は預かると言われるぞ?」

「そうだな。昨日も言われてダンジョウは素直に出したから大丈夫だろう」


 昨日も言われた?


「あちらです」


 従者が急かすように告げてくる。

 俺とワリサダが足を止めて会話していたためか、ダンジョウも立ち止まったままだった。


 いざ足を進めようとすると、西町幹部駐兵署の建物から帯剣した街兵士が飛び出してきて俺達へ走り寄ってきた。

 俺と従者の前で止まったかと思うと踵を揃え、王国式の敬礼を出しそうな雰囲気になったが慌てて手を降ろした。


「ここからは私が案内させていただきます」


 なるほど、今日の警護では俺を含めた参加者達の身分を伏せるために敬礼を控えたのか。

 店先でもそうだったし、ここでもそうなのだろう。

 昨夜の襲撃以降、なんか色々と迷惑をかけている気がしてきた。


 帯剣した街兵士が先頭になり、俺、ワリサダ、ダンジョウと馬車を降りた順の並びで、歩道から続く緩やかなスロープを上がって行く。

 試しに建物入口の両脇に立った街兵士と目線を合わせてみたが、後ろ手に仁王立ちのまま王国式の敬礼を出す素振りすらしない。

 ここまで徹底されていては、先程、敬礼を出しそうになった前を歩く街兵士は、少しバツが悪いかもしれないな(笑


 そう思いながら帯剣した街兵士の肩章に目をやれば、東町で俺から声を掛けた街兵士の物と同じだった。



 案内されるまま西町幹部駐兵署の建物の中を進み、行き着いたのは両開きの扉を備えた会議室らしき部屋の手前だった。


 急設された感のある受付らしき場所で、素直にダンジョウが女性街兵士へ『刀(かたな)』を預けている。

 それを眺めながらワリサダへ問い掛ける。


「ワリサダ、ダンジョウは素直に渡したな」

「爺もようやく馴れてくれたのだろう」


「馴れてきた? やはり揉めたと言うのは⋯」

「イチノスは察しが良いな。まあ、爺も今回の王国訪問で色々と学んだのだろう」


 再び受付に目をやれば、受付業務をしている女性街兵士と、ダンジョウがにこやかに話している。

 そんなダンジョウが『刀(かたな)』を預け終わると、帯剣した街兵士が両開きの扉を開けて告げてきた。


「先ほどと同じ並びでお願いします」


 そう告げて俺達を先導する街兵士が開けた扉から会議室を覗くと想像以上に広かった。


 部屋の奥中央に演説台が置かれ、その左側には司会台らしきものまで置かれている。

 そんな前方から少し間を空けて、左側、中央、そして右側と3列に長机が数台置かれ、長机毎に2脚の椅子が置かれている。


 中央の列と右側の列に座る簡易礼服を着た方々は商人だろうか。


 俺とワリサダ、そしてダンジョウが会議室へ足を踏み入れると、それまでのざわめきが止み一斉に振り返ってきた。

 中央と右側に座る皆が簡易礼服の下に色鮮やかなベストを着ており、商人達だとわかる。


 俺達を確認したのか、途端に隣や前後の商人達とヒソヒソと話す声が聞こえ始めた。


 そんな商人達の動きに、左側の最前列に座る貴族服を纏った2名が振り返った。


 振り返った一人は冒険者ギルドのギルドマスターであるベンジャミン・ストークスだ。

 もう一人は面識はないが、その雰囲気がギルマスにそっくりだ。

 多分、この人物がギルマスの兄で街兵士長官のアナキン・ストークスと伺える。

 そんな二人が俺を見て微笑みながら会釈してくるので俺もそれに応える。


 その直ぐ後ろは空席だ。

 ワリサダとダンジョウの席はあそこなのだろう。


 空席の次の列には街兵士の正装でイルデパンとパトリシアが座っている。

 イルデパンとパトリシアは、ギルマスとアナキン同様に、揃って俺に会釈して来たので俺もそれに応えた。

 俺の会釈に応えたかと思うと案内されているワリサダとダンジョウへ目をやり、直ぐに二人での会話に戻った。


 その後ろの最後部の列。

 その列の右側の席には、俺と同じ魔導師ローブを着て頭までフードを被った後ろ姿が見える。

 俺以外に魔導師が出席してるんだなと思いながら、俺の席はあの魔導師らしき人物の隣の席なのだろうと思いを巡らせる。


 ここまで俺達を案内した街兵士が俺に向かって囁く。


「こちらでお願いします」


 そう告げる視線と手の先は、やはり魔導師ローブを着た者の隣の席だった。


 俺が指定された席へ着こうとすると、ギルマスとアナキンらしき人物の後ろの空席へ、ワリサダとダンジョウが案内された。

 二人は席に座るなりギルマスとアナキンと会話を始めた。


 一方、イルデパンとパトリシアは案内をしてきた街兵士へ、何かの指示を出しているようだ。


            │演説台│

│司会台│       └───┘

└───┘

┌───────────┐┌───

│ベンジャミン アナキン││商人


┌───────────┐┌───

│ダンジョウ  ワリサダ││商人


┌───────────┐┌───

│イルデパン パトリシア││商人


┌───────────┐┌───

│イチノス    魔導師││商人


 先に席に着きフードを被っていた魔導師を習って、俺も魔導師ローブのフードを被るべきだろうかと迷う。

 迷っていたその時、その魔導師がフードに手を掛けた。


 この魔導師が誰かを知る機会だなと思ったら、首の後ろへ下げたフードから現れたのは白髪だった。


 白髪の魔導師⋯ 年配なのか?


 失礼にならぬよう、一旦、目線を外し、改めてチラリと見れば、その顔は透き通るような白い肌をしていて一切の皺など感じられない。

 むしろその横顔は明らかに若く美しい人間の女性だった。


 美少女⋯ いや、少女ではない。

 その顔立ちは、むしろ俺と同い年ぐらいに感じる。

 『美女』の表現が正しいだろう。


 白髪の美女で魔導師?

 ダメだ思い当たる魔導師の名が思い浮かばない。


 同じ魔導師ならば挨拶だけでもするかと顔を向けた俺は、白髪美女魔導師の見事なまでの緑色の瞳と目が合ってしまった。


 !!!


 俺はこの緑色の瞳をした女性を知っている。


「イチノス君?」


 白髪美女魔導師が緑色の瞳を見開き俺の名を呼んだ。

 途端に笑顔になったその顔で、俺は一気に魔法学校時代の記憶が甦った。


「シーラ?」


「イチノス君だよね?」


 シーラをよく見れば白髪ではなく銀髪に白髪が混ざった感じだ。

 魔法学校時代の彼女の髪は、もっと銀に近い色合いだったのに、どうしてここまで白くなったのかと気になってしまう。

 彼女に何があったんだ。


「シーラ・メズノウアか?!」


 前に座るパトリシアが半分叫びながら振り返った。


「ほ、本当にシーラなのか?!」


 パトリシアがさらに大きな声を出しながらシーラへ飛び寄った。


「パトリシアお姉さま?」


 シーラが緑色の瞳みに驚きを持たせてパトリシアに応える。


「どうしたのだ! その髪は!」

「お、お姉さまこそ、髪をどうしたのです!」


 お姉さま?


 互いが髪のことで驚き合うのを眺めながら、シーラが口にした『お姉さま』の言葉に、俺は首を捻ることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る