13-13 イチノスの帰宅


 店の前で立番をしてくれている二人の女性街兵士へ王国式の敬礼をし、労いの言葉を掛けたら店へと入る。


カランコロン


「いらっしゃいませ~」


 店へ入った途端に、ロザンナが元気よく店舗へ顔を出して俺を迎えてくれた。


「イチノスさん、お帰りなさい」

「ただいま。店番を任せてすまんかったな」


 ロザンナとそんな会話をしながら作業場へ入ると、サノスが魔素ペンを手にこちらを見てきた。


「師匠、お帰りなさい」

「おう、ただいま」


 サノスの前には、洗濯バサミで型紙が止められた木板らしき物が見える。

 あれから自分なりに工夫をして木板に魔素転写紙を固定し、更にその上に洗濯バサミで型紙を固定することに成功したようだ。


 その隣へ目をやれば、ロザンナが作業中なのか、薄紙に包まれ四方を洗濯バサミで止められた魔法円が見える。


「サノス、どうだ? 順調か?」

「はい、順調です」


「イチノスさん、御茶を淹れますか?」

「そうだな、着替えてくるから淹れてくれるか?」

「「はい」」


 ロザンナとサノスの返事を聴きながら、俺は着替えのためにリュックを片手に2階へと向かった。



 2階の寝室で着替えを終えて、クローゼットから使っていないシーツを取り出す。

 畳んだシーツを試しにリュックへ入れてみれば、まだまだ余裕がある感じだ。

 これなら着替えだけではなく、木皿やら干し肉やらパンなどを放り込んでも大丈夫そうだ。


 ついでにクローゼットから古い毛布も取り出す。

 取り出した毛布を出来るだけ丸めたら、カバン屋で手に入れた紐で縛ってみる。

 筒状に丸められた毛布をリュックの上に乗せてみれば、良い感じで収まりそうだ。

 そうなるとリュックの外はこの毛布と雑貨屋から届く予定の鍋だな。

 俺が思い描いていた感じになりそうだ。


 どうする? このまま準備を始めるか?

 いや、その前に、渇いた喉をロザンナに頼んだ御茶で潤したいな。


カランコロン


 階下から店の扉に着けた鐘の鳴る音がする。


「は~い」


 サノスの声と共に、ドタドタする足音が聞こえたかと思うと、雑貨屋で聞いた覚えのある声が聞こえる。

 多分だが雑貨屋で購入した品々が届いたのだろう。


 再びドタドタと足音がすると、サノスが俺を呼ぶ声がする。


「師匠! 雑貨屋から荷物が届いてます~」

「わかった~」


 案の定、雑貨屋から荷物が届いたようだ。

 俺は準備を後にして階下へ降りると、台所ではロザンナが御茶を淹れる準備をし、作業場の作業机はきれいに片付けられていた。


 作業場を抜けて店舗へ行くと、雑貨屋の息子が紙袋をカウンターの上に置いて、サノスと何かを話しながら待っていた。


「イチノスさん、お届けです!」

「おう、ご苦労様」


 雑貨屋の息子の言葉に応えた俺は、財布から銅貨を取り出し渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。


「ロナルド、良かったね」


 俺の後ろ、作業場へ戻ったと思ったサノスが、店舗へ顔だけ出しながら声を掛ける。


「イチノスさん、ありがとうございます。それにサノス先輩、ありがとうございます」


 ロナルドと呼ばれた少年が笑顔でお辞儀をしてきた。


 暫し間を置いたが、用事の済んだロナルドが帰る気配を感じさせない。

 すると、帰る気配の無いロナルドが躊躇いがちに口を開いた。


「あの~ イチノスさん」

「ん?」


「明日の朝って、西の関から出発ですか?」


 何でそんなことをロナルドが聞いてくるんだ?


「母さんから⋯ 聞いてこいって言われたんです」


 雑貨屋の女将さん。

 俺の指名依頼を探ってるのか?


「ジョセフからも、イチノスさんが野営するって聞いて⋯」


「師匠、ロナルドは師匠の荷物持ちをしたいんです」


 作業場から顔だけ出していたサノスが、再び声を掛けてきた。


「そうです、イチノスさん! 明日の朝、西の関から出るなら、西ノ川まで荷物持ちをさせてください!」


 そこまで言われて俺は理解した。

 雑貨屋の息子のロナルドは、明日の朝、薬草採取で西の関から出るのだろう。

 俺が西の関から出発するなら、薬草採取をする西ノ川まで荷物持ちをして、小遣いを稼ぎたいのだ。


 それにしても『ジョセフ』って誰だ?


