13-8 アンドレアの件で話があるそうです
「おっと、もうこんな時間か。じゃあすまんが俺は退散するぞ」
ワイアットが壁の時計を見るなり席を立ち上がった。
俺も釣られて時計を見れば既に12時になろうとしている。
どうりで空腹を感じるわけだ。
「ワイアット殿、時間を取らせてすまなかった。宜しく頼むな」
「良い知らせを楽しみに待っていてくれ。じゃあ、失礼する」
そう告げるや否や、ワイアットが階段へ足を向ける。
それに合わせて俺も席を立ち上がろうとすると⋯
「いや、イチノス殿は少し残ってくれないか? アンドレア殿の件で話があるんだ」
アンドレアの件?
西のジェイク領と結ぶ馬車軌道の話しか?
ワイアットの階段を降りて行く足音が消えると、ギルマスが口を開いた。
「イチノス殿、やってくれたな」
「アンドレアさんの件ですよね?」
多分、ギルマスは先程の会合の事を言っているのだろう。
だが、俺は敢えて気付かぬ振りをして、アンドレアの件で突き通してみた。
「ククク 違うに決まってるだろ(笑」
どうやら無理なようです(笑
「まあ、ワイアット殿からは、会合の前に可能性の一つとして聞かされていたんだが、まさか今日中にウィリアム様から約束を取り付けるまで追い込まれるとは思わなかったよ」
「ククク 私が言い出したことじゃないですよ。アルフレッドとブライアン、いわば冒険者の側からの要望ですから(笑」
「結果的にそうなったが、まさか会合の中で求められるとは思わなかったよ。私としては、今回の調査隊の結果を受けてウィリアム様との調整で考えていたんだ」
「ククク 仕事を増やされた⋯ いや、急かされた気分ですか?」
「そうだな、まさしく急かされた感じだな(笑」
「それも結果的と考えてください(笑」
「言われてみれば、そうかもしれないね。まだまだ、自分の甘さを感じるよ(笑」
ギルマスの口調が、少しずつだが柔らかくなっていることから、それほど強い怒りを感じているわけではないのだろう。
むしろ俺に対して、一言、言いたいのかも知れない。
「端的に聞きますが、ギルマスは今日中にウィリアム様から返事がもらえると思いますか?」
「ククク もらえると思うよ。伝令にイチノス殿の名言を記したからね(笑」
「えっ?」
俺の名言を記した? ギルマスは何をしたんだ?
「ニコラスが運ぶ伝令に、こう書いてみたんだ⋯
『金銀財宝が出たら、イチノス殿が同行冒険者を火魔法で焼き殺しそうです。なので持ち帰りはしないことにしました』
どうだい? これならウィリアム様は必ず返事を返すよね?(笑」
ベンジャミン、それって俺が集団殺害予告をしたのと一緒だぞ。
そんなことを書いた伝令を、ギルマスは領主であるウィリアム叔父さんへ出したのか?
「とにかく、今回の調査隊に参加してくれる冒険者の方々、全員が納得してくれたことが何よりだよ」
「⋯⋯」
「さて、本題のアンドレア殿の話で良いかな?」
「ギルマス。それって、今ここで聞いた方が良い話ですか?」
俺の集団殺害予告で、ウィリアム叔父さんから返事を引き出そうとするようなギルマスだ。
このまギルマスと会話を続けると、巻き込まれて飲み込まれる気がする。
とにかく俺は、ギルマスとの話を切り上げることを選んだ。
「う~ん。話だけでも聞いてもらえないかな? この後、イチノス殿は用事が⋯」
「明日の準備があるんです。アンドレアさんの件とやらは、古代遺跡の調査が終わってから聞きますよ」
そこまで告げて俺は席を立ち上がった。
すると、ギルマスがポツリと呟いた。
「まあ、戻ってからでも同じか⋯ いや、戻って来てからの方が良いか⋯」
「ん?」
随分と気になる言い方をするじゃないか。
「調査隊は西街道を行くだろ? その際に、イチノス殿は西街道の現状を見れるんだよな⋯」
「⋯⋯」
ギルマスの言葉に思わず足を止めてしまった。
確かに今回の調査隊が古代遺跡へ向かうには、西の関から西街道を行くことになる。
アンドレアが言っていた馬車軌道も、リアルデイルから魔の森を抜ける西街道だ。
詳細は知らされていないが、アンドレアが考えている馬車軌道は、西街道と並走する形に成りそうな気がする。
「そうそう、西街道は西ノ川も渡るから薬草の現状も見れるよね?」
「⋯⋯」
こ、こいつ⋯
今回の調査隊への同行で、俺に現地視察をさせたいのか?
