13-11 奥様からのアドバイス


「イチノスさん。野営に持って行くのは、衣食住で考えると簡単よ」


 オリビアさんの解説は『衣食住』という言葉から始まった。


「衣食住というと⋯ 衣服と食物と住居で、生活というか暮らしの基礎ですよね?」


「そう、野営する時には外で泊まりがけの生活をするんだから、何が必要かを考える時は衣食住が基本になるの」


 オリビアさんは至極簡単なことを言ってるのだ。

 確かに野営するということは、屋外で生活をするのと同じと考えれば良いのだ。

 今回であれば調査隊は三日の予定だ。

 二泊三日の暮らしというか、屋外での生活を考えれば良いと言うわけだな。


「なるほど、そう頭を切り換えて考えれば良いんですね。例えば二泊三日の予定なら、その分を持って行けば良いんですね」


「そういうこと。まずは衣食住の3点、それとそれらを運ぶためのリュックかな」


 リュックというと背中に担ぐやつだよな?

 確かに今回の行き先は魔の森の中の古代遺跡だから、旅行感覚で片手が塞がる旅行鞄は不適切だな。


「それでね、イチノスさん。最後に忘れちゃいけないのは、武器と防具よね」


 武器と防具か⋯

 魔の森に入るんだから、魔物が現れる可能性は想定して行くべきだろう。


 普段、武器や防具を持たない俺としては⋯ 会合にも持って行った伸縮式警棒ならば、武器として使える気がする。

 防具と言うか装備として革鎧を考えたが、今日明日で揃えるのは無理だな。

 この際、諦めるべきだろう⋯


 後は護身用のナイフが寝室にあったな。


「但し、イチノスさん、勘違いしないでね」


 ん? 勘違い?


「武器や防具を持ってるからって、魔物や盗賊と遭遇したとしても戦うことを優先しちゃダメよ。野営と討伐を一緒に考えちゃダメよ(笑」


 なるほど。

 オリビアさんが言わんとしているのは、野営での心構えの話だな。

 確かに魔物討伐を目的とした行動と、調査で野営するのは別だ。

 その二つを混ぜて考えるのは避けるべきだろう。


「魔物や盗賊と出会ったら、まずは逃げる事を考えなきゃダメ。相手よりこちらが有利になる場所や状況まで逃げるの。逃げるためにも両手は常に空けておく。そして走りやすい靴と動きやすい服装をすることね」