「サノス、ジョセフって?」

「カバン屋のジョセフです」


 サノスの返事を聞いて、俺は確信した。

 先ほど俺が顔を出す前、サノスとロナルドが何かを話していたのはこの事なのだ。

 これは細かい話しはサノスに聞かせず、ロナルドと話した方が良さそうだ。


「サノス、すまんがこの荷物を奥へ運んでくれるか?」

「は~い」


「新しいティーポットもあるから、出してくれるか?」

「えっ? また、買ってきたんですか?」


「あぁ、ロザンナが御茶を淹れるから、間に合えば新しいティーポットで淹れてくれるか?」

「は~い」


 サノスはカウンターの上の紙袋を手にして、急ぎ作業場へと消えて行った。



 雑貨屋の息子のロナルドとの話を終え、俺は作業場へと戻った。


 結局、明日の朝、ロナルドとジョセフの二人と西の関で待ち合わせをすることになった。

 カバン屋の息子のジョセフは、既に明日の朝、アルフレッドとブライアンの荷物持ちを取り付けているという。

 それなら俺の荷物とワイアットの荷物も頼むから、ジョセフと協力して荷車を手配することで話がまとまった。


 未成年の見習い冒険者に荷物持ちをさせることに迷ったが、ロナルドの話を聞く限り、彼らはこうして小遣いを稼いでいると理解して頼むことにした。


 ロナルドが明日の朝の荷物持ちを取れたことに喜びながら退店したので、サノスとロザンナと俺の3人で作業机に着き、ロザンナの淹れてくれた御茶を楽しむ。


 机の上には、昨日手に入れた白いティーポットと、ロナルドが届けてくれた薄い緑色のティーポットが並んでいる。


 こうしてみると、ティーポットが二つというのは、それなりに場所を取るな(笑


 そんなことを思いながら、俺は不在中の様子をサノスへ問い掛ける。


「サノス、お客さんは来たのか?」

「はい。師匠が戻る前に魔石のお客さんが一人と、昼過ぎに街兵士さんが来ました」


「どちらもサノスが接客してくれたのか?」

「いえ、街兵士さんはロザンナにお願いしました。帳簿には私が書いときました」


 マグカップで紅茶を飲むロザンナへ目をやれば軽くうなずいた。


 その様子からするに、明日からの三日間はこの二人に任せても問題なさそうだ。


「ロザンナは緊張したか?(笑」

「いえ、はい、少し緊張しました」


 若干、戸惑うロザンナの返事に、ロザンナなりの緊張が思い浮かぶ。


「いやいや、ロザンナよりお客さんの方が緊張してたよ(笑」

「ククク」


 サノスの言葉に俺も頷いてしまう。

 街兵士副長のイルデパン、その孫娘のロザンナが店に立ってるんだ。

 あの若い街兵士は、さぞや緊張しただろう。


 それにしても、店の外に立つ女性街兵士の二人は図太いな。

 自分の上司の孫娘と平然と接してるんだからな(笑


「師匠、明日も店に来て良いんですよね?」


 サノスが明日の都合を確認するように聞いてくる。

 横に座るロザンナも気にしている顔だ。


「昼過ぎにオリビアさんにも伝えて来たよ。明日から三日間、俺が不在でもサノスとロザンナで店を開けてくれるか?」

「は~い」

「頑張ります!」


 サノスが明るく答え、ロザンナがやる気を見せてくる。


「三日間、俺は不在だがサノスとロザンナがいれば大丈夫だよな?(笑」

「はい、街兵士さんもいますから」

「うんうん」


「まあ、変な奴らが来たら、迷わず外の街兵士を頼って良いからな」

「はい、今日もお姉さんに言われました」

「うんうん」


 えっ?

 お姉さんに言われた? どこのお姉さんだ?


「お姉さん?」

「師匠、わかりませんか? 外で立番をしてくれる街兵士のお姉さんですよぉ~」

「うんうん」


「あのお姉さん達から言われたんです」

「うんうん」


「『変なお客さんが入らないように私達が守ってるから安心してね』って」

「うんうん」


 確かに二人も街兵士が立番をしていたら変な輩(やから)は近付かないな。

 あの教会関係者を装った詐欺師のような奴も、街兵士の姿を見掛けたら、店には入って来なかっただろう。


「師匠、あのお姉さん達が面白い話をしてましたよ(笑」


 ん? 何の話だ?


「『将来性のある男性を捕まえなさい』ってねぇ~」

「言ってた言ってた(笑」


「街兵士なら、まず悪いことしないとか(笑」

「先輩、私もそう思います(笑」


 どうやら今日も、あの二人の女性街兵士は店に上がり込んで、紅茶でも飲みながらサノスとロザンナの4人で何かを話していたのだろう。


 変なお客さんは入って来ないだろうが、あの立番をしている二人の女性街兵士は気軽に店へ入ってくる気がする。


 サノスとロザンナの言葉を聞いて、俺は変な心配が頭をよぎった。

 俺が調査隊から帰ってくるまでに、あの立番をしている二人の女性街兵士に感化されて、サノスとロザンナが変わっている気がした。


これで王国歴622年5月25日(水)は終わりです。

一旦書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第投稿します。

次は古代遺跡調査の1日目になります。

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