11-10 そして全てが消えて行きました⋯


「どうやら誰もいませんね。それでは次の事項へ進めます」


 コンラッドの言葉で従者がフリップを送った。


製鉄所の建設

 技術協力

  東国使節団

  ドワーフ中央府


 担当 商工会ギルド


 さすがにこの話を俺は知らなかった。

 いや、本当に知らなかったのか?


 ザワザワ 東国 ザワザワ


 そんな思いを胸に抱く俺に商人達のザワつく声が耳障りに感じる。


 ザワザワ ドワーフ ザワザワ


 商人達のザワつきは、先程までとは感じが違う。

 そのザワザワとした声に混じって聞こえてくるのは『ドワーフ?』『東国?』そんな感じの言葉だった。


 疑問だらけの商人達へコンラッドが言葉を続ける。


「皆様は『製鉄』の言葉に多大な興味を持たれていると思います。ご存知のとおりに我が王国の製鉄産業はサルタン公爵領で盛んです。その製鉄産業をウィリアム領とストークス領の双方でも行うというものです」


 『サルタン公爵領の?』

 『ドワーフは理解できるが東国?』

 『ストークス領でも?』


 そんな商人達の言葉が聴こえてくる。


 一方、ワリサダとダンジョウはアナキンと握手を繰り返している。

 そうか⋯

 ようやく俺はワリサダとダンジョウ率いる東国使節団が、このリアルデイルへ来た理由を理解することができた。


 そして俺は気がついた。

 フリップに大きく記された『ドワーフ中央府』の文字から、昨夜のヘルヤさんの言葉が頭の中を走り抜けた。


〉ウィリアム様からいただいた話を

〉是非ともイチノス殿に

〉聞いていただきたいのだ。


 あのヘルヤさんの言葉は、この事を言っていたのだ。


「次の公表へ進みます」


 コンラッドの言葉で再び従者がフリップ送って行く。


馬車軌道の敷設

 株式会社の設立


 担当 商工会ギルド


 それを見た商人達の反応は様々だった。


『馬車軌道ってあれだろ?』

『いや待てよ製鉄所は株式会社じゃないんだ⋯』

『これだけ株式会社なんだ⋯』


 そんな商人達の声を聞きながら、俺はアンドレアさんの話が実現するんだなと感じ、なぜだか嬉しい気分になってしまった。


「イチノス君、嬉しいの?(笑」


 隣に座るシーラが小声で囁いてきた。

 俺はもしかして笑っていたのか?


「ま、まあな。ちょっと耳に挟んでた話なんだ」

「へぇ~ イチノス君は知ってたんだ⋯」


「いや、俺からは何もしてない。少しだけ聞いてた話だよ(笑」


 思わず『自分は無関係だと』いう気持ちを込めてシーラに答えてしまった。


「そう? もしかしてイチノス君なら全部知ってると思った(笑」


 ん?

 なぜだかシーラの笑みが無性に気になる。


「それでは最後の公表へ進みます」


 コンラッドの言葉で俺との会話を止めてシーラが前を向き直した。


古代遺跡の発見

 魔の森

  個人及び団体での探索の禁止

  冒険者への探索依頼禁止

  収穫物や拾得物の領外持ち出し禁止


 担当 冒険者ギルド


 見せられたフリップには、アンドレアが口にしていた『古代遺跡の発見』と明確に記されていた。


 そして羅列されている言葉の全てが、抑制を目的としている事に強い疑問を抱いた。

 これらの抑制する言葉を逆に解釈すれば、古代遺跡の探索や調査で得られる可能性のある物、その全てを個人が手にするなとも読める。

 さらには、古代遺跡の調査は領主であるウィリアム叔父さん主導で、冒険者ギルドが行うとも読める。


 ん?

 フリップを送っていた従者が見当たらない。

 コンラッドが入ってきた扉が僅かに開いている。

 音を立てずに扉を開いて会議室の外に出たのか?


 そのまま前方の扉から商人達へ目を向ければ、数人が話しているぐらいだ。

 この話は商人達の想像どおりだったのだろうか?

