王国歴622年5月26日(木)

14-1 調査隊の出発です


・魔物討伐8日目 ⇒ 一時延期

・薬草採取解禁(護衛付き)

・調査隊1日目



 早く寝た翌日の朝は目覚めも早い。


 カーテンが掛けられた窓からは、日の出前のためか明るさを感じられない。

 ベッド脇の置時計を見れば朝の4時だ。


 俺は昨日のその後を思い返しながら着替えを始めた。


 御茶を飲み終えてサノスとロザンナの作業に関わる相談を受けていると、立番をしている女性街兵士二人がお手洗いを借りに来た。

 その際に、俺はイルデパンへの伝言を頼んだ。


・明日からの三日間は俺が不在であること

・行き先については冒険者ギルドが知っている


 この2点をイルデパンへ伝えるように願うと、快く引き受けてくれた。


 暫くして立番の交代があったらしく、班長と呼ばれた街兵士が挨拶に来た。

 俺が襲撃された際に事情聴取をしてきた班長だ。


 この班長の挨拶は、いささか不要な手間だと感じたが、今後を考えて作業場で御茶を出してもてなした。

 立番をしてくれている街兵士の方々が、サノスとロザンナを守りつつ、俺と店を守ってくれていることを考え、作業場で御茶を出してもてなすことにしたのだ。


 班長と呼ばれる街兵士との会話の中で、道を渡った向こう側に交番所が作られる話しに至った。

 交番所が作られる話はイルデパンからも聞いていたもので、その工事は明日から始まる事を聞き出した。


 班長と呼ばれた街兵士が退店し、日も暮れてきたのでサノスとロザンナを帰すことにした。

 サノスとロザンナには、帰り際に店を閉めてもらった。


 その後、2階でリュックに着替えを詰め込み、そのリュックと丸めた毛布を手に作業場へと降りて行った。


 まずは忘れずに、一番小さいサイズの水出しと湯沸かしの魔法円をリュックへ放り込んだ。

 これを忘れると、俺は三日間、水魔法を使うことになる。


 それと、現地で魔法円を修復する可能性がありそうだと考えて、必要そうな道具を袋に入れ、袋ごとリュックへ納めた。


 そこまで準備して、他に持って行った方が良いものは⋯ と少し考えた。


 念のために、土魔法で使う『石化の魔法円』と『砂化の魔法円』を棚から取り出した。

 店を開いてから一枚も売れていない魔法円だ。

 他に火魔法の魔法円や、風魔法の魔法円も考えたが、切りがないと思いやめた。


 後は今身に付けている『エルフの魔石』を新しくして行くかを考えたが、そこまでするのはやめることにした。

 今回は、会合で見せられた魔法円=魔法鍵を開けるだけだ。

 開けるのに使う魔素の量は不明だが、魔法鍵を開けるだけなら、それ程の魔素を使うことは無いだろう。


 続いて、雑貨屋のロナルドが届けてくれた品々を確認しながら、リュックへと入れて行く。

 届けられた品々の中に、替えの靴下まで入っていたのには、思わず笑ってしまった。


 ロナルドが届けてくれた木皿や木製カップ、フォークやお玉、それにオリビアさんから渡されたパンやイモ類もリュックへ詰め込んだ。


 そうした品々の中で、良いなと感じたのはホウロウの小鍋だった。

 野営で使うには便利そうで、大きさも小ぶりで、リュックの外にぶら下げ毛布を上に乗せれば、十分に冒険者達が野営する用意に見えてきた。

 これなら明日の朝に、ワイアット達冒険者から無駄な心配も受けないだろう。


 一通り準備を終えたところで、腹も空いてきたので夕食を摂ることにした。

 サノスが帰り際に、氷冷蔵庫にトリッパが残っていると告げていたのを思い出す。


 台所の氷冷蔵庫を開けて中を覗けば、昨日と同じく片手鍋にトリッパが入っていた。

 それを温め、食堂でオリビアさんから譲ってもらったパンで夕食を済ませた。


 なぜか昨日からトリッパしか食べていない自分を感じたが、空腹には抗えなかった。


 夕食後は自分で御茶を淹れて一息入れた。

 御茶を淹れながら、野営でも御茶が飲めるように、茶葉を小さめの袋へ取り分けリュックへ放り込んだ。


 全ての準備を終えたことを確認し、洗い物も済ませて早目の就寝をすることにした。


 横になる前に、クローゼットから普段使いのマントを出すのを忘れなかった自分を褒めつつ、ダンジョウから贈られた本を手に横になる。


 やはりこの本は絶妙に眠気を誘ってくれた。



 着替えを済ませ、枕元の護身用のナイフを鞘付きベルトへ納める。