「そうだ、ニコラスの書いた予定だと朝が早いね。これなら見習い冒険者の方々がイチノス殿へ卸す薬草を採取しているのを見れるかも?」
「⋯⋯」
「いずれにせよ、色々と見れるね(ニッコリ」
そう告げてニッコリとするギルマスの笑顔に、何とも言えない感情が湧いてしまう。
「はぁ~ わかりました。見てきますよ。とにかく、ギルマスの言うアンドレアさんの話は戻ってから聞きますから」
「そうだね。そうしてくれると助かるよ(笑」
その後、ギルマスも席を立ち上がり、一緒に階下へ降りることになった。
研修所の建物からで出ると、馬車止まりに黒塗りの馬車が止まっていた。
あれ?
来る時には止まっていなかったよな?
そう思っていると、冒険者ギルドの建物から見習い冒険者のエドとマルコが出てきた。
「「イチノスさん!」」
「やあ、エドにマルコ。久しぶりだね」
「おや? エドワルド君とマルコット君だね? こんにちわ」
「「ギルマス! こんにちわ!」」
エドとマルコが慌ただしく返事をすると、俺とギルマスの前で立ち止まり、深くお辞儀をして挨拶をしてきた。
そんな二人へギルマスが声をかける。
「薬草採取が終わって戻ってきたのかい?」
「「はい!」」
「じゃあ、お昼を食べたら⋯」
「「はい! 伝令に行きます!」」
「よしよし、しっかり頼むよ」
「「はい!」」
再び二人が元気に答えると、早足に俺とギルマスが出てきた研修所へと向かって行く。
エドとマルコの背中をギルマスと共に見送っているとギルマスが呟いた。
「あの二人も来年の今頃は1年目めか⋯」
「そうなんですか?」
「確かそうだよ。そうだ、あの二人で思い出した。イチノス殿はロザンナさんを雇ったそうだね」
ん? なぜ、ロザンナを雇ったのをギルマスが知っているんだ?
「えぇ、誰から聞きました?」
「誰だったかな⋯ いや、そんな話を聞いたんだよ⋯ 誰だったかな⋯」
多分だが、イルデパンかローズマリー先生か⋯ もしかしたらワイアットからでもギルマスは聞いたのだろう。
誰から聞いたか思い出そうとするギルマスには、ロザンナを雇った経緯は知らせずに肯定だけしておこう。
「ロザンナは、昨日が初出勤で今日が二日目ですね」
「そうかそうか、サノスさんに続いてロザンナさんまで雇い入れるとは、イチノス殿は目の付け所が素晴らしいね」
何だろう?
ギルマスは何が言いたいんだ?
そんな会話をしながら冒険者ギルドの建物へと入ると、やはりどこかで見掛けた見習い冒険者の少年少女達が俺とギルマスへ挨拶をしながら研修所へと向かって行く。
どうやら、丁度、見習い冒険者が薬草採取から戻ってくる時間に出くわしたようだ。
サノスやロザンナが言っていた。
昼前に薬草採取を終わらせて冒険者ギルドへ戻り、昼食を食べて昼からの伝令に備えるのだろう。
「じゃあ、イチノス殿。ここで失礼するよ。明日からはお気をつけて」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ギルマスは颯爽と階段を昇り2階へと上がって行く。
まあ、明日からの調査隊同行は、冒険者ギルドのギルマスであるベンジャミン・ストークスからの指名依頼だ。
去り際の言葉は彼なりの礼を尽くした言葉だろうと受け止め、受付カウンターを越えようとするとタチアナが声をかけてきた。
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