13-12 雑貨屋とカバン屋


「イチノスさん、今日も来てくれたの?!」


 昨日も寄った雑貨屋へ足を踏み入れると、女将さんが嬉しそうな声で迎え入れてくれた。


 はい、女将さん。

 おっしゃる通り、魔導師のイチノスは連日の雑貨屋通いになりました。


 俺を迎える女将さんの台詞は、大衆食堂の婆さんに似ているが、そこは突っ込まない。

 変に突っ込んで、オリビアさんに教えて貰った物が手に入らないと、明日からの三日間が大変なことになる。


「昨日はティーポットと傘だったよね?」


 さすがは雑貨屋の女将さんです。

 俺が何を買って行ったかをしっかりと記憶していますね。


 そんな女将さんから、俺は野営に必要な品々を購入する必要がある。

 やっぱり突っ込むのは控えぎみに行こう。


「今日は何を探してるの?」


 女将さんの言葉にふと考える。


 俺は既にオリビアさんから野営に必要な品々の情報を得ている。

 風呂屋へ行く前は雑貨屋の女将さんを頼ろうとも思っていた俺だが、ここで改めて女将さんへ相談する必要は無いよな。


 それに、オリビアさんから教えて貰ったメモ書きに従って購入したら、俺が野営するのが女将さんにバレバレな気がする。

 ここで殊更、俺の明日からの予定を雑貨屋の女将さんへ知らせる必要は無いだろう。


「昨日と同じティーポットの色違いが欲しいんだ」

「あれの色違いならピンク色と黄色があるわよ」


 俺はメモ書きの品々には触れずに、もう一つの目的であるティーポットから攻めてみた。


 女将さんの案内で、昨日も悩んだティーポットが並べられた棚へと向かった。

 そこには、女将さんが言うとおりに、昨日購入したのと同じ形でピンク色と薄い黄色のティーポットが置かれていた。


 これはどちらを買うべきだろうか?


 ピンク色は紅茶を楽しむには良さそうで、薄い黄色はハーブティーを楽しむのに良さそうだ。


「イチノスさん、こんなのもあるわよ」


 棚の前でピンク色にするか薄い黄色にするか悩んでいると、女将さんがどこから出したのか薄い緑色のティーポットを見せてきた。

 昨日購入した白に続いて、ピンク色、薄い黄色、薄い緑色のティーポットの登場だ。


「女将さん、これは迷いますね(笑」

「昨日の白は何にでも使えるわよね」


 はい、そのとおりです。


「このピンク色は紅茶好きな女性が購入してるわね」


 私もそう思います。

 このピンク色なら、サノスとロザンナはせっせと紅茶を淹れて楽しみそうな気がする。


「この薄い緑色は、東国の御茶を楽しむ方が多いのかしら?」


 はい、俺もそう思います。


「イチノスさん、どうします?」

「これは本当に迷いますよ(笑」


 これは困った。

 どうして、昨日買いに来た時に薄い緑色のを出してくれなかったんだ?

 薄い緑色が並んでいたら、俺は迷わず即決で買っていたと思うぞ。


 いや、考え方を変えよう。

 昨日、薄い緑色を買ったと思えば良いんだ。

 そうなれば、今日は白色とピンク色と薄い黄色で悩んだ末に白色を買っているだろう。


「女将さん。この薄い緑色をお願いします」

「はい、これですね。これは新品だから直ぐに包みますね」


 そう言った女将さんがイソイソとお会計の台へ向かった。


 女将さんが会計台へ向かった隙に、オリビアさんに相談した際のメモ書きを取り出し、店内を見渡す。


 まずは、荷物を入れて行くリュックがないかと見渡すが見つからない。

 う~ん さすがに雑貨屋でリュックまで求めるのは、品揃え的に無理があるか。

 木皿と木カップにフォークやお玉はありそうだ。


 後は天幕とロープだが⋯

 ロープらしきものはあるが、やはり天幕は無理そうだな。


 ん? あれは鍋か?

 そう思って鍋の置かれた棚へ向かうと、女将さんが声を掛けてきた。


「イチノスさん、鍋も欲しいの?」

「あぁ、軽い鍋と木製の皿と木製のカップも欲しいんだ」


「鍋と皿とカップ?」

「出来ればフォークとお玉⋯」


 そこまで口にした時に、女将さんの口元が笑った気がした。


「ただいま~」


 店の入口から幼い少年の声が聞こえる。

 その声に振り返れば、ギルドで見掛けた見習い冒険者の声だった。

 たしかこの子は、大衆食堂へオオバを持ってきた子だよな?


