11-11 今、笑っただろ!!


「全員起立!」


 会議室後方からパトリシアの声が響き渡る。


 俺はその声で、この世の終わりのような落胆の淵から無理矢理引っ張りあげられた。

 慌てて立ち上がれば、隣に座っていたシーラも、その先に見える商人達も全員が立ち上がっていた。


「ウィリアム様へ礼!」


 パトリシアの声を合図に、会議室内の全員が踵を揃えて直立不動になり王国式の敬礼を繰り出す。


 その敬礼が向かう先は、勿論、演説台に立つウィリアム叔父さんだ。


 ウィリアム叔父さんも背筋を伸ばした綺麗な姿で王国式の敬礼をし、そのまま全員の顔を、一人一人、確かめて行く。

 全員を確かめ終えたのか、その顔を少し戻すと俺に目を合わせてきた。


 ニヤリ


 おい! 今、笑っただろ!!


 ウィリアム叔父さんだけが敬礼を解くが他の全員は解かない。

 皆がウィリアム叔父さんを送るために敬礼を続けている。

 そんな中を、ウィリアム叔父さんが堂々とした様子で護衛の青年騎士(アイザック)を引き連れるように退出して行った。


 見送りの敬礼を続けながら、ウィリアム叔父さんの笑みに抗う方法はないかと考える。

 だが、そんな抵抗は無駄だと言わんばかりに、パトリシアの声が響いた。


「全員! 直れ!」


 パトリシアの声で着席すると、直ぐにシーラが話しかけてきた。


「フフフ イチノス君は知らなかったの?」

「知らなかった。特に最後の相談役は知らなかった⋯」


「フフフ じゃあ、最後だけ知らなかったんだね(笑」


 そう言って笑うシーラの顔は優しげで、魔法学校時代のそのままだ。

 元々、シーラはその美貌で、魔法学校の男子生徒から人気があり目立つ存在だった。

 そんなシーラが大人の女性になって、さらに磨きがかかり、笑顔で俺に語りかけてくる。

 俺としては悪い気分じゃない。


 いかんいかん。

 ウィリアム叔父さんの衝撃的な公表で、今の俺は現実逃避していないか?


 そりゃシーラみたいに美しい女性と話していれば、それなりに癒される。

 けれども癒されてばかりでは何も進まないぞ。

 シーラは真面目に仕事の話をしているんだ。

 俺も頭を切り替えよう。


「私は、古代遺跡は知らなかったかな?」

「そうか、俺はあの中で製鉄所は知らな⋯」


 そこまで口にして、再び昨夜のヘルヤさんの言葉を思い出した。


〉ウィリアム様からいただいた話を

〉是非ともイチノス殿に

〉聞いていただきたいのだ


 もしかして、俺は知っていたことになるのか?


「製鉄所の件は、私は知ってたよ」

「そうか、やっぱりシーラは『物知りだな』(笑」


「イチノス君! 言い方!」


「ククク」「フフフ」


 魔法学校時代、俺とシーラは同じ台詞を言い合っていた。


〉物知りだね

〉言い方!


