13-10 野営に必要な物は何か
「イチノスさん、私に話があるんだって?」
そう言ってオリビアさんは、トリッパにパンを乗せた皿を私の前に置き、手を差し出してくる。
その手に木札を渡しながら、まずは昨日のトリッパのお礼から伝えて行く。
「昨日はトリッパをありがとうございました」
「あぁ、あれね。いいのよぉ~気にしないで。まだ味が染みてなかったでしょ?」
俺の前に置かれたランチのトリッパへ目をやりながら、オリビアさんが答えてきた。
「いえいえ美味しかったです。やはりオリビアさんのトリッパは絶品ですよ」
「ありがとうね、今日の方が味が染みて美味しいわよ。もしかして話ってそれのこと?」
「いえ、今は忙しいですよね?」
そこまで言って店内を見渡せば先程の冒険者と商人達が婆さんへ注文をしている感じだ。
まもなく厨房仕事のオリビアさんの出番だろう。
「そうね。ちょっと今は無理そうだけど⋯ サノスの話?」
「いえ、サノスには助かってます」
これは事実だ。
サノスが描いた魔法円がギルドに売れたし、明日からの店番もロザンナと二人でやってくれそうで助かっている。
「オリビア~ 注文はいったよ~」
「は~い」
婆さんの注文を知らせる声にオリビアさんが返事をして会話が遮られる。
「そうだ、イチノスさん。傘ありがとうね」
そう言うと、オリビアさんは俺が座っている長机を離れ、婆さんと二言三言話して、小走りに厨房へと戻っていった。
そんなオリビアさんの背中を眺めながら、俺は自分の昼食へと戻って行く。
気が付けば、俺が来た時よりも店内はざわついている感じがした。
改めて店内を見渡すと、オリビアさんと会話をしている間に、もう一組のお客さんが来ていて、婆さんが注文を取っているようだ。
しかも店内全ての長机が埋まり、一人で長机を使っているのは俺だけだ。
「いらっしゃ~い」
婆さんの来客を告げる声と共に、6人ぐらいの集団が食堂へ入ってきた。
それを見た婆さんがチラリと俺を見た気がする。
これは⋯ 俺に早く食べろということだな、少し居心地が悪いぞ(笑
急ぎ昼食を食べ終えて俺は大衆食堂を後にすることにした。
「イチノス、すまんね」
聞き慣れない婆さんの言葉を背に、昼食を終えた俺は大衆食堂を後にした。
大衆食堂を出て、通りに張り出されたテントを眺めながら考える。
今の俺に必要なのは、野営に必要なのは何かという『情報』だ。
パンとそれ以外に野営で必要な物は何か?
この後は雑貨屋でロザンナと話したティーポットを買う予定だし、女将さんにでも軽く聞いてみるか?