 忘れずにマントを羽織り、伸縮式警棒をマントの内ポケットに忍ばせた。

 改めて寝室での準備が終わったことを確認し、階下へ降り作業場で伸縮式警棒に魔石も入れ、リュックを背負って店を出た。


カランコロン


 店の出入口の扉を開けると、班長と呼ばれた街兵士と若い街兵士が俺に気付いた。


「「イチノス殿、おはようございます!」」


 二人とも日の出前から元気で良い感じだ。


「おはよう。立番、お疲れ様です」


 互いに王国式の敬礼を交わして直ぐに解く。


「イチノス殿は今朝から暫く留守にされると聞きました」

「聞いてるんですね。留守の間、よろしくお願いします」


「「はい、お任せください!」」


 再び出される敬礼に軽く応えて、俺は西の関へ向かって足を進めた。


 二人の街兵士に見送られながら西の関へ向かう道中は薄暗い。

 暁の爽やかな薄明が東の空に星々のまどろみを消し去っていく。

 埃一つ感じない空気の中に、一番鶏の鳴き声が聞こえる。


 こんな時間に起きているのも、外に出るのも久しぶりだ。

 確か10日ほど前の早朝に、冒険者ギルドへ足を運んだ記憶がある。


 あれ以来な気もする。

 あの時はもう朝日が出ていたし、今日のようにリュックなどは背負っていなかったな(笑


 冒険者達はこの時間から護衛に着くと聞いている。

 この時間の西の関は、どんな感じだろうか。


 日の出前の街並みを楽しみながら、洗濯屋の前を過ぎて東西に走る大通りへ出た。


 日が昇ろうと明るさの増す左手の中央広場から、暗さが残る右手の西の関へ向かって、ガス灯の明かりと夜明け前の明るさが街を染めている。


 西の関の手前、西町幹部駐兵署の前には立番の街兵士が仁王立ちしていた。


 こうした時間でも、こうした場所では、街兵士の仁王立ちは威厳のある姿だ。


 西の関に繋がる西町市場では、既に店々のテントが張られようとしていた。

 店を開けるのに忙しい様子を眺めながら、西の関に向かって真っ直ぐに西町市場を抜けて行く。

 外周通りを渡りながら西の関を見れば、既に門が開かれていた。


 俺は門の脇にある、関の冒険者ギルド窓口へ向かった。


 冒険者ギルドの窓口で、タチアナが渡してくれた半券の引換証と冒険者ギルドの会員証を出すと、直ぐに干し肉の束が渡された。


 そのまま冒険者達が利用するゲートを通ろうとすると、騎士団の兵士と街兵士が並んで王国式の敬礼をして来た。


「「イチノス殿 お気を付けて」」


 俺もそれに応えて敬礼を返し労いの言葉を掛ける。


「この街は君達で守られています。これからも宜しくお願いします」


「「はっ!! ありがとうございます」」


 騎士団と街兵士に見送られて関の外へ出ると、見習い冒険者が数名集まっているのが見えた。

 そして見習い冒険者達と楽しそうに話すワイアットやアルフレッド、そしてブライアンの姿も見えた。


 3人ともに何も背負っていない。


 すると、品々を届けに来てくれたロナルドと、冒険者ギルドで見掛けたことのある見習い冒険者が走り寄ってきた。

 ロナルドと一緒にいることから、彼がカバン屋の息子のジョセフなのだろう。


「「イチノスさん、おはようございます」」

「ロナルドとジョセフ、おはよう。昨日は配達をありがとうな。今日もよろしく頼むよ」


「荷物はあっちの荷車に乗せてください。直ぐに出発です」


 ロナルドとジョセフが指差す先、ワイアット達の方を見ればアルフレッドとブライアンが手招きしていた。


「おはよう、イチノス。ロナルドとジョセフから聞いたよ。二人を荷物持ちに使ってくれるんだな。ありがとうな」

「おはよう、イチノス。俺からも礼を言うぜ」


 アルフレッドとブライアンが気さくに声をかけてくれる。

 その口ぶりから、この二人はロナルドとジョセフの冒険者ギルド登録での保証人になっている気がした。


「イチノス、おはようさん。荷物持ちを使うんだってな?」


 ワイアットも気さくな挨拶だ。


「みんな、おはよう。待たせて悪かった」

「さあ、イチノスさん行きましょう」


 俺の挨拶に応えて、ロナルドとジョセフが俺からリュックを奪い荷車へと向かう。


 こうして俺は、見習い冒険者やワイアット、それにアルフレッドやブライアンと共に、朝日を背に受けながら西の関を出発した。

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