5-8 彼の胸に輝くものは母からの贈り物でした


「ダンジョウ殿、申し訳ないが商談に入る前に確認したことがあります」

「はい、何でしょうか?」


「ワリサダ殿が身に着けられている『魔石』はどう言った物でしょう?」

「そうでした、若よりイチノス殿と風呂屋で会われた話をしておりませんでした。ガス灯の点灯などを若に経験させていただき、ありがとうございました」


「いえいえ、あれはちょっとした余興です。それでワリサダ殿の『魔石』の話を聞かせてください」

「あれは元々はフェリス様よりいただいたものです」


「えっ? フェリス様?」

「はい、イチノス殿の母君のフェリス様から下賜(かし)された『エルフの魔石』と聞いております」


 俺は絶句してしまった。

 母(フェリス)が渡したならばダンジョウのいうとおりに『エルフの魔石』だろう。

 俺が自分の体内魔素で『魔鉱石(まこうせき)』を包んだ『エルフの魔石』だ。


 母(フェリス)さん、そんな物をワリサダに渡しちゃダメだよ。


「イチノス殿は、若が以前に王国を訪問したのはご存じですよね?」

「ええ、その件は聞いています」


「その際に王国貴族の方々との会合に参加し、イチノス殿の母君であるフェリス様と会われたそうです」

「⋯(その話は知らないな)」


「東国(あずまこく)には『エルフ』種族はおらず、若も見聞を広めれた事でしょう」

「⋯(なるほど、エルフに興味があったのね)」


「フェリス様と若の会談にて、イチノス殿の講義を受けた話になったそうです」

「⋯(あの『魔法円』の講義の話ね)」


「その会談の最中に、若とイチノス殿が同い年と聞かされたそうです」

「えっ? 同い年?」


「おや? 違うのですか? まあ年齢はともかく、同い年と聞いたフェリス様がいたく感激されたそうです」

「⋯⋯」


「それで帰国の際に、フェリス様より手紙が添えられて『エルフの魔石』が届いたのです」

「⋯⋯」


「フェリス様の手紙には、イチノス殿と末長く友好を願う旨が記されていたそうです」

「⋯⋯」


「その手紙を読んだ若は自国の母君を思い浮かべ、一刻も早くと帰国されたそうです⋯ 何と母君思いの事かと、拙者、若から話を聞き嬉し涙が止まりませんでした⋯」

「⋯⋯」


 なぜかダンジョウが感激を思い起こしながら話してくる。

 俺としては、母(フェリス)が余計なことをしたなと思う方が大きいのだが、ここは黙っておこう。


「手に入れた経緯は理解できました。風呂屋で見かけた際には不思議な『魔石光(ませきこう)』を放っておりましたが⋯ あれはどうされたのですか?」

「そ、その話しになりますと⋯」


 ダンジョウが言い淀んだ。

 俺はそんなダンジョウに助け船を出す。


「魔素を使い切り充填をされたのでしょうか?」

「はい。お恥ずかしい話ですが若はフェリス様より贈られた『エルフの魔石』の魔素を三月で使い切ってしまったのです」


 ワリサダ、何をしたの?


 『エルフの魔石』の魔素を3ヶ月で使い切るなんてよほどの事だ。

 そもそも『エルフの魔石』の元となる『魔鉱石(まこうせき)』の段階でその内部には膨大な魔素が含まれている。

 今は国王命令で禁じられた『魔鉱石(まこうせき)』への魔素充填実験では4個分の『オークの魔石』が空になった段階で中断となったほど魔素を保有できる。


 実際に『エルフの魔石』使っている俺も1年は魔素充填をしていない。

 家庭用の『オークの魔石』で半年程度で空になるのが平均だ。

 『魔鉱石(まこうせき)』で魔素が切れることはまず無いと言えるだろう。


 それでも『エルフの魔石』の魔素が切れて空になることはある。

 ヘルヤさんの兄の形見がその一例だろう。


「まったく若には困ったものです。フェリス様より下賜(かし)された物であるのに恥ずかしい次第です」

「いやいや、その付近はともかく魔素充填に成功したのですね?」


「はい。国内でも高名な魔素を扱える神官が挑み、魔素充填に成功した次第です」


 魔素を扱える神官⋯

 神官だから神の司祭に関わる方なのだろう。

 俺はダンジョウからの話を聞き、その高名な魔素を扱える神官に会ってみたくなった。


「ダンジョウ殿、その魔素を扱える高名な神官の方への手紙を託すことは可能だろうか。是非とも『エルフの魔石』への魔素充填について話を伺いたいのです」


 するとダンジョウが首を横にふった。


「申し訳ありませんが亡くなったと聞いております」


 そこまで話してダンジョウが話を切り替えてきた。


「イチノス殿、まずは『魔石』からのお話の方がよろしいでしょうか?」

「そうでしたね。ダンジョウ殿は『魔石』も必要とされていましたね」


「単刀直入にお聞きしますが⋯」


 そこで俺は手でダンジョウの話の続きを制した。


「ダンジョウ殿、先に話しておきますが王国内では『魔鉱石(まこうせき)』や『エルフの魔石』の話をされないことをお勧めします」

「⋯⋯」


 俺の言葉にダンジョウが話を止めてくれた。

 俺はそれからヘルヤさんに話したのと同じことをダンジョウに伝えた。



 俺からの『魔鉱石(まこうせき)』や『エルフの魔石』の話を聞いたダンジョウは理解を示してくれた。


「イチノス殿、それは貴重な話です。王都でもそうした話は噂にも聞こえませんでした。早速、宿にて若にもきつく伝えておきます」

「以前にワリサダ殿が王国を訪れてから王国も変わっております。『魔鉱石(まこうせき)』や『エルフの魔石』に関しては警戒されることをお勧めします」


「風呂屋で『魔鉱石(まこうせき)』を人目に触れさせるなど、大変に危険な行為であると若にはきつく申しておきます」

「他国での魔素充填ですので罪には問われないと思いますが、不埒な輩に絡まれるのは損なだけです。それに東国(あずまこく)からの使節団が王国内で被害に遭われてしまっては国同士の大事になりかねませんからね(笑」


「イチノス殿、笑い事ではありません。恥ずかしい話ですが、若の行動には拙者も頭を痛めております」

「ご苦労を察します。さて、話を戻しますが、そうした理由から『魔鉱石(まこうせき)』や『エルフの魔石』を求められても応じられません事をご理解ください」


「はい。それでは後程、拙者の手持ちの『魔石』に魔素充填をお願い出来ますでしょうか。王国内で入手した『オークの魔石』です。罪に問われる事もないでしょうからご安心下さい(笑」

「それならば容易(たやすい)いご用です(笑」


 ここでようやくダンジョウと冗談が通じ会えたと感じた。

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