 オリビアさんの考えには納得出来るぞ。

 まさしくそのとおりだ。


「じゃあ次は具体的に持って行く衣類ね。これは着替えと靴下とタオルね」

「着替えと靴下とタオル?」


「そう、特に代えの靴下は絶対に持って行って。ワイアットなんて何日も同じ靴下で悲惨なことになったからね。まったく、洗う側の身になって欲しいわ」


 はい。何日も同じ靴下なんて、想像するだけで悲惨な状況が目に浮かびます。

 いや、想像すらしたくないです。

 想像するだけで三日も履いた靴下の芳しい香りが⋯


 俺はカバンからメモとペンを取り出し、ここまでのオリビアさんの助言をメモして行く。


●衣類

着替え(代えの靴下は必須

マント

タオル


 俺の書いたメモを見つめてオリビアさんが助言を添えてきた。


「うんうん。マントは正解ね」

「昨日、ワイアットに教わったんです」


「そうね、今の季節なら敷物とマントがあれば大丈夫ね。衣類はこのぐらいかしら」

「次は⋯」


「じゃあ、次は食料ね」


 オリビアさんの言葉を受けて、俺はメモ書きに食料の項目を書き添えた。


●食料


「まずは水ね。水があれば食べ物が無くても1週間は耐えられるから水は絶対よ」


●食料


「次に干し肉とパンね。パンは店のを持って行って。ワイアットもこれだから」

「干し肉は昼前にギルドで申し込みました」


「それなら大丈夫ね」


 そうか、ワイアットは大衆食堂のパンを持って行ってるのか。


「後は⋯ ここからはワイアットに言わせると贅沢品かな? イモ類と調味料と火付けと燃料ね」


 これもメモをして行き、水と干し肉の横に、既に調達済みとして『✔️』マークを付けた。


●食料

水 ✔️

干し肉 ✔️

パン 食堂で購入

イモ類

調味料

火付け

燃料


 俺の書いたメモを見ながら、オリビアさんが再び助言を添えてきた。


「水と干し肉とイモと調味料があればスープも作れるの。野営した時でも、夜と朝に温かいスープがあれば嬉しいでしょ?」


 オリビアさんの言うとおりだ。

 これは是非とも欲しいぞ。


「そうなると木皿か木カップとフォークがあれば万全ですね」

「そうね、調理するならフォークもだけど小さな鍋が必要よ」


 小さな鍋か⋯ 雑貨屋で小振りな鍋を見掛けた気がするな。


「ワイアットは、吊り下げの付いた小振りの鍋を昔は持ってたわね。今も持ってるのかな?」


 オリビアさんの昔を回想する顔を眺めながらも、俺はメモに書き足して行った。


「イチノスさん、鍋でスープを作るならスプーンかお玉を忘れないでね(笑」


 うんうん。

 オリビアさんの言うとおりだ。


●食料

水 ✔️

干し肉 ✔️

パン 食堂で購入

イモ類

調味料

火付け

燃料

木皿

木カップ

フォーク

小振りな鍋(吊り下げ

お玉


 俺は書き上げたメモをオリビアさんへ見せながら聞いて行く。


「オリビアさん、こんな感じですか?」

「そうね。このぐらいで十分ね。何だったらイモ類は後でパンと一緒に渡すわね」


「はい、ありがとうございます。後は衣食住の住ですね」

「そうね。敷物は毛布で十分だし、後は天幕があると夜露をしのげるから便利よ」


 敷物は冬用の毛布を下ろす予定だが、さすがに天幕までは考えていなかった。


「天幕はシーツで代用できますかね?」

「天幕は必須じゃ無いわよ。もし天幕を張るなら、細目のロープも必要になるわよ」


「細目のロープですか?」

「2尋ぐらいのロープが2本か3本あれば天幕も張れるし物干しにも使えるわよ」


 俺はオリビアさんの言葉をメモに書き足して行く。


●住居

敷物

天幕(シーツで代用

ロープ3本(2尋


「最後に、これらを一つにまとめて背負って行くリュックが必要よ」

「リュックなら両手が使えますね」


「そう、手の塞がらないリュックは必需品ね」


●リュック(両手が使えるやつ


 これもメモ書きに書き足した。


「そうそう。最後はさっきも話した武器と防具を忘れないでね(笑」

「そうでした。武器と防具も忘れずにですね(笑」


●武器

●防具


 メモ書きを仕上げたところで、オリビアさんが笑顔で聞いてきた。


「こうやって考えれば簡単でしょ?」

「さすがは冒険者の奥さんですね(笑」


「ふふふ 全部、ワイアットの受け売りよ(笑」

「それでも、これだけスラスラ出てくるのは素晴らしいです」


「じつはね、ワイアットが冒険者になるって宣言した時に、一緒に考えたのよ~ 懐かしいわ~」


 またオリビアさんが、昔を懐かしむ顔を見せてきた。


 一方の俺はメモ書きを見直しながら既に調達の目処が立っているものに『✔️』を付けながら書き足して行く。


●衣類

着替え(代えの靴下は必須 ✔️

マント ✔️

タオル ✔️


●食料

水 ✔️ 魔法円

干し肉 ✔️

パン 食堂で購入 ✔️

イモ類 食堂で入手 ✔️

調味料

火付け 魔法円 ✔️

燃料 魔法円 ✔️

木皿

木カップ

フォーク

小振りな鍋(吊り下げ

お玉


●住居

敷物(毛布を下ろす ✔️

天幕(シーツで代用 ✔️

ロープ3本(2尋


●リュック(両手が使えるやつ


●武器 警棒とナイフ ✔️

●防具 ✔️



 こうして明日からの調査隊同行に必要な物の洗い出しが終わった。

 残るはこれらを雑貨屋で入手できるか否かだな。


「じゃあ、明日からイチノスさんは、店をお休みにするの?」


 メモ書きを確認しているとオリビアさんが聞いてきた。


「いえ、サノスとロザンナに任せようと思ってます」

「あら、大丈夫?」


「二人なら大丈夫ですよ。特にサノスはしっかりしてますから」

「あら、イチノスさん。ありがとうね」


 そう答えたオリビアさんの顔は嬉しそうだった。


 それから俺は、オリビアさんの不安を取り除くために、店の前で街兵士が立番をしていることなどを話して行った。


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