11-9 抱き合う女性同士その先は
パトリシアがシーラを抱きしめている。
その様子を商人達が何事かとザワザワしながら眺めている。
街兵士上官の制服と魔導師ローブを纏った女性同士の包容など、そうそう滅多に見れるものではない。
パトリシアの身長は俺と大差なく、女性としては背が高い方だろう。
一方、抱きしめられているシーラは俺より頭一つ分ぐらい低く、どちらかと言えば細身な感じだ。
そんな二人が抱き合っているのだ。
商人達がイロエロな目線を向けてザワつくのも当たり前だ。
だが、片や東町の街兵士副長で、片やゴリゴリな魔導師の娘だぞ。
変な目線を向け続け、二人がその目線に気づいて怒り出したら、お前らに明日は無いと理解しているのか?
まあ、商人達はシーラの素性を知らないだろうし、ここで商人達の変な目線からシーラを守るのはパトリシアだろう。
笑ったり声を出した商人達は揃って監獄行きだな(笑
そんなことを考えながらイルデパンに目をやれば、軽く空を仰ぎ、眉間を手で揉んでから下を向きつつ深く息を吐いていた。
そのままワリサダへ目をやれば何事だと目を見開き、一方のダンジョウはワリサダに見せまいと体で隠している。
そんな二人の前に座るギルマスは⋯ あらまあ下を向いて溜め息ですか?
おっと、お兄様のアナキンさんも溜め息ですね。
よっぽど妹さんの行動に呆れているのでしょう(笑
最初に復活したのはイルデパンだった。
「イチノス⋯殿、シーラ・メズノウアさんをご存知なのですか?」
「別に『さん』でも良いよ(ニッコリ」
一瞬、イルデパンが詰まった。
昨日のお返しだよ(笑
「公の場では互いに『殿』が良いかと?」
「まあ、そうですね。そうしましょう(笑」
「それで、イチノス殿はシーラ・メズノウアさんをご存知なのですか?」
「シーラは魔法学校時代の同級生です。そうだ、ローズマリー先生もシーラをご存知かと?」
「そうですか、後で聞いて⋯」
バンッ!
イルデパンの言葉を遮るように、大きな音を立てて会議室前方の扉が開き、コンラッドが従者を連れて入ってきた。
執事服姿のコンラッドの登場に、それまでザワついていた会議室内が一気に静まる。
コンラッドがシーラを抱きしめるパトリシアへ目をやり、軽く手を上げてイルデパンへ合図を送った。
それに応えたイルデパンが立ち上がり、シーラを抱きしめるパトリシアへ何かを囁いた。
パトリシアが慌ててシーラとの包容を解く。
「シーラ、すまんが仕事に戻るぞ」
「はい、お姉さま」
パトリシアとイルデパンは会議室後方、俺が入ってきた扉へと向かった。
そのまま扉を開けると10名ほどの街兵士が入って来て、会議室後方に全員が後ろ手で仁王立ちに整列する。
「イチノス君、ごめんね」
隣に座り直したシーラが少し顔を赤らめ、はにかんだ顔で囁いてきた(カワイイゾ
「いや、ほら、始まるよ」
そう答えながら、俺はシーラがここにいる理由へ思考を巡らせて行く。
「それではウィリアム様主催の会合を始めます」
そんな思考もコンラッドの声で止められた。
「まず皆様へお伝えしますが、この会合では一切の質疑は受け付けません。挙手や声を発した方々については、即時に会議室から出ていただきます」
おいおい、もしかしてその為に後ろに並ぶ街兵士の投入なのか?
随分と物々しい会合なんだな。
「質疑については、商工会ギルドか冒険者ギルド経由で所定の『質問状』で提出してください」
コンラッドが続ける言葉に全ての商人がメモ用紙にペンを走らせ始めた。
「尚、今回の公表事項について、ウィリアム様やフェリス様への直訴や謁見の願いは、その全てを領主であるウィリアム様への迷惑行為と見なし、処罰対象となりますので注意してください」
コンラッドの言葉で一瞬メモを取る音が止まり、商人達が椅子に座り直す音が続く。
「それでは、質問状を受け付ける冒険者ギルドから一言お願いします」
コンラッドの言葉にギルマスが立ち上がった。
「ウィリアム様から冒険者ギルドのギルドマスターを申し使っております、ベンジャミン・ストークスです。『質問状』は来月1日より受け付けます」
そう告げたギルマスが軽く商人達へ会釈して席に座った。
「続けて商工会ギルドから一言お願いします」
商人達が座る列の最も右側、その最前列に座る男が立ち上がり商人達を見渡す。
「ウィリアム様から商工会ギルドのギルドマスターを申し使っております、アキナヒです。ベンジャミン様のお言葉と同じく『質問状』は来月1日より受け付けさせていただきます」
アキナヒと名乗った男の言葉に全ての商人達が頷く。
アキナヒが席に座るとコンラッドが言葉を続けた。
「それでは本日のウィリアム様からの公表を始めさせていただきます。本日は5点の公表をさせていただきます。まずは1点目です」
そう演説台で告げるコンラッドの脇には、いつのまに設置されたのか大きなフリップが準備されていた。
そのフリップには大きな文字で『ウィリアム様からの公表』と俺の席からでも読める大きさで書かれている。
コンラッドの言葉を受けて、フリップ台の脇に立つ従者が、紙芝居のようにその紙を後ろへと送った。
─
国王からの勅令
街道整備
西方 ジェイク領への街道整備
南方 ストークス領への街道整備
王都からの開拓団の受け入れ
担当 商工会ギルドと冒険者ギルド
─
途端に商人達からザワつく声と頷くような声が上がる。
この件は俺がギルマスから聞かされていたように、一部の商人達も何等かの流れで伝わっているのだろう。
「ご覧いただきますように、西方と南方への街道整備のために王都からの開拓団を受け入れます」
コンラッドの言葉で再び商人達がザワつく。
(いつからだ)
(何人だ)
そんな言葉が聞こえてくる。
「皆様が知りたいのは、受入れの開始時期や規模でしょう。それらについては、先ほど知らせました『質問状』にて問い合わせをしてください」
コンラッドの言葉に、商人達がどっと沸いた。
(なるほど~)
(そう来たか~)
どうやら商人達は『質問状』の使い方を学んだようだ。
「続けて、次の公表事項へ進みます」
コンラッドの言葉で、先程の従者がフリップを1枚送った。
─
西町の拡大
開拓団受入れに伴う西町の拡大
魔物防壁の移設
担当 商工会ギルドと冒険者ギルド
─
これも俺はギルマスから聞いていた話だ。
だが、商人達には噂話レベルでも伝わっていなかったのか、ザワザワとし始め、
『おいおい』
『そこまでやるのか?』
『これはすごいことだぞ!』
そんな声が上がり始めた。
騒ぐように声を出した商人達を、コンラッドが両手で制した。
「いま、『そこまでやるのか?』と『質問』された方がいたようですが?」
途端に声を出していた商人の何人かが口を押さて首を振る。
商人の中には『ククク』と笑いを堪える声も聞こえる。
「今後、そうした質問をされた方々、質問に類する声を上げた方々には、街兵士の護衛付きで退室していただきます」
コンラッドがそう告げて街兵士と共に立つイルデパンを見たのだろう。
コンラッドの視線を追うように商人達が振り返った。
俺も吊られて振り返ってしまった。
するとイルデパンが仁王立ちのままで一歩前に出て、会議室に行き渡る声で告げてきた。
「護衛が必要な方は遠慮無く手を上げていただきたい」
当然ながら、商人の誰一人として手を上げる者は現れなかった。
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