13-9 冒険者の食事事情


 受付カウンターを越えようとするとタチアナが声をかけてきた。


「イチノスさん、これに申込みませんか?」

「ん?」


「干し肉の調達代行です」

「干し肉の調達?」


「明日からお出掛けですよね?」

「まあ、そうだね(笑」


 『お出掛け』とは、面白い表現というか彼女らしい言い方かもしれない。


「今回みたいなお出掛けをする時、冒険者の方々は食事用の干し肉を調達するんです。イチノスさんも必要かと思ったんですが⋯」

「ちょ、ちょっと詳しい話を聞かせて」


 正直に言って、明日からの古代遺跡調査隊に同行する3日間の食事を全く考慮していなかった。

 食料調達のことは全く頭になく、一歩間違えれば明日の朝、食料を何も持たずに西の関でワイアットたちと合流していたかもしれない。

 冒険者が野営する際には『干し肉とパン』という話は聞いたことがある。

 後は水だろうか⋯


「では、こちらへお願いします」


 俺の説明を求める願いに、いつもキャンディスが座っている受付カウンターへとタチアナが案内する。

 すると、それまでタチアナが座っていた受付カウンターには、オバサン職員がタチアナに代わって直ぐに座ってきた。


「イチノスさん、この申込書に記入して料金を払って貰えれば、出発する関のギルド窓口で干し肉が受け取れるんです」


 いつもキャンディスが座っていた受付カウンターから、タチアナが意気揚々と説明をしてくる。


「今日の2時までに申し込んで貰えれば、明日の朝に受け取れますよ」


 なかなか面白い仕組みだ。

 これなら自分で干し肉の調達をする手間から解放されるじゃないか。


「これは皆が使ってるの?」

「こだわりのある冒険者さんは自分でやってるみたいですけど⋯」


「みんな自分の好き嫌いがあるのよ」


 隣に座ったオバサン職員が割り込んでくる。


「好き嫌い?」

「今だと角ウサギの肉みたいですね。美味しいですよ」

「あら、未だオークは出てないの?」


 何やら書かれたリストを見ているタチアナが、オバサン職員と干し肉事情を話し始めた。


「オークは未だですね。来週には出ると思いますけど⋯ イチノスさんはオークを希望ですか?」

「いや、特にこだわりはないから(笑」


「どうします?」

「おう、頼むよ。ついでにもう少し教えてくれるかな?」


 それから冒険者が『お出掛け』する際の食事事情をタチアナから聞き出した。


 やはり冒険者が野営する場合の一般的な食事は、干し肉とパン、それに水だというのだ。

 そこで少しでも冒険者達の手間を減らすため、こうして干し肉の調達を冒険者ギルドが手伝っているというのだ。


「これは面白い仕組みだね。是非とも使わせて貰おう。今から頼めるんだよね?」

「はい、大丈夫ですよ」


「今回だと量はどのくらいになるんだろう?」

「二束(ふたたば)あれば十分だと思いますよ」


「じゃあ、それで頼むよ」


 そこまでいうとタチアナが手にした用紙にペンを走らせて行く。

 一通りの記入を終えたのか用紙の向きを変えて俺にペンを渡してきた。


「料金を確認して、こことここに署名(サイン)をお願いします」


 タチアナの指差す場所へ署名(サイン)していると会計皿(カルトン)を出してくる。

 用紙に記された料金を払い、署名(サイン)を終えた用紙と共に差し出すと、慣れた手付きで判子をバンバンと音を立てて捺して行く。

 捺し終わった判子を脇に置くと、用紙に定規を宛てて、一気に半分に切り分けた。

 タチアナが切り分けた用紙の半分を俺に渡しながら話を続ける。


「はい、イチノスさん。明日これを関のギルド窓口で出してください。引き換えで干し肉を受け取れます」

「ありがとう。これで干し肉は気にしなくて済むんだね」


「はい、イチノスさんは初めてですか?」

「ああ、初めてだな。他に準備した方が良い食料はあるかな?」


「う~ん。最低限はさっきも言いましたけど、干し肉とパンと水ですね」

「水は何とかなるよ(笑」


「そうでしたね。忘れずに持って行ってくださいね。関では水も売ってますが忘れると重いのを担ぐことになりますよ(笑」