◆
あぁ~
やはり広い湯船は良いぞ。
蒸し風呂を楽しみ、水風呂で体を冷まし、今は改めて大きな湯船に浸かっております。
はい、俺は雑貨屋へ行く前に風呂屋を選びました。
明日から好きな風呂に3日も入れないのだ。
それにしても昼間から風呂屋というのも贅沢な感じだな(笑
そんなことを感じながら、先程のギルマスの巧みな話術を思い出して行く。
ギルマスが薬草採取の件でワイアットを取り込んだのは、明らかに作為的な戦略だったのだろう。
ギルマスから請け負ったワイアットは、多分だが、明日、古代遺跡へ向かう道中でアルフレッドとブライアンへ、ギルマスと話し合った薬草採取について話をするだろう。
研修所の2階でワイアットが薬草採取の話を切り出す前に、ギルマスはワイアット達に『古代遺跡の調査が済んだら探索を開放する』と約束していた。
いわば、冒険者であるワイアット達の意向にギルマスが共感を示したのだ。
まず古代遺跡の件で冒険者達の希望を叶えて、薬草採取の件でワイアットを取り込んだ形だ。
当のワイアットは、古代遺跡の探索を切り開いてくれたギルマスに、恩義のような感謝のようなものでも感じていたのだろう。
そしてギルマスは、薬草採取の件に見習い冒険者を意識させた縦のつながり、アルフレッドとブライアンを意識させた横の繋がりの話をした。
縦横の『冒険者の繋がり』で編んだ網でワイアットを捕えたのも同じだ。
そもそも古代遺跡の探索開放は既に半分⋯ いや8割は決まっていたのだろう。
いわば、既に決まっていたことを今決めたかのように見せかけて、ワイアットに恩返しの機会としてギルドの仕事を追わせたのだ。
ギルマスを疑うわけではないが、これは一つの交渉術だ。
ケユール家の男子が持つ洞察力のように、ストークス家の男子は交渉力に長けているのかもしれない。
はぁ~
こんなことを考えてもしょうがない。
明日からの調査隊同行は決まったんだ。
明日の朝は、見習い冒険者の薬草採取を見ながら薬草の実状を確認して来よう。
風呂屋を出たらパンを手に入れて、雑貨屋でティーポットを買いつつ、野営に必要そうな物を手に入れて店へ戻ろう
◆
「おや、イチノス。また来てくれたのかい?」
俺は風呂屋を出て真っ直ぐに大衆食堂へ戻ってきてしまった。
「婆さん、もうエールは飲めるかな?」
「まだ昼が終わったばかりだよ」
はい、おっしゃるとおりです。
この時間から飲めないのは知ってます。
ですが⋯ 風呂屋で出来上がった体がエールを欲しがってるんです。
「本当は夕方からだけど、お客も捌けそうだから⋯ 良いよ」
「じゃあ、一杯、頼むよ」
若干、渋る婆さんに許しを得た俺は、木札を片手にいつもの席に着いた。
改めて店内を見渡すと、奥の長机に一組のランチらしき客が残っているだけだ。
壁の時計を見れば2時を過ぎている。
若い街兵士は、もう店に来たのだろうか?
「はい、お待たせ」
そう言って、オリビアさんがエールを持ってきてくれた。
「エールだけで良いの? 串肉も焼く?」
「いや、今日はエールだけで(笑」
「そういえば、さっきの話は何だったの?」
「オリビアさん、今は大丈夫かな?」
そんなやり取りをしていると、奥の長机に座っていた客が席を立ち上がった。
俺の視線でオリビアさんも気が付いて腰を上げようとするが、婆さんがそれを軽く制してくれた。
そんな婆さんの後ろ姿を眺めながら、俺は目的の話をして行く。
「実は、オリビアさんに教えて欲しいことがあるんだ」
「私に?」
「ワイアットが野営する時に何を持って行ってるかを教えて欲しいんだ」
「それって、ワイアットみたいな仕事は野営の準備で何を持って行くかってこと?」
「う~ん⋯ まあそんな感じです。干し肉と水は準備できるんだが、他に何が必要なんだろう?」
「あぁ~ それでなのね(笑」
???
オリビアさんが全てをわかったような返事をしてくる。
「実はイチノスさんが来る前にワイアットが飛び込んできたの(笑」
「はぁ⋯」
「毛布を下ろしていいかって聞いてきて、忙しかったから良いわよって返事をしたら、直ぐに飛び出してったのよぉ~」
なるほど!
あの後でワイアットはオリビアさんに頼み込んだんだな(笑
「もしかして、明日からイチノスさんも一緒に行くの?」
オリビアさんの言葉に周囲を見渡せば、先程の客もいなくなり誰も残っていない。
婆さんが洗い物を下げようとしているだけだ。
これならオリビアさんへ話しても良いだろうと判断して答えて行く。
「実は、明日の朝からワイアットと一緒に行くんです」
「わかったわ。ワイアットが持って行きそうなのを教えるから」
そう言ってオリビアさんが話を始めてくれた。
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