「お帰り~ 早かったね」

「伝令も無いから帰ってきた~ お母さん、おやつある~?」


「台所にイモがあるから、手を洗ったら食べて良いわよ」

「は~い」


 どうやら雑貨屋の息子さんは見習い冒険者のようだ。


「野営する準備でしょ?」

「はい?」


 息子さんが店の奥に消えるのを眺めていると、急に女将さんが聞いてきた。


 バレバレですね(笑


「どうしてわかるんです?」

「フフフ ヴァスコ君とアベル君が買いに来たのよ(笑」


 はいはい。俺は1年目の冒険者と同じですね(笑


「あの二人、先輩からいろいろと貰ったらしいけど、手入れが悪くて買い直して行ったのよ~」


 そう言って女将さんが手を出してきた。

 何だ?


「イチノスさん、さっきの見てたメモを見せて」

「えっ?」


「どうせ誰かに教えて貰ったんでしょ?」


 はい、そのとおりです。

 オリビアさんに教えて貰いました。


 俺がメモを渡すと再び女将さんの口元が笑った。


「リュックと天幕とロープは、この先のカバン屋で扱ってるから見てきて。他の品は内の店で揃えるから」

「ありがとございます。お願いします」


 これはありがたい。

 俺は迷うことなく女将さんへ頼むことにした。


「品物は配達でいいわよね。ちょっと配達料がかかるけど? 息子に届けさせるから」


 配達料はかまわない。

 むしろ荷物を運んでくれるんだ、小遣いぐらいなら支払おう。


「今日中にお願いできるかな? 出来ればさっきのティーポットも一緒に」

「はい、大丈夫よ。もしかして明日からなの?」


「えぇ、急に決まって明日の朝からなんです」

「そうなると店の在庫からね。予算は最低額でこのぐらいね」


 女将さんが指を立てる。

 俺はそれに従って財布から支払った。



 雑貨屋の女将さんが気を利かせて、俺が手にしていたパンとイモ類も配達してくれることになった。


 俺は身軽な状態でテントが張られた通りを歩いて行く。

 交番所へ変わろうとしている魔道具屋の前を過ぎ、左へ曲がれば店へ向かう道、その反対側にカバン屋はある。


「おや、イチノスさん。久しいね(笑」


 カバン屋へ入ると店主が声を掛けてきた。

 確かに久しくカバン屋には来ていない。

 最後に来たのは、普段使いのカバンを買いに来た時かな?


「今日は何が欲しいんだ?」


 主人の言葉に、雑貨屋の女将さんに野営する事がバレたことを思い出し、正直に伝える事にした。


「実は明日から2泊3日で野営するんだ。冒険者達が使うようなリュックと天幕、それに天幕を張るロープが欲しいんだ」

「わかった。二泊三日ならこの大きさが良いだろう」


 そう言って主人が取り出したのは、それなりの大きさの幌布製のリュックだった。

 俺はそれを手に取り気になったことを聞いて行く。


「ちょっと教えて欲しいんだが、天幕や鍋はリュックの外になるのかな?」

「連中はリュックの外が多いな。イチノスさん、ちょっと聞いて良いかな?」


「ん?」


「誰と行くんだ? 野営で一人はあり得ないから3人ぐらいか?」

「ワイアット達となんだが⋯」


 カバン屋の主人の問い掛けに、俺は正直に伝えた。


「もしかして、ブライアンもか?」

「⋯⋯」


「アルフレッドも一緒なら天幕は不要だな(笑」


 全てカバン屋の主人にはバレている気がする。


「まあ、そうだな(笑」

「やっぱり天幕は不要だな。さっき二人で店に来て、それぞれ二人用を買っていったんだよ(笑」


 アルフレッドもブライアンも天幕を買いに来たのか。

 あの二人が持っているとなれば、ワイアットも持っているだろう。


「イチノスさん、どうする? 天幕を買って行くかい?」

「いや、ロープだけ頼むよ(笑」


「ハハハ、連中はこれからも使うだろうからな。イチノスさんは今後も使う予定は無いよな?(笑」

「あぁ、連中に頼るよ(笑」


 カバン屋の主人の言う通りだ。

 やはりシーツで代用しよう。


「じゃあ念のためのロープと、リュックに鍋や毛布を結ぶ紐を貰えるかな?」

「わかった」


 そう言ってカバン屋の主人が天幕を張るためのロープと、リュックへの結び紐を準備してくれた。

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