「ククク そうだね。俺が水筒を担ぐわけには行かないね(笑」


 互いに笑いが出たところで、俺はパンについても聞いてみた。


「後はパンだけど、パンはギルドでは扱ってないのかな?」


 そこまで俺が言うと、隣の受付カウンターに座っているオバサン職員が割り込んできた。


「パンはね、もう止めたんだよ。前はやってたけど利用者が減ってね」

「そうなんです。実は干し肉も利用者が減ってるんです」


 オバサン職員の言葉にタチアナも乗ってきた。


「へぇ~ どうしてだい?」


 利用者が減った話となれば、若いタチアナよりは年配のオバサン職員の方が事情を知ってるだろう。

 そう思ってオバサン職員へ声を掛けると嬉しそうに答え始めた。


「以前は野営が当たり前だったけど、ある時期から商隊が宿泊付きに切り換えてきたんだよ。昔は隣街や隣村に着いても野営する事が当たり前だったんだけどねぇ~」


「それって、いつ頃からなんですか?」


 俺は何の気なしに聞いてしまった。


「あれは5年前の大討伐の後だよ。色々とあって冒険者が減って、ある商隊が宿での宿泊を条件に付けて護衛依頼を出したんだよ」


「なるほど、その条件で冒険者を集めたんですね」


「そうだね、それから優秀な冒険者を護衛で雇うには、宿での宿泊付きが当たり前になって行ったね」


 オバサン職員の言葉には歴史を感じる。

 このオバサン職員が若かりし頃は、こうした食料調達を冒険者ギルドが代行するのが当たり前だったんだろう。

 それが商人達や商隊の意向で野営をせずに宿へ泊まるように変わってきた。

 安全を考えれば宿に泊まる方が良いに決まっている。


 ただ、それが5年前のロザンナの両親を奪った大討伐が契機なのが心に引っ掛かる。


「へぇ~ 知らなかったです」

「あれ? ターニャはあの後に入ったんだっけ?」


「未だ私は3年目ですよ(笑」

「3年目? 息子と同い年かい?!」


 おいおい、話がズレそうだぞ(笑


「じゃあ、今は通常の護衛依頼だと冒険者は干し肉は持たないのかな?」

「そうでもないんだよ。突然の野営に備えて干し肉は皆が持ってるね。パンよりは日持ちがするからね」


 オバサン職員の言うとおりだ。

 干し肉なら2週間は持つだろう。

 日持ちするように固く焼いたパンでは1週間が限界だろう。

 それならば今回の干し肉の調達は正解だな。

 そもそも今回の古代遺跡の調査隊は、野営が決まってるのだから、干し肉とパンは必需品だ。


 さて、そうなるとパンの調達をどうするかだが⋯

 オバサン職員と会話をしていて、ふとワイアットの奥さんのオリビアさんが思い浮かんだ。


 オバサン職員は、年の頃ならオリビアさんと同じくらいか少し年上だろう。

 オリビアさんは冒険者であるワイアットの奥さんだから、冒険者の野営での食事事情には詳しい気がする。


 俺は空腹にも押されて、干し肉の調達代行を済ませた受付カウンターを後にして、大衆食堂へと向かった。



 冒険者ギルドを後にして大衆食堂へ向かうと、いつもの給仕頭の婆さんが迎えてくれた。


「あら、イチノス。連日かい?」

「あぁ、ランチを頼めるかな? それとオリビアさんと話がしたいんだ」


「ランチは昨日と同じでトリッパだよ。オリビアはちょっと待ってな」

「うん、それで頼むよ」


 木札を受け取り、昨日と同じ長机に着いて店内を見渡すと既視感を覚える。

 昨日も同じ時間に来てワイアットと一緒に食べたんだよな⋯


 奥の長机には昨日と同じような大工姿の男達。

 冒険者らしき二人組が2つと、商人が混ざった机が一つ。

 

「いらっしゃ~い」


 給仕頭の婆さんがお客さんを迎える声に振り返れば、やはり店に来たことのある見知った冒険者の二人組と商人だった。

 二人とも俺に気が付き軽く会釈してくるので、それに俺も会釈で返す。


 今日も大衆食堂は平常運転な感じだ。


「おまたせ~」


 声と共に、パンの乗せられたトリッパを手にするオリビアさんが現れた。

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