 これはもう、俺とシーラだけのやり取りだ。


 魔法学校入学時に既に水魔法が当然のように使えた俺。

 同じ様にゴリゴリな魔導師の娘であるシーラも、魔法学校入学時には幾多の初歩的な魔法が使えた。


 シーラが知っている魔法、俺の知らない魔法。

 俺の知っている魔法、シーラの知らない魔法。


 それらの魔法談義でシーラと交わしたのが、


 『物知りだな』⇔『言い方!』

 『物知りね』⇔『言い方!』


 そんな掛け合いを唯一できたのが、シーラ・メズノウアだ。

 これは、魔法学校に入る前から魔法が使えた俺とシーラだけに与えられた言葉だと当時は感じていた。


 それにしても、こうしてシーラと魔法学校時代を懐かしむのはとても助かる。

 ウィリアム叔父さんの『相談役』任命から来る衝撃も和らいだ気がする。


「シーラは、いつ、リアルデイルに来たんだ?」

「う~ん⋯ ウィリアム様と一緒に来た(笑」


「ククク やっぱりシーラは相変わらずだな(笑」

「そう?(笑」


 この的を少しずらした答え方。

 これこそが魔法学校時代のシーラそのままだ。


 そう言ったシーラは肩ぐらいまでの白銀髪に手をやり軽く髪型を整える。

 改めてその髪をよく見れば、頭頂部の方は昔と同じ銀髪で、毛先へ行くほどに白くなっている感じがする。

 染めた髪が伸びてきて戻って行くような感じだ。

 これについては指摘したり触れない方が良さそうだな。


「いや、変わったな。痩せたんじゃないか?」

「返事に困るんだけど!(笑」


「そうか? じゃあ美人になったな(笑」

「それ、同僚に言うとセクハラだよぉ~(笑」


 そんな会話を交わしていると、何やら後ろが騒がしい感じがした。


「イチノス殿! 私の大切な妹にセクハラしているのか!」


 そう大きな声をかけてきたのはパトリシアだ。

 慌てて振り返れば、ギルマスとアナキンがパトリシアの腕を抱え、眉間を押さえるイルデパンの元へと連れて行かれるところだった。


「ほら、お前はこっちだ!」


 ギルマス&お兄様、ナイスフォローです(グッ


「シーラ、すまんが仕事に戻るぞ」

「は~い、お姉さま~」


 二人の兄に連行されながらも気丈にシーラへ声を掛けるパトリシア。

 そんなパトリシアへ笑って応えるシーラ。


 やはりその笑顔は魔法学校時代のそのままだ。

 もう少し魔法学校時代の事を懐かしみ、シーラの近況を知りたい俺は、思い切ってシーラへ問い掛けた。


「この後、シーラは予定があるのか?」

「う~ん 着替えたいかな?」


 互いを見れば魔導師服に魔導師ローブという、如何にも魔導師な装いだ。

 一刻も早く楽な服装に着替えたい思いは一緒なようだ。


 そういえば、帰りは来る時と同じ様に馬車が用意されているのだろうか?

 それとも自分達で勝手に歩いて帰って良いのか?


 イルデパンに確認しようと、先程までいた場所やその周囲を見るが見当たらない。

 ギルマスとその兄のアナキンも見当たらない。

 当然ながら連行されたパトリシアも見当たらない。


 パトリシアの親族であるアナキンやギルマスが、どこか人目に付かない場所へと連れて行ったのだろうか?

 それとも誰かと話しているのだろうかと会議室の中を見渡すが、商人達がいくつかの群れを作っているだけだ。


 そんな群れの一つで、ワリサダとダンジョウは商工会ギルド長のアキナヒと話し込んでいる感じだ。


 その周囲に何人かの商人達が集まって耳を傾けている。


 その隣には、こちらをチラチラ見ている商人達の集まり⋯


 う~ん ここに長居しては良い未来を感じない。


 そう考えていると一人の街兵士が真っ直ぐに俺とシーラへ向かって歩いてくる


 水曜日に店に来ると言っていたあの若い街兵士だ。


「イチノス相談役、シーラ相談役」

「ほぉ?」「はぁ?」


 『相談役』と言う呼び名に思わずシーラと共に変な声を出してしまった。


「あの⋯ 失礼な呼び方でしょうか⋯」

「俺は『さん』が良いかな?(笑」

「私も肩が凝りそうだから『さん』がいいかな?(笑」


「すいません。イル副長に言われたんです。『相談役』と呼ぶように⋯」

「ククク 仕方ないな(笑」

「フフフ そうね(笑」


「ありがとうございます。それでイル副長が、お二人にお話があるそうです」

「私もですか?」


「えぇ、必ずお二人をお連れしろと言われております」

「「⋯⋯」」


 それとなくシーラが拒否ぎみだ。

 そんなシーラと顔を見合わせて俺は少し考えてしまった。


 ここまで警護を施してくれたイルデパンだ。

 何も告げずに帰るのは問題がある気がする。

 俺としては、このまま俺もシーラも帰って良いかをイルデパンに確認しておきたい。


「シーラ、帰りは迎えが来るような話を聞いてるのか?」

「ううん? 来る時は馬車が来ますって言われて迎えに来てくれたんだけど、帰りのことは何も言われなかった」


「俺と一緒だな。とにかく、このまま帰って良いかも知りたいから、イル副長に会うだけでもどうだろう?」

「そうだね。イチノス君も一緒でしょ?」


「もちろん(笑」

「フフフ(笑」


「では、御案内させていただきます」


 俺とシーラの返事に若い街兵士の顔に明るさが灯る。


 シーラは魔法学校時代のローズマリー先生が、このリアルデイルに居ることを知らないだろう。

 これから会うイルデパンの奥様がローズマリー先生だと言うことを知らないだろう。

 これは、驚かせるのも一興だな(笑


 結局、若い街兵士の案内でシーラと俺は会合が開かれた会議室を後にすることにした。

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