 それともここまでに公表された事項の方が商人達の気持ちを捉えていて、古代遺跡探索から得られる利益には興味が無くなったのだろうか?


 ふと、シーラへ目をやれば腕を組んで少しだけ思案気味な顔をしていた。


「以上5点がウィリアム様からの公表となります」


 そこまでコンラッドが述べると、商人達が座る列から椅子を引く音が聞こえ始める。

 ウィリアム叔父さんからの公表を直ぐに持ち帰って検討しようと、席を立ち始めた商人がいるのだろう。


 俺は前方に座るアナキンやベンジャミン、それにワリサダとダンジョウの動きを見続けた。

 俺が見る限り、あの4人は会話を交わす様子もなく、コンラッドが入ってきた扉へ目をやっている感じだ。


 もしかして、この後にウィリアム叔父さんが出てくるのか?


 そう思った時に、コンラッドがそれまで立っていた演説台から司会台へと移動した。

 それまでフリップを送っていた従者がコンラッドの入ってきた扉から姿を表した。


 これは⋯ ウィリアム叔父さんが顔を出すぞ。


 そのまま従者が扉を大きく開くと、騎士服を纏った男性が見えた。

 あれは⋯ 青年騎士(アイザック)だ。

 青年騎士(アイザック)が入ってきた途端に、それまで席を離れようとしていた商人達が、バタバタと慌てて自席へと戻って行く。

 彼らも次に現れる人物が誰なのかを気がついたのだろう。


 案の定、続けて入ってきたのは⋯


 ウィリアム叔父さんだ。


 途端に会議室の全員が席を立ち上がる。

 直立不動の姿勢から、演説台へ足を進めるウィリアム叔父さんへ全員が頭を下げて行く。

 俺もシーラも立ち上り、同じように姿勢を正して頭を下げた。


「頭を上げてくれ」


 ウィリアム叔父さんの言葉に全員が頭を上げるが誰も座ろうとしない。

 俺も含めて全員がウィリアム叔父さんから、次の言葉を待っている感じだ。


「座って聞いて欲しい」


 その声と共に、最初にアナキンとベンジャミンが座った。

 それを習ってワリサダとダンジョウが座る。

 商人達の列を見れば、同じように前列の者から席に着いて行く。


 俺とシーラも席に着けば、椅子を引きずる音も消え、会議室内の全ての音が止まった。



ウホン


 ウィリアム叔父さんの咳払いで着席した全員が背筋を伸ばした。


「執事が説明した事項が私からの公表である」


 少し間を空けてウィリアム叔父さんが言葉を続ける。


「商会の皆々は幾多の商いの可能性を考えていることだろう」


 ウィリアム叔父さんは、一文一文をこの場にいる全員へ確実に伝えるかのように話して行く。


「それらの可能性をより実現とするため、魔法技術による支援が必要と判断した」


 待て待て、魔法技術の支援って⋯

 嫌な予感がするぞ。


「ついては魔法技術の相談役として、領主命で魔導師へ協力を願い、快諾を得られたことを知らせよう」


 叔父さん、なぜそこで『魔導師』と具体的な言葉を口にするの?


 従者がフリップを送った。


魔法技術支援

 相談役 魔導師

  イチノス・タハ・ケユール

  シーラ・メズノウア


 担当 冒険者ギルド


 終わった。


 俺の穏やかな生活が終わった。

 来月の定休日が消えた。

 定休日に魚釣りに行く予定が消えた。

 弟子のサノスに魔法を教える日々が消えた。

 ロザンナの成長を助ける日々が消えた。

 風呂屋へ行く日々が消えた。

 大衆食堂で渇いた喉を潤す日々が消えた。


「魔法技術の支援は、この二人の魔導師が行う。窓口は冒険者ギルドとする。以上だ」


 ウィリアム叔父さんの言葉を聞きながら、俺は色々なものが消えて行く気がした。

 心に思い描いていた、全ての予定が消えて行くのを感じた。

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