5-9 この街に住む人が増えるんですね
「もうひとつの来店目的は『魔法円』でしたよね?」
「そうです。壊れた魔道具に代えて『水出しの魔法円』を必要としております」
「携帯用でよろしいのですか?」
「はい。ですが、先程の家庭用の『湯出しの魔法円』も気になっております。イチノス殿は、どのような『魔法円』を扱われているのでしょうか?」
ダンジョウが俺の店で扱っている『魔法円』の種類に興味を持った話をしてきた。
そこで俺は冒険者ギルドでの『選考会』にワリサダとダンジョウが関わっている話を思い出した。
俺は大きな商隊の選考会と考えているがどうなのだろうか?
「ダンジョウ殿に伺いたいのですが『水出しの魔法円』は魔道具が壊れたからと理解できますが、他の『魔法円』を求められる理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おっと説明をしておりませんでした。近々、こちらリアルデイルの街に、仮住まいを求める話となりそうなのです」
仮住まい?
待て待て。
ヘルヤさんに続いて、ダンジョウジやワリサダもこの街に住むの?
「当初は本日の早朝に南方のストークス子爵領へ向かう予定でしたが、魔道具が壊れたことと『選考会』が混迷し若干の足止めとなっているところへ、今朝方、王都より連絡が入りました」
「ほぉ~」
「その連絡で、こちらの領主であられるウィリアム伯爵様と我々の王都滞在組が合流し、このリアルデイルに向かっていると聞いております」
「⋯⋯」
俺はダンジョウの話を聞き流すように、表情に出ないように努めた。
ここで領主であるウィリアム叔父さんと、俺が親戚であることをダンジョウに知られるのは、今は良策では無いと思ったからだ。
それにダンジョウの口から出た母(フェリス)とウィリアム叔父さんの結婚話もある。
只でさえダンジョウの主君であるワリサダと母(フェリス)の関わりが、目の前に座るダンジョウとの商談に影響を及ぼしている感じがしているのだ。
そうした事から、今ここで俺の口からウィリアム叔父さんとの関係をダンジョウに伝えるのは、良策では無いと感じたからだ。
それにしても、ウィリアム叔父さんがリアルデイルに向かってるのか⋯
これは近日中に呼び出されそうな気がするな⋯
「また、南方のストークス子爵領からも使者が向かっていると聞かされました」
「ほぉ~」
これはギルマスの忙しさが増しそうな話だ。
俺が頷いても大丈夫だろう。
いや、待てよ⋯
「そこでウィリアム伯爵様とストークス子爵からの使者、私共を交えての会談を執り行うこととなったのです」
「⋯⋯」
また、ウィリアム叔父さんの話が出てきた。
それに伯爵や子爵の会談の話に迂闊に頷くのは、巻き込まれる可能性を感じる。
「王都滞在組の受け入れも含めて、使節団の在り方の再検討が必要と判断し、仮住まいを求める準備に至ったのです」
「なるほど⋯」
しまった。
ここで俺は声を出して良かったのか?
むやみやたらと多忙になる話に巻き込まれるのは避けたいぞ。
「そうした経緯から仮住まいに配置する家庭用の『魔法円』にも注目しているのです」
良かった、ダンジョウは俺の頷きを気にしていない。
それにしても俺が考えていたよりも『魔法円』の商談は広がりそうな感じがする。
だが、ダンジョウが注目しているのは家庭用の『魔法円』のような気もする。
「そうなりますとダンジョウ殿が要される『魔法円』の種類と数量は、当初の携帯用の『水出しの魔法円』を1つだけではないと言うことでしょうか?」
「それですが、少々、迷いが生じております」
そう述べたダンジョウの目線が、両手持ちのトレイに置かれた『湯出しの魔法円』に向かった。
「その『魔法円』が気になりますか?(笑」
「ええ、自在に湯温が調整できる『魔法円』は初めて見たのです。これなら水出しにも用せるかと思ったのです」
なるほど。
ダンジョウの意見にも納得できる。
直ぐにこの街を移動するなら旅中で携帯用の『水出しの魔法円』は必要だろう。
だが、この街に仮住まいを構え、暫くの期間滞在するのならば『湯出しの魔法円』があれば水が変わって体調を崩すことも無いだろう。
「イチノス殿、その『魔法円』を試させていただいてよろしいでしょうか?」
「構いませんが体調は大丈夫ですか?」
「イチノス殿と話ができ、すっかり良くなったようです(笑」
「ほぉ~(笑」
「では、失礼して⋯」
微笑みながらダンジョウが『魔法円』に手を伸ばそうとしたが、俺はそれを制した。
「ダンジョウ殿、お待ちください。準備をしますので少しだけお待ちください」
俺はダンジョウの返事を待たずに両手持ちのトレイから『湯出しの魔法円』だけを机の上に残し、他を全て台所へと運んだ。
台所で両手持ちのトレイからティーポットを下ろし、片手鍋に残った湯を捨てる。
片手鍋にティーカップを入れて手に持ち、もう一方の手には台所に常設している『オークの魔石』を持って作業場へと戻った。
急ぎ作業場へ戻ると机の中央に『湯出しの魔法円』が置かれ準備万端な状態でダンジョウが待ち構えていた。
「お待たせしてすいません」
「いえいえ、たいして待っておりません(笑」
俺は『オークの魔石』を机に置き、ダンジョウへ向けて差し出す。
「店で台所に常設している物です。少々、手垢が気になるやも知れませんがお使いください(笑」
「あいや、かたじけない」
「それと、ティーカップに出していただき、湯捨てのために片手鍋をお使いください」
「そこまで準備いただくとは、イチノス殿の心遣いに感謝します。それでは早速」
ダンジョウが『魔法円』にティーカップを乗せ、魔素注入口に指を置いた。
徐(おもむろ)に反対の手を『オークの魔石』に置いて呟いた。
「熱湯が欲しい」
ダンジョウの呟きと共に俺の目に『魔法円』全体に魔素が流れたのが見えた。
途端に『湯出しの魔法円』に乗せたティーカップに湯気が立ち上ぼり、湧き出した湯から気泡が出る。
随分とダンジョウは大胆だなと思った途端に、ダンジョウがティーカップに沸いた湯を片手鍋に捨てた。
「やはり熱湯は出が良いですね」
「ハハハ」
俺はダンジョウの感想に愛想笑いしか返せない。
「次はどうでしょうか?」
そう呟いてダンジョウが空のティーカップを『湯出しの魔法円』に置き、先程と同じ姿勢をとると再び呟いた。
「冷めきった湯が欲しい」
『冷めきった湯』?
それって水じゃないのか?
そう思った瞬間に『湯出しの魔法円』の『神への感謝』部分が数回輝いた気がした。
ティーカップを見れば、ジワリと水が湧き出している。
「ふぅ~」
一息入れたダンジョウがティーカップを手にして口に運び、煽るように中身を飲み干した。
口に入れた水(湯?)の温度を確かめるような間の後で、ダンジョウが決断の言葉を口にした。
「イチノス殿、この『湯出しの魔法円』と携帯用の『水出しの魔法円』でお願いしたい」
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